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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第二章 侍BL
18/41

 瀕死のゴキブリの如く、手足をぴくぴく痙攣させて床に転がっているマリカを放置して、ヨシマサはテーブルに着いている。運ばれてきた料理に手をつけ、一口二口と食べながら言った。

「これから共に旅をする仲間のことだ、妥協しよう。今後も、お前がああいうものを描くのは構わん。同好の士に見せることも、俺は口出しせん。だが、ミドリにだけは見せるな」

「……承知。残念だけど、そうするわ」

 レティアナも、食べながら答えた。

「念の為に言っておくが、朗読して聞かせるのも許可しないぞ」

「く。隙がないわね」

 二人がそんな会話をしている間も、ミドリだけは、テーブルに着いてはいるが料理よりもマリカを心配そうに見ている。

 そんなミドリに気づいたレティアナが、にっこり笑って言った。

「ふふ。やっぱり優しいわねえ、ミドリちゃん。でも、マリカのことなら心配いらないわよ。ほら、アレよアレ」

「アレ、って?」

 レティアナは、ひとつ咳払いすると、ちょっと気取って低い声を出した。

「俺と一緒に修羅場を潜ってきた相棒だ。この程度でくたばりゃしねえよ」

「……」

「……」

 ミドリと、それからヨシマサも、沈黙というツッコミを入れる。

「……あの、何だか、レティアナさん、もしかして……」

 間違ってたらごめんなさい、とばかりに控えめに質問しようとしたミドリに対して、レティアナは輝くような笑顔で先回りして答えた。 

「もちろん、私は楽しんでるわよ。こういうセリフを吐くことを。ん~、気持ちいい♪ って。そういうセリフを浴びてるマリカも今、楽しんでるわ。そういった役どころを、小説の中ではなく現実に演じることができて、ね。だから心配なんて無用よ」

「は、はあ」

 床に倒れてぴくぴくしてる今のマリカは、その状態を楽しんでいる、のだそうだ。

 ミドリの隣で、やはりこいつらは理解できん、とヨシマサが呆れていると、男がこちらに近づいてきた。

 今、店内に入ってきて、こちらに向かってきたわけではない。入口の方から足音はしなかった。特に注意を払っていたわけではないが、この男は最初から店内にいたはずだ。他のテーブルについて、他の客と話をしていたはずだ。

 小太りの中年で、武装はしていない、商人風の男。商談をひとつ片付けて、今度は別の商談をしにテーブルを移ってきた。そんな風情である。

 男はヨシマサとミドリをちらりと見て会釈してから、レティアナの傍まで来て言った。

「例のお話ですが」

「ああ、いいわよ。この二人は今日から仲間になったから、一緒に聞かせて頂戴。貴方も噂は聞いてると思うけど、ヨシマサ君とミドリちゃんよ」

「ほう。あの有名な……わかりました。では」

 ヨシマサとミドリが口を挟む間もなく、男は話し始めた。

 一年ほど前、ヨシマサによって拠点を潰されて以来、この地方での活動は目に見えて減っていた組織、ザルツ。そのザルツの所持する兵器生物・妖怪獣が、今日この街で暴れたわけだが、今、ザルツには内紛の兆しがあるという。ヨシマサが潰したものの他にも、この地方に拠点はいくつかあり、それらを統括している地方支部があるのだが、その支部が、本部に反旗を翻そうとしているらしいのだ。

 だが、それはまだ噂に過ぎない。本部としても、証拠もなしに支部を取り潰す(支部長と幹部の抹殺・追放など)わけにはいかないので、内々に調査を進めているとのこと。

 とにかく、この地方のザルツ支部がきな臭い。今、裏社会ではそんな噂が立っている。今日の、いろいろな意味で異常だった妖怪獣の件も、この噂と何か関係があるのかもしれない。

