表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第三章 刻み込まれた任務
32/41

 ソレーヌの餓鬼魂は、手裏剣をあっけなく噛み砕いて見せた。マリカが刀を突きだしてそれを餓鬼魂で受けられれば、同じように噛み砕かれるだろう。つまり人間の腕や脚などは、餓鬼魂にとっては豆腐も同然、いいエサだ。

 だが。どれほど強力なものでも、それを操っているのはソレーヌ本人でしかない。

「ソレーヌ。さっきの言葉を返すけど、単純にドカーンの方が良かったかもね」

「どうして?」

「大きく広がる爆風なら、かわすのは困難よ。でも、どんな武器でも防具でも、あなたがその手で操るものである限り、」

 今度はマリカが、ソレーヌに向かって跳んだ。ソレーヌよりも数段速く。

「突破できないことはないっ!」

 マリカは忍者刀を口に咥えると、一瞬の一動作で四枚の手裏剣を投げた。そして既にマリカは、その手裏剣に追いつく速さで宙を跳んでいる。

 ソレーヌは餓鬼魂を持つ左手で、手裏剣を防ぎにかかる。手裏剣四枚の軌道は集中しておらず、四つの角度からソレーヌを包み込むように飛んでいるので、腕一本に持っている小さな盾一つでは、一動作で全てを防ぎきるのは不可能だ。

 ソレーヌから見て右側の一枚目と二枚目の手裏剣を、ソレーヌが左手の餓鬼魂で砕いた時、マリカはもう間合いに入っていた。そして左側の三枚目と四枚目を餓鬼魂で砕くと同時に、マリカはソレーヌの頭上から、忍者刀を振り下ろした。これにはもう餓鬼魂は間に合わない。だから、ソレーヌは右手の忍者刀で受けた。

 この瞬間、手裏剣を防いだ左手と、忍者刀を防いだ右手、ソレーヌの両手は塞がっている。いわば左右の手をそれぞれ、別方向から伸びている縄で縛りつけられているようなものだ。脚も、両手をこのようにしっかりと使わされていては、踏ん張りが必要なので、ほぼ動かせない。

 対して、マリカは忍者刀を片手で振り下ろしただけの状態。それでソレーヌの両手を、そして実質的に両脚も、縛り付けて抵抗を封じている。

 マリカは、忍者刀を持つ自身の腕を迂回するような軌道で、回し蹴りを繰り出した。狙いは、無防備なソレーヌの顔面だ。ソレーヌは首をよじってかわそうとするだろうが、眼球の一つぐらいは潰すことができるはず。

「……くっ!」

 マリカは、咄嗟に蹴りの軌道を変えた。ソレーヌの眼球を抉るはずだった爪先が、何にも触れずに空を切っていく。

 だがそれでもかわしきれず、飛んできたナイフはマリカの太ももに突き刺さる。丹念に鍛えられてぴっちりと張りつめ、針でつつけば破裂しそうにも見えるマリカの太ももだが、ナイフが刺さっても破裂はしなかった。その代わりに、紅い血が出ている。

「正々堂々の一騎打ちに、横合いから助太刀させるとは。卑怯千万ね」

「あたしたち、忍者よ?」

「解ってるわよ。言ってみただけ」

 ナイフを抜いて投げ捨て、視点はソレーヌの方に向けたまま、マリカはナイフが飛んできた方を視界の隅で見た。

 森の中に、人影が見える。

「アンセルムね」

「ええ。お察しの通り、あたしたちに比べたら腕前はお粗末なものよ」

 それはもう判っている。多少距離があったとはいえ、飛んできたナイフの威力は弱く、マリカが負った傷は浅い。

 そして、刃に毒なども塗られていなかった。ナイフがソレーヌに当たってしまうことを考えて、だろう。そんなことを危惧せねばならない程度の腕なのだ。マリカやソレーヌとは比較にならない。が、しかし。

 ソレーヌは、マリカに笑顔を見せた。

「あんたが100、あたしが98、アンセルムが5。勝つのはどっちかしら?」

「3差でそっちね」

「正解!」

 ソレーヌは右手に忍者刀、左手に餓鬼魂を構えてマリカに襲いかかった。事実上の二刀流であり、しかも左手の武器は刀より遥かに軽く、そして全てを貫通する矛であり、全てを防ぐ盾でもある。マリカの攻撃は通じず、マリカが受ければ致命傷となる。

