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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第二章 侍BL
16/41

 商店街で暴れていた怪人が倒され、倒した英雄を称えて興奮状態だった群衆も落ち着き、ようやく街に平穏が戻ってきた。

 熱狂してミドリを胴上げしていた女の子たちも、それぞれに家庭や仕事や学校などは当然あるので、もう解散している。

 ヨシマサたちは、全ての出会い亭でテーブルを囲んでいた。今日から四人で組むことになったのだから、まずは乾杯して、改めて自己紹介など、というのが普通の流れである。

 しかし、先に片付けておかねばならぬ問題があったので、ヨシマサはそれに取り組んでいた。レティアナが描いて街の女の子たちが回覧し、大好評だったという小説の、内容確認である。

「……! ……っ、……、~~~~!」

 黙々と読んでいくヨシマサの、目は見開かれ、手は震え、頬には汗が伝っている。

 ミドリが、おそるおそる声をかけた。

「あの、兄様? 何だかその、怒ってるような、驚いてるような、凄い顔してますよ? 一体その小説、どんな……」

 身を乗り出し、覗き込んできたミドリを、ヨシマサは怒鳴りつけた。

「お前は読まんでいいっ!」

 そして、めくっていた分厚い紙束を乱暴に閉じ、レティアナに突き返す。

「いいかミドリ。今後も、お前はこれを読むなよ。俺ももう読まん」

「は、はあ」

 紙束を受け取ったレティアナは、元通り袂に収めるとヨシマサに微笑みかけた。

「まだ、十分の一も読んでないみたいだけど……まあ、全部読んでたら日が暮れるどころか、夜が明けるからね。仕方ないか。で、どう? 良かったら、ご感想を聞かせてほしいんだけど」

 感想も何も、ヨシマサとしては記憶から抹消したい内容であった。

 まさかとは思っていたが、本当に作中で、ヨシマサとミドリが濃密な熱愛を交わしているのである。男の子同士で。そりゃもう、ねっとりと。しかも実名(ミドリの歌は、実名の使用は遠慮していたというのに……!)で。

 出だしの十分の一以下だけで、そういう内容であった。終盤、盛り上がってクライマックスとなったら、いったいどんな展開になるのか。考えたくない。読みたくない。

 だがそれを、既にこの街の多くの女の子たちが読んでおり、大好評で、そして現実のヨシマサとミドリをそのイメージで重ねて見ているという……ヨシマサは、ゾッとさせられた。比喩でも誇張でもなく本当に、鳥肌が立った。このことに比べたら、あの、ミドリの歌で広まった「過度に派手な英雄伝説」の評判や反応なんか、可愛いものと思える。

 だが、そんなヨシマサの内心とは関係なく(承知の上で無視しているのかもしれないが)、

「あまりメジャーなものではないけど、古くからあるのよ。こういうジャンルは。古典的文芸、と言っても過言ではないわ。貴方は知らないでしょうけど、ボーイズラブ、BLっていってね」

 気品と色香とを矛盾させることなく兼ね備え、清楚な巫女装束に身を包んでいる、非の打ちどころのない美少女であるレティアナが、男心をとろけさせるような笑顔で、少年の同性愛について楽しそうに語っている。

 こんな話題でなければ、そしてそんな話題の中心が自分でなければ、ヨシマサだっていくらかは、とろけさせられていたであろう。だが残念ながら、こんな話題で中心はヨシマサだ。なので、とろけさせられるどころではない。

『お、落ち着けヨシマサ。冷静になれ。ただの趣味だ。ここは寛大な心で、許してやれっ』

「今はこの街の中で、さっきの子たちみたいな、同好者の間だけでの回覧だけどね」

『分厚いとはいえ、たった一冊の落書きだ。深呼吸、深呼吸……すうぅ……はあぁ……』

「これからは貴方たちと一緒に旅をして、新しいネタを拾って、更にどんどん執筆していって」

『……仁・義・礼・智・信・忠・悌・孝・忍・勇……よし、落ち着いた。もう大丈夫』

「私の作品を広く世に伝え、世界各国の吟遊詩人たちに歌ってもらうのが夢なの。そして時代を越えて語り継がれて、」

「やめええええぇぇぇぇいっ!」

 どこまでも壮大になっていくレティアナの計画に、とうとうヨシマサの理性が耐えられなくなった。テーブルをドンと叩いて立ち上がる。

「お前が、お前らが、俺やミドリのことをどう思おうと勝手だ! 小説を描くのも、まだいい! 内容はかなりアレだが、個人的に趣味で描いているだけなら許す! だがそれをどうして、そんなに一生懸命、世に広めようとするっ?! なぜ、自分だけの空想で満足しないっっ?!」

