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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第二章 侍BL
22/41

 町外れの小屋。ルファルを捜索中だった借金取り二人が、アンセルムに連れられて来ている。

 小さなランプ一つに照らされた薄暗い室内で、ソレーヌが二人に問いかけた。

「町で噂を聞いたんだけど。あんたたちが捜してる女の子って、本当に妖怪獣なの?」

「あん?」

 二人は怪訝な顔をして、それから大柄な兄貴分が応えた。

「何でお前がそんなことを聞くんだ。オレたちは、あのガキの居所を知っていると聞いたから、ここに来たんだぞ。余計なことはいいから、さっさと教えろ」

「聞いてるのはこっちよ。さっさと答えなさい」

「んだと?」

 ナメてるのか、と兄貴分がソレーヌの襟首を掴むべく手を伸ばした。

 だがそれより早く、ソレーヌの手が兄貴分の顔面に伸びた。

「二人組で良かったわ。一人は殺せるものね」

 グジャッ、と何かが潰れる音がして。

 兄貴分の頭部が、背面の四分の一ほどを残して消滅した。

 大口を開けて、トマトに齧り付いて、一口で四分の三を食べてしまったかのように。といっても、これはトマトではなく人間の頭部であるから、人間の口では大きさが足りなくて不可能だ。熊や虎にもできない。鰐でもないと無理だろう。

 だが、今ここに鰐などいない。兄貴分の顔面に触れたのは、ソレーヌの白い手、細くて綺麗な手だけだ。そう、綺麗。確かに綺麗。血も何もついていない。

 だというのに、今、兄貴分の頭部は間違いなく、「ソレーヌに触れられて前方四分の三を食い千切られた」のだ。弟分の目には、そうとしか見えなかった。

「ひいいいいぃぃぃぃっ!」

 兄貴分の死体が倒れたのを確認もせず、弟分は逃走しようとした。が、狭い小屋の唯一の出入り口は、アンセルムが固めている。

 そして背後からは、ソレーヌが歩いてくる。

「脅しがてら言うけど、あたしは正真正銘、ザルツの者よ。このエリアの地方支部の、幹部の一人。昼間の妖怪獣騒ぎもあたしの仕業」

 弟分は、逃げられないと悟り、震えながら振り向いた。

「た、たす、たすけ……」

 そこには、ごく平和な世間話をしているかのような顔のソレーヌがいる。

 そしてその後ろでは、頭部の四分の三を失った兄貴分が倒れている。

「今、大事な計画が大詰めにかかってるの。万一の失敗も許されない、一大計画がね。だから、些細なことでも確認しておきたいのよ。いい? 正直に答えなさい。あんたたちが追ってる女の子について」

「わ、わ、わかった! 全部話す! だから殺すな!」

 弟分は、何から何まで白状した。

 数か月前、自分と兄貴分が、ある老婆を殴りつけた際、そこにいた女の子がバケモノと化して襲ってきたこと。その後、近所の浮浪児たちを締め上げて聞き出したところ、ルファルという名のその子は、以前にも何度か、そういうことがあったとのこと。

 ツバルマー商会のボスがそれを聞き、弱すぎてザルツに捨てられた妖怪獣に違いないと判断し、見世物にしようと思い立ったこと。ルファルの正体は隠したままで合法的に身柄を確保できるよう、老婆に毒を盛って重病と思わせ、借金させたこと。

「何、それ? つまりその子は、人間の姿になったり妖怪獣の姿になったりしてるってこと?」

「そ、そうだ」

「そんな変な妖怪獣、見たことないわよ。本部からもそんな話は聞いたことないし」

「実際に見たんだからしょうがないだろ! あいつに引っ掻かれた時の傷跡だって、まだ残ってる! 見ろ!」

 と、弟分が自分の腕をソレーヌに見せた。確かに、うっすらと引っ掻き傷のようなものの跡がある。だがこんな傷、そこらの野良猫にだってできることだ。

「ふうん。召喚に失敗して、変なのを呼び出してしまって、捨てたのかな。そんなのだったら、ほっといても影響なさそうだけど……でもやっぱり気持ち悪いから、できれば片付けたいわね」

「そ、それじゃあ、オレはこれで」

「待ちなさい。言ったでしょ? 一大計画が大詰めにかかってるって。もっと長くかかると思っていた計画が、予想外の嬉しいアクシデントで、一気に進展したのよ」

 ソレーヌは、怯えきっている弟分に言った。

「それはいいんだけど、そのおかげで余っちゃったのよね。長い長い計画に役立てよう、と思って研究開発してた、改造妖怪獣が」

「か、改造? ……もしかして、昼間のクモのやつも」

「ええ。で、手持ちがもう一匹あってね。今説明した通り、もう不要の余りものなんだけど、せっかく苦労して造ったのに、使わないのも勿体ないわ。だからまあ、ちょっと補助的な使い方をしようかなと」

