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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第三章 刻み込まれた任務
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 ヨシマサたちから遠く離れた場所で、マリカは刀を構えて地面に降りた。

 そこから、五歩ほどの間を開けて、マリカとよく似た紫紺の忍者装束を纏った女が立っている。歳はマリカやレティアナより少し上、少女から女性へと成長したその身体、そしてその美貌からは、匂い立つような色気を放っている。と同時に、その内からはただならぬ圧力を放っている。殺気という圧力だ。

 その女、ソレーヌは柔らかな笑みを浮かべて言った。

「久しぶりねマリカ。レティアナはまだ描いてるの? あの、BLとかいうの」

「もちろん。レティアナは描くことが、わたしはそれを読むことが、生きる目的ともいうべきものだからね」

 マリカも、にこやかに応じた。ソレーヌに負けぬ圧力を放ちながら。

「かっこいい男の子同士の恋愛物語、だっけ? あたしも興味がないわけではないんだけど」

「へえ。言ってくれたら、見せてあげたのに」

「いいわよ。あんたたち二人だけで、ゆっくり楽しんでなさい。もうすぐ、今みたいに里から命令されて、仕事をさせられることもなくなるんだから」

「どうして?」

「あの世までは、里の命令も届かないからよ」

 その言葉が終わったのと、ソレーヌが踏み込んできて一瞬で間合いを詰めて刀を抜いて振り下ろしたのと、マリカがそれを受け止めたのが、ほぼ同時だった。

 刀と刀の衝突で火花が散った、その火花が空中で光っている内に、ソレーヌは蹴りを繰り出し、マリカはそれを脚で受け、刀と刀、脚と脚で押し合って、互いを突き飛ばして離れた。

 ソレーヌは、少し痛そうに蹴り脚を地面に下ろす。

「流石ね。昔から、あたしよりも才能あると思っていたけど……でも、まだまだ手加減してるわね。踏み込みが浅い」

「そりゃあ当然でしょ。姉妹同然に育ったあなたを、そうそう躊躇いなく、ザクザク斬り刻めはしないわよ。わたしの、この苦しい気持ちをわかって。ソレーヌ姉さんっ」

「……はいはい。わかったわよ。さっさと奥の手を出せ、ってことね」

 ソレーヌは忍者刀を背の鞘に収めた。マリカはにこりと笑う。

「わかってくれればいいのよ。ずっと警戒し続けるのはシンドイから。ねっ?」

 にこやかに、マリカは軽く挨拶するように手を上げた。手裏剣がソレーヌの眼前へと飛んだ。

 ソレーヌは、マリカの挨拶に応じるように手を上げた。その手に触れた手裏剣が砕け散った。

 まるで、陶器を壁にぶつけたかのように。ソレーヌの手の平に当たった手裏剣が、粉々に砕け散ったのだ。が、ただ砕けただけではない。砕けたことには違いないが、飛び散った「粉々」の、粉の量が明らかに少ない。砕けた瞬間、その破片の大部分が、空間から消滅したのである。

「……」

 マリカの顔から、笑みが少し消えた。

「何が起こったか解らない、って顔ね」

「うん。あのねソレーヌ、こういう時は冥土の土産だとか言って、丁寧に説明してくれるのがお約束よ。で、その後、説明してもらった側が勝利するのもお約束」

「レティアナの描くお話では、そうなってるの?」

「ううん。これは世間の常識ってやつよ」

「そう。いいわ、丁寧に説明してあげる。その上であたしが勝つ。そうなれば、あたしは常識外れに強い、と、あんたは認定してくれるわけね。その時のあんたはあの世にいるけど」

 ソレーヌは言葉通り、丁寧に説明した。

 ソレーヌやマリカが操る気光は、レティアナの神通力、そして魔術師の魔力の源にもなっているものだが、魔力と気光は同じものではない。二つを合わせ、一足す一で二にして、魔術でも気光術でもない新しい術を生み出す、ということはできないのだ。そんなことが可能なら、里がとっくに研究開発して、実用化している。今、実用化されていないということは、長い年月をかけて様々な実験をして、不可能だと立証されている、ということだ。

 だから里ではもう諦められており、気光は純粋に気光として、磨きをかけられ、改良され、より強い術を生み出そう、生み出そうとしてきた。それが今に続く、気光術の歴史である。

「私はね。任務の傍ら、魔術の研究をしていく中で、ちょっとした発想の転換をしたのよ。魔術と気光術を融合させるのではなく、役割分担させたの。一つの大掛かりな術式の中で、ある部分は魔術に、ある部分は気光術に担当させる、という風にね」

