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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第三章 刻み込まれた任務
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 翌朝、ヨシマサたち四人はアンセルムの依頼通りにトーエスを出発。何事もなく一日、二日と過ぎて、三日目には目指す遺跡のある山に入った。


「……しかし考えてみれば、」

 木漏れ日が明るい山道を歩きながら、ヨシマサが言った。

「ミドリとレティアナが二人がかりで確認したわけだから、アンセルムの持ってきた物が、【異世界の研究に関する古文書】であることは確かなわけだな。偽物ではなく」

「はい」

「そうだけど、それが?」

 ミドリとレティアナが返事をした。それぞれ、文の内容と書物そのものを調べた。それぞれ、間違いないと確信している。

「あの書物は、妖怪獣の研究に有用なもののはずだ。中に書かれている異世界が、ザルツにとって未知の異世界であっても、既知の異世界であっても。そんなものを、気軽に渡すのは少し解せんな。俺たちが、あるいは俺たちが勝手に誰かに渡してその者が、妖怪獣の研究を始めでもしたら、ザルツの独占状態が崩れるだろうに」

 ミドリは首を傾げながら頷く。

「言われてみれば、そうですね。ザルツではもうとっくに研究し尽くした部分だとしても、別の組織に研究されるのは好ましくないはずです。たとえ、大幅に遅れての後追いであっても」

 レティアナが、少し考えて答えた。

「私たちが、彼をザルツの人間だと考えず、ただの遺跡調査の仕事だと思い、マリカと彼の接触もなかったら。私たちは、今日にでも彼の依頼を蹴ってしまうかもしれない。そうならないように、高い報酬の提示や充分な情報提供をした、ということでしょうね。あるいは、」

「あるいは?」

「トーエスで、新種の妖怪獣らしきものが出てきたでしょ。もしかしたら、妖怪獣よりも更に有用な、新しい何かの研究が、既に進んでいるのかもしれないわね。妖怪獣なんてもう時代遅れ、そんなものはいらない、と言えるような何かが」

 レティアナの考えを聞いて、ミドリは身震いした。その予想が当たっているなら、ザルツが更に強化されるということだ。その力が世の多くの人々に、そして自分たちにも、向けられると思うと……。

 ヨシマサは、もう少し考えを進めていた。おそらく今回の件には、レティアナとマリカの標的である、里の抜け忍が関わっている。それにより、ザルツの地方支部が本部への反抗を企てた。「これがあれば本部に対抗できる」と決意できるほどの何かを、その抜け忍がもたらしたと推測される。

 その、「何か」を使ってザルツを乗っ取り、ザルツの組織力と合わせて「何か」の力を振るわれたら、恐ろしいことになるだろう。そんなことは、何としても防がねばならない。

 地方支部が、まだ本部と派手に衝突していないということは、まだその「何か」を使用する準備は整っていない、まだ研究中、のはずだ。今ならきっと潰せる。急がねばならない。

 ヨシマサがそこまで考えた時、先頭を歩いていたマリカの足が止まった。どうした、とヨシマサが声を出すより早く、ヨシマサ自身にも理由はわかった。

 多くの気配が近づいてきている。人でも獣でもない、ドラゴンなどの魔物でもない、他の何と比べても異質な、この世界にあってはならぬ存在の気配。異世界から招かれた異形の者たち、妖怪獣の気配だ。それも、五匹や六匹ではない。まず、二十匹はくだらないだろう。

「ミドリ。いつでも魔術を使えるよう、準備しておけ」

「は、はい」

 ミドリも事態を察して、自分の中の魔力を高め、練り上げていった。すぐにでも、炎や電撃などに変換して撃ち放てるように。

「……来た!」

 とマリカが叫び、高く跳びながら背中の忍者刀を抜き、一閃させた。

 木々の間を縫って飛来した双頭の怪鳥が、首の一本を落とされてバランスを崩す。が、すぐに立て直してマリカに襲い掛かる、が、レティアナが地上から放った烈風によって大木に叩きつけられ、首と羽の骨を折って落下した。

 それを皮切りに四方から、熊、狼、猪など、に似ているが明らかに別種の怪物・妖怪獣たちが、怒涛のように襲いかかってきた。

 ヨシマサが刀を振るい、ミドリが魔術で迎撃し、マリカが駆け巡って斬り裂き、レティアナの神通力が叩き伏せる。四人の連携の前に、妖怪獣たちはみるみる屍の山を築いていった。

『……この動きは……』

 死屍累々を築きながら、ヨシマサは気づいていた。妖怪獣たちが牙や爪を向けてくるのは、ヨシマサとマリカ、レティアナの三人に対してだけだ。ミドリに対する攻撃は全く見られない。   

 おそらく、ミドリは攻撃しないようにと命じられているのだろう。万が一にも殺してしまわないように。ヨシマサたち三人を殺した後、ミドリの身柄を無事に確保できるように。

『やはりこいつらの目的はミドリか。ザルツ本部に対抗できるという「何か」と関係が……』

 ヨシマサの考えを遮るように、甲高い金属音が響いた。

 音のした方を見ると、中空でマリカが、飛んできた物を忍者刀で打ち払ったところだった。その物は、クルクルと回転しながらヨシマサの傍の木に突き刺さる。

 特徴的な形をした、鋭い投擲武器。ヨシマサは知っている。これは【十字手裏剣】だ。

 細い枝に降り立ったマリカが、笑った。猫、それも獲物を見つけた山猫の目で。

「行ってくる! こっちは任せたわね!」

「承知っ!」

 マリカが叫び、レティアナが応じた。マリカは枝から枝へと跳びに跳んで、猫どころか隼の速度で高空を駆け抜け、消え去ってしまう。

 間断なく襲ってくる妖怪獣に応戦しながら、ヨシマサはレティアナに近づいて小声で言った。ミドリには聞こえないように。

「大丈夫なのか。おそらく例の抜け忍が、罠を張って待ち受けているんだろう。それを一人で」

「マリカ一人なら勝てる、と向こうが判断したから、わざわざああやって呼びつけてくれたのよ。なら好都合。私たちにとって一番面倒なのは、敵わないと思って逃げられることだから」

「だからつまり、敵側には勝算がある、ということだろう?」

「もしもマリカ一人では対処できないようなら、さっさと逃げて戻ってくるわよ。あの子は、国家に忠誠を誓った誇り高い騎士ではないし、受けた依頼を完遂するのがプライドの殺し屋でもない。ただの忍者だからね。それに、」

 地表を這い滑り、まるで垂直落下するような速度で襲ってきた大蛇を、草木には燃え移らない火で焼きながら、レティアナは言った。

「こいつらがミドリちゃんを狙っているって、気づいてるでしょ? こっちはこっちでヒロインをしっかり護衛しないと。私たちは、貴方たちのBLが生きがいだってこと、忘れないでね」


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