表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第二章 侍BL
21/41

 ヨシマサたちの起こした騒ぎは、噂となってあっという間に街中に広がった。なにしろ借金取りたちの話が本当なら、クモの妖怪獣騒ぎがあったばかりだというのに、また別の妖怪獣が、街のどこかに潜んでいることになるのだ。

 そんな噂を耳にしながら街で食事を摂ったソレーヌが、小屋に戻って来ると、アンセルムが待っていた。予想外の早い帰還にソレーヌは驚いたが、

「連絡員の拠点に立ち寄ったところ、ちょうどこちらに向かっていた者と出くわしまして。そいつの話を聞いて、引き返してきたのです」

 アンセルムの報告を受けて納得した。

「ボスは既に、ミドリのことをご存知でした。今、ここにいることまで。例の準備は既に始められており、間もなく完成する見込み。ですのでソレーヌ様には、すぐにミドリを確保するように、とのことでした」

「へえ。閉じこもって血みどろな研究ばかりしてる人かと思ってたけど、ちゃんと情報収集もしてたのね。意外だったわ」

「どうしますか」

「ん~。もうそこまでコトが進んでるなら、本部の目を気にする必要はないわね。何がバレても、本部のまとまった討伐隊なんかが編成されてこっちへ来る頃には、全てが終わってる。後はヨシマサたちをどう出し抜くか……あ、いや」

 ソレーヌは、街で聞いた噂を思い出した。自分の知らない妖怪獣が、今この街にいるらしい、という噂だ。

 不確かな噂だし問題はないと思うが、放っておくのも気持ち悪い。大事の前だ、万一に備えた方がいいだろう。

「アンセルム。今、街で借金取りが二人、女の子を捜して駆け回っているそうだから、そいつらをここへ連れてきて。その子について心当たりがあるから、とでも言って」

「わかりました」

 

 日がだいぶ傾いてきた。といっても、通りを行きかう人の数は減らない。むしろ繁華街などはこれからが本番なので、賑やかさを増しているほどだ。

 そんな中で、手がかりもなく子供二人を探すのは、ちょっと難しい。

「合流場所、決めとけば良かったわね」

 マリカがぼやいた。マリカとしては、ヨシマサとミドリが取っている宿の部屋ででも落ち合えば、と思っていたのだが、まだ宿を取っていないとのこと。

 こうなると、あの子を連れたミドリがどこに行ったのか、見当もつかない。

「ミドリには魔術の心得があるから、あの借金取り二人に見つかっても、逃げるぐらいは問題なくできるだろうが……」

 ヨシマサはあの二人の力量をあの場で見切っており、正面からぶつかる分には、ミドリの身を案ずることはないと考えていた。

 だが、ミドリは実戦経験に乏しい。物陰から不意打ちとか、遠くから飛び道具を使われるとか、そういったことへの対処は困難だろう。

 早く合流したいところだが、ミドリたちもあの二人に見つからないよう動いているだろうから、延々とすれ違いになってしまっているかもしれず。

「これではラチがあかん、手分けして探そう。ミドリたちを見つけたら、全ての出会い亭に連れてくるということで」

「わかったわ」

「承知」

 ヨシマサたちは三手に分かれた。


 少女の名は、ルファルという。

 物心ついた時から孤児であり路上で生活していたが、一年ほど前、子のいない老婆に拾われた。二人で内職などをこなし、時々借金をしながらも、何とか生活はできていた。 

 だがある時、借金の支払いが滞り、取立人が老婆に暴力を振るった。ルファルは怒りに我を忘れてしまい……気づいた時には、傷だらけで逃げていく取立人と、地面には血の染みがあった。何が起こったのかわからず、自分はバケモノなのかと震えるルファルを、老婆はしっかりと抱きしめてくれた。

 その後、借金は返済できたが、取立人を怪我させたことについて、相手からは何も言ってこなかったのが不気味だった。それどころか、しばらくして老婆が病に倒れた時、わざわざ好条件での貸し付けを申し出てきたのである。

 老婆の病は快方に向かっているが、まだ完治には遠い。そうこうしてる間に借金の支払い期限が過ぎてしまった。だが今、ルファルが連れて行かれては、老婆が一人になってしまう。

 そんな話を、少しずつ聞き出しながら、ミドリは街を歩き回っていた。ヨシマサの危惧通り、そしてヨシマサの現状と同じように、ミドリも合流することを望んでいるが叶わず、街を右往左往している。

 あの二人組に見つからないよう、裏通りを選んで歩き回っているのだが、却って危険だろうか。また、これではヨシマサたちとの遭遇が難しくなってしまうだろうか。

 あれこれ考えていると、つい歩くペースが速くなってしまう。ミドリは、ルファルが遅れがちになっていることに気づいて、足を止めた。

「少し、休もうか?」

「……」

 ルファルは返事も頷きもしなかったが、ミドリに従って足を止めた。ひっそりとして暗い裏通り、今のところ前にも後ろにも人影はない。ミドリは街路の隅に打ち捨てられていた木箱を見つけて、そこに腰を下ろした。

 並んで、ルファルも腰を下ろす。思い詰めた表情のまま、やはり無言だ。

「え、えと、」

 こういう場面に遭遇したことがないミドリは、何とかルファルを励ますべく、ぎこちないながらも笑顔を見せて言った。

「大丈夫だよ。きっともうすぐ、兄様たちに会えるから。そうしたら、」

「……ごめんなさい……私のせいで……」

 ルファルは、ミドリとは目を合わせられない様子で、蚊の鳴くような声を出した。

 この状況で、半端な励ましの言葉は逆効果になりかねない。そう判断したミドリは、ルファルから聞いた話と、魔術研究所時代に勉強して得た知識とを合わせて考え、言った。

「ごめん。ちょっとキツいことを言うよ。君が、もしもその……人間ではないとしたら、法的には借金の担保になんかならない。というより、できない。もちろんそんなことを堂々と公表はできないだろうけど、そういう事情を知れば、きっと兄様が助けてくれるから」

 ルファルは首を振った。

「私、自分がバケモノだっていうのは知ってます。こういう裏路地で生活する、浮浪児だった頃から、意識を失って暴れることは時々あったんです。暴れた後は、相手が私に怯えて近づかなくなって、口もつぐむから、騒ぎが広まったりはしなかったんですけど」

「……」

「おばあちゃんに拾われてからは、そんなことはなくなってたんです。でも、やっぱり、カッとなると再発してしまうみたいで……さっきも、あの二人を相手に暴れ出すのが怖かったから、逃げてたんです。今日の昼、商店街で暴れてた、クモみたいな……妖怪獣、っていうんですよね。私の正体もきっと、あれです。あのクモの仲間なんです」

 ミドリは、「そんなことない」と否定してあげたかったが、できなかった。この子は幼い頃から(今だってまだ幼いが)一人ぼっちで、自分が何者か解らない不安に怯え続けてきたのだ。その恐怖、悲しみ、絶望に対し、根拠のない慰めなどは何にもならないだろう。

 ミドリは、少なくとも今はヨシマサと二人で幸せだし、「記憶がないおかげで」過去の苦悩なども背負っていない。不安はあるが、この子に比べたら漠然とした、軽いものだとも言える。

『僕は、どうすれば……この子に何を言ってあげれば……』

 ミドリは、何も言えないでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