 ソレーヌが何を言いたいのか解らず、弟分はただ震えている。

「そ、それが何だってんだ。ザルツの幹部がやってる研究なんて、オレみたいな別組織の、しかも下っ端には関係ない。勝手にしろ」

「ありがとう。じゃあ、勝手にさせてもらうわ」

 と言って、ソレーヌは音もなくスッと前進し、弟分の太ももに軽く触れた。

 触れた部分の肉が、グジャリ、と食い千切られた。何かに。

「ぎゃああああぁぁぁぁ!」

 悲鳴を上げて、弟分が倒れ、のたうち回る。

「まず、こうやって傷口を開けるのよ。で、」

 ソレーヌはポケットから、小さく短い蛇を取り出した。赤い、血のような色をしたその蛇を、ぽんと放る。蛇は、ソレーヌの狙い通り正確に、弟分の太ももの傷口に落ちる。と、そのまま肉を食い荒らして、深く潜り込んでいった。

 開いた傷口を、更に抉られる。しかも、蛇の牙で。言語を絶するその激痛に、弟分の悲鳴はもはや人間語になっていなかった。獣か、あるいは虫の鳴き声のようであった。

 だがそれも長くは続かなかった。死んだのではない。生きてはいるが、意識を大方、失ったのだ。体内に潜り込んだ蛇によって、意識を侵食されているのである。

 声を出さず、のたうち回りもしなくなった弟分を見下ろして、ソレーヌは言う。

「こうやって人間の体に入り、一体化することで、その人間の知識や知能を利用するってわけ。前のバージョンだと、製造者であるあたし自身の血を与えることで、あたしと意識を繋いでたのよ。それはそれで便利だけど、一度に一体しか使えないし、第一、あたしが痛いしね」

「……」

 弟分は、のっそりと立ち上がった。太ももの傷は、治ってはいないが出血は止まっている。

 まるで生ける屍のような動きをしているが、決して無表情ではない。声こそ出さないものの、その顔は相変わらず、苦悶に満ちている。

「痛い、わよね。食いちぎられた脚だけでなく、今こうしている間にも、肉体と精神の両方を、食い荒らされてるんだから。でも、苦しみを発声する権限は奪われている」

「……」

「ややこしい話をしても理解できないでしょうから、単純に言ってあげるわ。今、あんたが抱えてる苦痛を取り除くにはね、あたしのお願いを聞いてくれればいいの」

「……ど……どうしろ、と……?」

「あんたが、ヨシマサたちと酒場で会った時、碧色の髪をした可愛い男の子がいたでしょ? ミドリって呼ばれてるけど、その子を捕まえて、ここに連れてきなさい。殺さずに、生け捕りでね。そうしたら、今埋め込んだ蛇を除去してあげる。わかった?」

「あ……あのガキを……捕まえ……て……て……」

 弟分の目から涙が溢れ、口からは涎が流れ出した。

 そして、全身の筋肉が内側から盛り上がっていく。今にも上着を破ってしまいそうだ。

「今のあんたなら、ミドリはともかく、最初から追いかけてた方の子なら、直接探せるでしょ? 匂いを辿るとか、雑踏の中から声を聞き取るとか、そういうので。ヨシマサたちはその子と関わってるみたいだから、その子の近くにミドリがいる可能性は高いわ。でも、その子は殺してもいいけど、ミドリは生かして連れてくること。いいわね?」

「ウゥ……アアアアァァァァ!」

 もはやゴリラのような体つきになった弟分は、ソレーヌに背を向けてアンセルムを突き飛ばし、小屋から走り出て行った。

 危うく転倒しかけたアンセルムが、その背を見送りながら聞いた。

「大丈夫ですか? あれ」

 ソレーヌは満足げな顔をしている。

「いくらバカになってても、あれぐらいの内容なら理解できるわよ。ミドリを攫えなくても、【ザルツがミドリを狙っている】とヨシマサたちに印象付ければそれで良し。でもさっき言った通り、あくまで補助だからね。これが空振りになっても、何とでもなる」

「余裕ですね」

「そりゃもう」

 にこり、とソレーヌは笑う。

「あんたも解ってるでしょ? もうすぐ、全てが余裕になるのよ。ザルツ本部を潰すことも、ディーガル王国に勝つことも。余裕でできるわ」


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