「するとどうなるの?」

「魔術と気光術、個々ではできなかったことができた。開かれなかった扉が開かれたのよ」

 ソレーヌは、右掌をマリカに見せた。マリカは警戒して距離を取ったまま、その掌を見た。

 何かが、陽炎のように揺らいでいるように見える。

「私が開いた扉はね。古今東西、全世界史上でも初めてかもしれないものなの。自然現象で偶然に開くことはあっても、人為的に開くというのは、おそらく前人未踏の領域。ザルツの、妖怪獣召喚研究の蓄積があったから、それと気光術とを合わせることで開かれた扉でね」

 マリカは気光の目で、ソレーヌの手にある陽炎を見た。少しずつ、輪郭がはっきりしてくる。といっても、はっきり見えてきたそれもやはり、ゆらゆらと揺らいでいる。人魂のようだ。だが、人魂はただゆらゆら揺れるだけの、火の塊のようなもの。ソレーヌの手にある人魂もどきには、口がある。目も耳も鼻もないが、全体の直径と同じくらいの大きな口だけはある。

「見えてきたかしら? これは人魂ではなく、」

 ソレーヌが跳んだ。マリカに向かって真っ直ぐに、駆けたのではなく跳んだ。そして振り被るソレーヌの手、そこにある人魂もどきが大きく口を開けた。その口の中には、禍々しい牙が並んでいる。

「【餓鬼魂】よ」

 マリカが跳び退いて、上方から叩きつけるように繰り出されたソレーヌの攻撃は空を切る。

 空を切ったが、地は食べた。ソレーヌの手にある餓鬼魂が、一瞬、口を直径だけでなく体積ごと数倍に巨大化して、マリカが立っていた空間を地面ごと食ったのである。

 ソレーヌが着地した時、その手の餓鬼魂は元の大きさに戻っていた。そしてソレーヌの足元には、マリカを生き埋めにできそうな穴が開いている。

「これはこれは」

 油断なく構えながら、マリカは言った。

「魔界でも天界でもなく、餓鬼界の扉を開けちゃったわけか。そりゃ確かに、空前絶後かもしれないわね。少なくとも、この大陸の魔術師たちにはできない発想でしょうよ。というより、そもそも餓鬼界の存在を知らないかも」 

「ええ、知らなかったわ。説明してあげたんだけど、気持ち悪がってね。結局、彼は魔界の、より深い層へと入り込む研究をしてたわ。あたしの気光術と、彼の魔術との役割分担で」

「彼、ってザルツの地方支部長? その研究をあなたが手伝ったっていうこと?」

 ソレーヌは頷く。

「あっちもあっちで、なかなかの成果を得たわよ。妖怪獣なんかとはケタ違いの戦力になるものをね。でも、とりあえずあんたやレティアナを相手にする分には、この餓鬼魂だけで充分」

「あら、そう?」

「ええ、そうよ。あんたも忍者なら、解ってると思うけどね。何も、ハデな爆発を起こしてドカーンと吹っ飛ばすものだけが、「強力な術」ってわけではないわ」

 ソレーヌは右手の餓鬼魂を、お手玉のように投げて左手に移した。そして右手には、改めて抜いた忍者刀を持つ。

 そして、突進した。マリカに向かって。

「お待たせ! これが私の奥の手よ!」

 ソレーヌの忍者刀の連撃を、マリカも忍者刀で受ける。右に左に右上方に左下方にと跳ね回り駆け回り転がり回りながら、四方八方から斬り込んでくるソレーヌの攻撃に、遅れることなくマリカは対応し、防ぎ、かわしていく。

 刀の攻撃と攻撃の間に、ソレーヌの蹴りが来た。マリカは脚で受けようとして、

「!」

 その脚を引っ込めた。直後、その空間をソレーヌの左手が、そこに乗った餓鬼魂が薙ぐ。体勢を崩したマリカに、ソレーヌの忍者刀が突き出される。マリカは後方に大きく反って、そのまま倒立から腕力で跳躍し、何とか距離を取った。

 着地して体勢を整えたマリカに、ソレーヌが言う。

「どう? 刀だろうが手裏剣だろうが何でも、食べることで防いでくれる盾。と同時に、脚でも腕でも、触れれば一瞬で食い千切る武器でもある」

「なるほど。文字通りの、矛盾ってわけね。矛でもあり盾でもある、攻防一体の道具」


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