「詳細は不明ですが、地方支部に誰かが、何かをもたらしたと思われます。本部に対抗できる、戦える、と思えるような何かを」

「うん、なるほどね。ありがと、助かったわ」

 レティアナは袂から金貨を一枚取り出すと、男に渡した。

 男は恭しく受け取り、酒場を出て行った。

「聞いた?」

「聞いたが、何だ今のは。情報屋のようだったが」

 そうよ、とレティアナは肯定する。

「貴方たちと組む時に、お土産になると思ってね。ザルツの調査を依頼しておいたの。ちょうど、いいタイミングで来てくれたわね。中身もなかなかのものだったし」

「あの男、お前とはそれなりの付き合いがあるように見えたが」

「そりゃあ、冒険者稼業をやっていれば、ああいう人たちの力を借りることもあるからね。彼に依頼するの、今回が初めてってわけではないわよ」

 また少し、怪しい部分が出てきたぞ、とヨシマサは思った。

 ヨシマサとミドリへの土産として、ザルツを調査していた、というのは確かに不自然ではない。ヨシマサたちにとって、因縁浅からぬ敵だからだ。だが、本当にそれが目的だろうか。

『極端な話、この二人はザルツ本部に雇われた調査員で、内紛の疑いがある地方支部の周辺を探っている最中、というのも考えられる。忍者であれば、そういう仕事こそが本分だし、もし抜け忍であるなら、危険な仕事を請け負うことで大きな組織の庇護を受けねば、生きていけないということもあろうし』

 どうあれ、とにかくミドリに危害が及ぶようなことは避けたい。だが、そのミドリを救われた恩を返すために、忍者の里を探ることはやめられない。必要なことはこなしながら、余計なイザコザには関わらぬよう、注意せねばならない。

 そんなことをヨシマサが考えていたところに、イザコザがやってきた。酒場の入口をどたばたと駆け抜け、貧しい身なりをした幼い少女が、店内に跳びこんできたのだ。

 ミドリよりも少し下、まだ十歳そこそこと見えるその少女は、背後を一瞬振り返り、追跡者の足音に怯え、救いを求めて正面に向き直った。その方向にはヨシマサたちがいる。

 それとほぼ同時に、少女を追って、いかにもといった風体のチンピラが駆け込んできた。大柄と小柄、兄貴分と弟分の二人組だ。

「もう逃げられねえぞガキ!」

「手間ぁとらせやがって! おとなしくしろっ!」

 二人組の手が少女に伸びる。

 そこに、ミドリが立ち塞がった。少女を背に庇って両腕を広げ、男たちを通すまいとする。

「なんだお前は? どけっ!」

「そうはいかん」

 ヨシマサも立ち上がり、ミドリの前に出て、男たちと対峙した。

「お前たちが何者かは知らんが、良からぬことを考えてこの子を捕らえようとしているなら、見過ごすことはできん。もし、そうであるなら、直ちに立ち去れ。さもなくば怪我をするぞ」

 刀に手をやるまでもなく、ドスを効かせた声を出すだけで、ヨシマサは男たちを怯ませた。

 だが、男たちが怯んだのは一瞬のこと。本能的に強さの差を感じ取り、一瞬だけ逃げようとしてしまったが、それは本能、動物的判断でのことに過ぎない。

 人間的判断が、怯みを押し流した。小柄な弟分が強気な声を張り上げる。

「はん! 悪者から女の子を助ける、かっこいいヒーローのつもりか! 残念ながら、お前のその狙いは外れることになるぜ!」

「どういうことだ。お前たちが、俺に勝てるとでも?」

「勝つまでもねえんだよ! これを見やがれ!」

 と、男が懐から取り出して広げ、ヨシマサに見せたのは一枚の紙。

 借金の証文であった。

「この通り、オレたちは合法的な借金に基づいて、正当な権利を行使している! 借金が返せない場合、そのカタとして、頂くべきものを頂く! それだけのことだ!」

「……」

 ヨシマサは、証文に目を通した。確かに男の言う通りであり、記されている金額も合法的なものだ。むしろ、女の子一人を担保とするには良心的といっていい高額。反論の余地はない。

 今、ヨシマサが男たちを倒してしまうと、ヨシマサがただの暴漢になってしまう。何がどうあれ、彼らに罪はないのだ。

「あ、あの、兄様?」

「……ミドリ。これは、俺にはどうしようもない」


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