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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
序章
3/41

「きさまああああぁぁぁぁっ!」

 ヨシマサは、踏み込んで男に斬りつけようとしたが、男は抜いた短剣をヨシマサに投げつけながら、後方に跳んだ。ヨシマサは短剣を刀で弾いてから、男に一撃を加えたが、浅かった。男の額に、切り傷を一つつけただけに終わってしまう。

 だが頭部なので、出血量は少なくない。男が額からダラダラと血を流しつつ、距離をとって着地したのと、少年の胸から大量の血しぶきが舞い上がったのが同時だった。

「先程の一撃、わしも知っているぞ。【気】とやらを高めて使う東方の技、【気光術】であろう? お前ほどの使い手であれば、その子を救えると思うが?」

 笑みを浮かべて、男が言う。男が指差すその先では、激痛で意識を取り戻したのであろう少年が、仰向けで目を見開いて、小さく痙攣していた。

 ぱくぱくと口を動かし、声にならない声をあげて、苦しんでいる。自身の胸から真上に吹き上がり、キノコのような形で広がってから落ちてくる血を、体中に浴びて。

「くっ!」

 ヨシマサは刀を持ったまま、少年の傷口に両手を当てた。ヨシマサが男の額につけた傷とは比較にならぬほど大きく深い傷口だが、問題ない。傷口を塞ぎ、出血を止めるぐらいなら、ヨシマサの気光術で充分に可能だ。

 ヨシマサの掌から、少年の傷口へと、白い光が流し込まれる。気光の輝きだ。その力により、出血の勢いは弱まった。ひとまず応急処置をして、後はあの男を捕らえてから、と思ったが、

「! こ、これは?」

 少年の傷口から、何かが湧き出てきた、染み出てきた、這い出してきた。ぐねぐねとうねる、不定形の、真っ黒な水の塊……というよりは黒い砂の粒、流砂のようなものが、後から後から出てきては、触手のようにヨシマサの手に纏わりつく。

 そして染み込み、浸食しようとする。

「な、な、なんだ、これはっ!」

 ヨシマサが気光を強め、腕から放射してやると、黒いモノはあっけなく蒸発した。だが少年の傷口が苗床であるかのように、後から後から、黒いモノは流れ出てくる。そしてヨシマサに纏わりついていく。

 ヨシマサは理解した。これは、あの男の魔力だ。短剣に備蓄されていた魔力を、このモノに換えて、少年の体内に「植え付けた」に違いない。

 視界の隅に移る、先程ヨシマサが弾き飛ばした短剣。今はもう柄も刃も黒くはなく、ごく普通の短剣となっている。あの黒さ、あそこに溜めていた魔力を、全て流し込んだということか。

「気づいたようだな。今、我が魔力が実体化して、一つの生物……いや、蟲の大群となって、そいつの体内で増殖し、広がっているのだ。肉体的にはまだしも、精神領域には既に深く食い込んでいるであろうな。早く何とかせねば、傷だけ治して命は助かっても、廃人だぞ」

 男が、少し落ち着いた声で語りだした。ヨシマサが少年を見捨てない、身動きできない、という様子を確認したからだろう。

「お前の気光をもってすれば、そうして蟲たちの活動を抑え、徐々に焼いていくこともできるだろう。徐々に、な。強い威力で一気にやれば、その子の肉も神経も血管も一緒に焼かれてしまう。せいぜい丁寧に、ゆっくりじっくり、やるがいい」

「……こ、この……っ!」

 その時。館の中が騒がしくなった。どうやら表の妖怪獣たちが全滅し、シルヴィたちが突入してきたのだろう。大きな館ではないから、もうすぐここまでくるに違いない。

 男は舌打ちすると、ヨシマサから離れた。

「お前だけは直接この手で殺したかったが、仕方ない。これでお別れだ」

 部屋の奥、暖炉のそばの壁に男が手をかけ、横に滑らせると、隠し通路が現れた。

 ヨシマサは歯噛みするが、一瞬でも少年から離れるわけにはいかない。気光を止めるわけにはいかない。止めた瞬間に、不気味にうねる黒い蟲の群れが、少年の内臓を、精神を、食い破りかねないのだ。また、集中を乱し、調整を誤れば、ヨシマサが放っている気光で少年を殺してしまうかもしれず、あるいは、ヨシマサ自身の体内に蟲たちが食い込んでくるかもしれない。

 今、ヨシマサは、逃げていく男に対して何もできないのだ。

「お、おのれええぇぇっ!」

「また会うことがあれば、今日の恨みを晴らさせてもらおう。さらばだ」

 男は隠し通路の奥へ消えた。壁はまた元通りになり、通路を隠す。

「く、く、く、く、くそおおぉぉっ!」

 怒りに目も眩みそうになりながら、ヨシマサは少年の傷口に手を当て、気光を流し続ける。

 黒い魔力の蟲たちの勢いは、気光で焼いても焼いてもまだまだ衰えず、後から後から湧いてくる。ヨシマサに向かって攻撃してくる分、少年への浸食はいくらか減らせているだろうが、こうしている間は傷の治癒がなかなかできない。出血の勢いを抑えるので精一杯だ。しかし、刺され裂かれた傷そのものだけでも、充分に致命傷なのである。早く、その治癒をせねばならない。

 だが蟲たちが湧いてくる限り、それはできない。

「……ぅ……っ……」

 苦しそうに、少年が呻き声を上げた。そして弱々しく息を漏らす。

「か、はっ……ぐ、あ……く、……ぅ……」

 苦悶の表情。額にも頬にも脂汗が滲んでいる。

 無理もない。胸を裂かれ、得体の知れない術を受けたのだ。今、この子を襲っている苦痛がどれほどのものか、ヨシマサには想像もつかない。

 やがて少年が、今初めて存在に気づいたのか、ヨシマサに視線を向けた。

「ぁ……ぐっ……うぅ……」

「気をしっかり持て! 大丈夫だ、傷は今、治している!」

 気光治癒を続けながら、ヨシマサは少年を励ました。

「こ、ここ、どこ……な、何が……どうなって……」

「お前は、誘拐されてここに連れて来られた! そして今、誘拐犯によって傷つけられたんだ! 犯人は逃がしてしまったが、この場の敵はもう全滅した! だから、何も心配することはない! お前は家に帰れる! 父と母に会えるんだ!」

「ゆ……誘拐……? 父様、と、母様……」

「そうだ! きっとお前のことを心配して、今も帰りを待っている! だから、」

「……あ、ぁ……わから、ない……思い、出せ、な、ない……」

「えっ?」

「父様の顔……母様の声……街……僕の、家……わからない……ぼ、僕、僕は、誰……?」

「!」


「肉体的にはまだしも、精神領域には既に深く食い込んでいるであろうな」

「早く何とかせねば、傷だけ治して命は助かっても、廃人だぞ」 


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