 怒鳴りつけてくるヨシマサを、レティアナは座ったまま、静かに見上げている。

「……ま、座って。そこまで言うなら話すわ。あんまり、人に聞かせるようなことではないと思ってるんだけど」

「人に読ませるようなものではない小説を描いて、読ませてるお前が、何を今更」

「いいから。ちゃんと聞いて」

 レティアナが、少し真面目な顔になったので、ヨシマサは憮然としながらも大人しく座った。

「詳しいことは言えないんだけど、私とマリカは同じ里で育った幼馴染みでね」

『!』

 ヨシマサの眉が、ぴくりと動く。

 時間をかけて探りを入れ、聞き出さねばならないと思っていた最終目標の話を、向こうから勝手に切り出してくれた。ここは、しっかりと聞いておかねば。

「二人とも、幼い頃から苛烈な修行を課せられていたの。その頃の私たちは、里の外の世界なんて知らないから、それが不幸だとは思わなかったけどね。でもやっぱり、毎日が辛く、苦しかった。今の私たちなら、自分たちが、なかなかに常識外れな幼少期を送ったと判るわ」

 忍者と、神通力を駆使する巫女との、それぞれの修行のことらしい。

「そんな生活の中で、私たちの心を支えてくれたもの。それは、たまに里へやってくる旅の吟遊詩人だった。彼らの歌う英雄伝説に、私とマリカは心を奪われたわ。そして、同じくたまに里へやってくる行商人から、小説の本を買ったの。二人でお金を出し合ってね」

 レティアナは、幼い頃の自分たちを思い出しているのか、遠い目をして語り続けた。

「広い世界を、どこまでもどこまでも冒険する、素敵な英雄たちの物語。それがどれほど、私とマリカの心を温め、励まし、支えてくれたことか。だから、ね。私は恩返しをしたいのよ。今度は私自身が、こういう物語を描き、世に出し、多くの人々の支えになりたいと」

 語るレティアナの声には、強い意志が宿っている。

「そう思って最初に描いた作品を、まずマリカに見てもらったら、凄く気に入ってもらえてね。「もっと読みたい! もっと描いて!」って。それから「わたし一人だけじゃ、もったいない! もっと多くの人たちに見せるべきよ!」って。そう言ってもらえたことが、嬉しくて嬉しくて。それで、私はずっと描き続けているの。ねっ」

「うんっ」

 見つめ合い、笑顔を交わすレティアナとマリカ。

「……」

 レティアナの語った内容は、少しだけ、ヨシマサの耳にもいい話っぽく聞こえた。しかし。

『だから、何でその行きついた先が、実在の人物を元ネタにしたBLなんだ。……もしや最初に吟遊詩人から聴かされた英雄伝説の歌も、BLだったのか? 二人で金を出し合って買った本も? 幼い頃から一直線にBL道を歩み続け、読者のなれの果てとして今は作者、か?』

 ヨシマサはどう反応していいか判らず困り、ふとミドリを見ると、憧れの入ったキラキラした目をレティアナに向けていた。

「ミドリ? どうしたんだ」

「あ、はい。えと、僕、レティアナさんの志はよく解ると言いますか、その」

「……志、ときたか」

 ミドリにしてみれば、歌と小説という違いはあれど、創作者として通じるものがあるのだろう。自分の作品を多くの人に知ってもらいたい、感動させたい、という思いは解るのだろう。

 それはそれで純粋というか、咎められるものではないのだが。問題はその内容が、アレだということであり。

「実際に、あれほど多くの女の人たちがファンになったのですから、きっと素晴らしい作品なのでしょうしね」

「いや、それはだな」

 具体的な内容は伏せつつ何とか説明せねば、とヨシマサは思ったがそれより早く、席を立ったマリカが、いきなりミドリに抱き着いた。

「ああんっ、ミドリちゃんいい子っ!」

「わっ! あ、あのっ?」


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