 しかも、脆弱なものとはいえソレーヌとは全くの別方向から、アンセルムのナイフが飛んでくる。それも無視はできない。だが、それに応じながらではソレーヌの二刀流を防ぎきれない。

 マリカはソレーヌの攻撃を受けようとはせず、かわし、逃げ、走って、アンセルムの方へと向かっていった。

「させないっ!」

 ソレーヌは忍者刀を口に咥え、手裏剣を投げた。マリカのそれと比べて速度は劣るものの、やはり四枚がバラバラの軌道でマリカを襲う。

 これを、背を向けたままかわしきれるほどには、マリカとソレーヌの技量は離れていない。手裏剣の接近を察知したマリカは、振り向いて忍者刀を振るい、四枚の手裏剣を打ち払う。打ち払ったその時には、もうソレーヌは眼前にいた。そして忍者刀と餓鬼魂とで攻撃してくる。背後からはナイフが飛んでくる。

「ええええぇぇぇぇいっ!」

 マリカは高く跳び、木と木の間を反射するように素早く跳び回った。

「そんなことで!」

 ソレーヌはマリカを追って地を駆けながら、餓鬼魂を持つ左手を振り回した。どんな大木も、餓鬼魂がひと薙ぎすれば、芯ごと大きく齧られたリンゴとなる。つまり、折れて倒れる。

 瞬く間に、鬱蒼と茂っていた木々の数は半減し、足場を失ったマリカが降りてきた。降りながら、斜め下方に黒い玉を投げ、木を蹴ってその玉を追いかけた。

 玉は地面に当たると爆発し、膨大な量の煙を吹き出した。煙幕だ。

 マリカはその中に突っ込み、そして煙の中から手裏剣を投げてきた。ソレーヌはそれを見て、

「もらったああああぁぁ!」

 手裏剣を、高く跳躍してかわし、忍者刀を背の鞘に収めると、煙幕を見下ろす位置で両腕を大きく広げた。

『煙玉で、アンセルムとあたしの連携を乱そうってつもりでしょうけど! そんなことで対抗できると思わせた、あたしの勝ちよ! その煙はあたしたちと同時に、あんた自身の視界も塞ぐ! そして視界が塞がれた状態では、予想を大きく上回る攻撃には絶対に対処できない!』

 ソレーヌの両腕、胸、腹と、上半身全体が、陽炎に揺らめいた。そこには数人分、いや十数人分の、目も鼻もないが口だけはある、不気味な顔……餓鬼魂がズラリと並び、浮かんでいる。

「いけええええぇぇぇぇっ!」

 陽炎が、餓鬼魂が、投網のように大きく広がった。広がって、煙幕を上から、隙間なく包み込んでいく。ガチガチと歯を鳴らして、恐ろしげではあるが怨念も憎悪もない、ただ圧倒的で底なしの食欲だけを溢れさせながら。

 忍者を追って殺すのが任務であるマリカの身体能力は、ソレーヌ以上であり、走る速さも跳ぶ高さも超人的だ。が、一瞬で地に潜ることなどできない。厚い煙幕に塞がれて頭上が見えない状態で、頭上を完全に覆い尽くす攻撃から、逃れる術はないのだ。

 ソレーヌの読み通り、煙幕の中で血飛沫が上がった。大量の血の匂いに引かれ、全ての餓鬼魂が一斉に群がる。肉の齧られる音、骨の砕かれる音が、いくつもいくつも重なって響き渡る。

「……やった」

 煙幕の外に、ソレーヌは着地した。

「さよなら、マリカ。すぐにレティアナも後を追わせるわ。もしかしたら、もう死んでるかもしれなひゅ……っ?」

 ソレーヌの声が、不自然に掠れた。喉から空気が漏れるように。

 いや、実際に漏れている。血と一緒に。スパッと斬られた傷口から。

 背後に立つマリカが、ソレーヌを抱きすくめるように腕を回して、その手に持つ忍者刀で、ソレーヌの喉を掻き斬ったのだ。

「あ……ひ……ひゅ、ひぅ……」

 ソレーヌは両手で喉の傷口を抑えるが、それでどうにかなるものではない。指の間から、後からあとから、まるで山奥の湧水のように、血が溢れ出してくる。

 その目の前で、煙幕が風に吹かれて晴れていく。全身を滅茶苦茶に噛み砕かれた、アンセルムの惨殺死体が見えた。

 変わり身の術、だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