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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第三章 刻み込まれた任務
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「こうして俺に、里のことを詳しく教えてくれた。聞いておいて何だが、教えていいものなのか? 里から許されているのか?」

「ん。それは大丈夫よ。里の存在は、積極的に宣伝するものでもないけど、厳重に秘密にしてるってわけでもないから。まあ、里から許可の出ていない相手に、詳しい場所を教えるとかは、流石にダメだけど」

「あと、さっきマリカが説明した通り、里との声のやり取りは一切できないから、こういう会話を里に聞かれることはないわ。けど、私たちから直接話を聞いた人に妙なことをされたら、誰がその者にバラしたのか? と怪しまれ、調べられてしまう」

「そゆこと。だから、迂闊なことは言えないの。ごめんね」

「……そうか」

 やはり、正確な場所などの、詳しい話を聞き出すのは難しそうだ。

 だがとりあえず、今二人が話している内容に間違いはなかろう。里に盗み聞きをされる心配はないと思っていい。それができるなら、抜け忍の居場所ももっと正確に判り、刺客を最短距離で送り込めるはずだから。

 そういうことなら、時間をかけて少しずつ、里の話を聞き出していくこともできるだろう。

「では最後の質問だ。お前たちのそういった話、真の目的を、なぜ今までごまかし、隠していた? BLがどうのこうのと、街の大勢の女たちを巻き込んで、妙な騒ぎまで起こして。機密事項でないのなら、最初から俺やミドリに話してくれても良かったと思うが」 

 と言われて。レティアナは重いため息をついた。

 マリカは、

「あん、もうっ! 妙な騒ぎ、だなんてっ」

 くねくねしながら、ヨシマサに近づいてきた。不気味なのでヨシマサは後ずさりしたかったが、背後はドアなので一歩も後退できず、接近を許してしまった。

 ヨシマサの目の前まで来て、上目遣いでうるうるしながら、マリカは言う。

「さっきも言ったでしょ? BL関係の話は全て本心なんだってば。厳しい修行の日々の中、わたしとレティアナを支えてくれた、かけがえのない大切なものなのよ」

「そうだとしても、お前たちの事情を隠す理由にはならないだろう」

「ミドリちゃんとあなたは、正に、わたしたちが夢に描いていた理想の男の子像なの。わたしたちの目の前で、わたしたちのイメージ通りに、いちゃついてもらいたいのよ」

「人の話を聞け。俺の意思を無視するな。俺たちはBL愛好家のオモチャではない」

「あなたには、今、全部ぶちまけちゃったけどね。せめてミドリちゃんには、今のままでいてほしいの。今のまま、わたしたちと接してほしいの」

「だから俺はBLなんて……え?」

 いつの間にか、マリカの顔に悲壮感が漂っていることに、ヨシマサは気づき、たじろいだ。

 そんなマリカの背後から、ベッドに座ったままのレティアナが話しかけてきた。こちらは、表情に変化はない。ないが、声が少し、低い。

「ヨシマサ君。貴方も、今までに人を殺したことはあるでしょう。でもそれは、騎士団に所属して、犯罪者を相手にしてのこと。世の為人の為、いわば正義の味方としての戦い。だからミドリちゃんも納得してる。けど、私やマリカは違うのよ」

「……」

「私たち自身の私利私欲ではないにせよ、ただの仕事としての殺人。それだけならまだ、傭兵や冒険者としては普通だけどね。抜け忍の討伐となると、相手は全て同僚、時には幼馴染み。それを殺してきてるのよ、私たちは。今までも、そしてこれからも」

 部屋の空気の質が変わった。暗く、重い。

 マリカが下を向いたのは、その重さのせいなのか、とヨシマサには思えた。俯いて……小さな額を、ヨシマサの胸に当てて。今、マリカはどんな顔をしているのか。いつものあの、猫のような瞳が、今はどうなっているのか。

「……だから……ねっ」

 顔を上げたマリカは、少し目を潤ませてはいたが、「にかっ」としてヨシマサに言った。

「ミドリちゃんには、黙っててほしいの。ほんの少しでも、怖がられたり、同情されたりしたくないの。ミドリちゃんの前では、ただただBL大好きな、おもろいねーちゃん、でいたいの。はしゃいで、騒いで、あなたとはドツき漫才なんかもして」

 今まで、一度も一瞬も見せたことのない顔、聞かせたことのない声で、マリカは訴えてきた。

 ヨシマサは、

「……そう、か。わかった。約束する」

 息が詰まるような、気圧されるような気分で、頷いた。

 マリカの顔が、ぱっと明るくなって、

「ありがとっ!」

 ちょっと背伸びして、ヨシマサの首に抱き着いてきた。人並を大きく上回る、二つ並んで強い弾力のある、温かな球形の感触がヨシマサの胸に押し付けられた。加えて、ふんわりと甘い匂いが、ヨシマサの鼻をくすぐる。

「お、おいっ?!」

「んふふ~テレちゃって。でも、本命はミドリちゃんでないとダメだからね?」

 ぺろっと舌を出して、マリカがヨシマサから離れる。その顔は、もういつものマリカだ。

 まさかさっきの、レティアナと二人がかりでの一連の流れは、全て演技だったのではなかろうな、とヨシマサは少し思った。が、それはすぐに打ち消した。そんなはずはない、とヨシマサには判っているからだ。

 ヨシマサは一つ咳払いして気を落ち着ける。

「ごほん。随分といろいろ喋ってもらったが、これだけでは不公平だな。そちらから、俺に何か質問はないか?」

「ん? 別にないわよ。ミドリちゃんの身元捜しと、あなたの武者修行。それが全てでしょ?」

 ぽん、と軽く、拳をヨシマサの胸に打ち付けて、マリカは言い切る。

「ご存じの通り、こっちは前々からあなたたち二人を調べてるの。魔術研究所の書類も漁って、ミドリちゃん関連の資料にはほぼ目を通したわ。あの事件の後にすぐ、厳重な検査をして、間違いなく人間だと判明したのよね。良かった良かった」

「お、お前、そんなことまで?」

「わたし、忍者だから。潜入工作なんかはお手の物よ。ま、これからもそういう仕事は、頼りにしてくれていいってこと。どんどん任せてちょーだい」

 確かに、頼りにできるだろう。

 同時に、油断もできないが。

「と、とにかく。これで話は終わりだな」

「うん。お互い、すっきりしたところで、これからもよろしくね」

「ああ。……では、俺は部屋に戻って休む。お前たちも、明日に備えて早く休めよ」

「はぁい」

「承知」

 二人の返事を聞きながら、ヨシマサは部屋を出て、ドアを閉めた。

 廊下を歩いて、距離を取る。取ってから、大きく息をついた。

「ふう……」

 ヨシマサは、部屋に入ってからずっと、微弱な気光を放っていたのだ。途中からマリカが近接したので、そこからはマリカに狙いを定め、いわば目に見えぬ気光の霧でマリカを包み、浸食させて、マリカの気の流れを探っていた。マリカに気取られぬよう、細心の注意を払って。

 気づかれてはいないはずだ。気づかれ、こちらの気の浸食を阻まれたなら、顔や声でいくら平静を装おうとも、気の抵抗が発生する。それを見逃すヨシマサではない。

 気づかれずに、気を探り続けたから、確信できる。マリカは先ほどの会話の中で、一言も嘘は言っていない。里の話、任務の話、そしてヨシマサとミドリに関する話も。全て、マリカ自身の本音・本心を語っており、演技はしていない。

 相手は忍者、こちらは侍。騙しあいなら向こうが上手かもしれない。だが、気光の技術に関して、引けを取っているとは思えない。ヨシマサの、気光による探りを欺けるほどの、気光の超達人であるならば、それほどの「凄い気光」なら、そうであることを読み取れるはずだ。

 断言できる。先ほどの会話に嘘はない。信用していいだろう。マリカたちの事情も、そしてヨシマサとミドリに対する思いも。

「……BL好きの、おもろいねーちゃんでいたい、か」 

 ヨシマサは自室に入った。二つあるベッドの内、一つには既にミドリが入っており、すうすうと気持ちよさそうに熟睡している。

 その無邪気な寝顔を見ながら、ヨシマサも寝支度を整え、ベッドに入った。


 マリカは、ベッドに座っているレティアナの隣に、ごろんと寝ころんだ。

「いやあ、はははは。探られてたわ」

「探られてたわね」

「抵抗したり、嘘ついたら、確実に見破られてたわね」

「全く」

「こう、ヨシマサの気光が、ぞわぞわと感じられてね」

「うんうん」

「あん、わたし、ヨシマサに気光で犯されちゃう~って」

「ばか」

 あはははは、とひとしきり笑ってから、マリカは少し真面目な顔になって言った。

「ま、これで信用してもらえたでしょ。無抵抗で、嘘つかなかったから」

「私たち、嘘をつく必要はないものね」

「ん。そーね」

 部屋の空気の質が、また変わった。


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