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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第一章 忍者の里、エルフの里
15/41

11

 もともとこの街に知り合いが多いらしいマリカとレティアナには、顔見知りの者が集い、いろいろと質問しているようだ。

「そう、彼があの有名なヨシマサよ。わたしたちが、前々から彼に目をつけてたのは知ってるでしょ、みんなも。んで、ついに本格的に組むことにしたってわけよ」

「これから私たちは一緒に旅をするの。わかる? それがどういうことか」

 ヨシマサには、恐ろしい怪人を倒したことについて、街の人たちが口々に礼を述べている。

「いや、その、確かにあのクモ男を斬ったのは俺だ。しかし、子供たちを助けることができたのは、あっちの二人が」

 そんなヨシマサの説明をかき消す勢いで、ヨシマサの勇気と活躍を称える声が響き続ける。その中には、先ほど助けられた姉弟も混じっていた。

 見れば、マリカとレティアナは、「こんなに強い、皆に称えられる英雄ヨシマサ」と組むことになったという話を、皆に羨ましがらせるように語っている。

『……なるほどな。俺が思った通りだったわけだ。あの二人は普段は手を抜いていて、自分たちは大して強くないと周囲に印象付けている。今回の事件を解決したのも、「強いと有名なヨシマサ」の活躍であり、自分たちは便乗しただけ、と皆に思わせている』  

 騒ぎの中で、ヨシマサは冷静に分析していた。

 やはりマリカたちは、何か企んでいるに違いない。と、思ってミドリを見ると、

「……ぁぁ……」

 ミドリは、嬉しそうな顔で涙を浮かべていた。

「? どうした」

「だ、だって、嬉しいんですよぅ。兄様がこうして、皆に称えられているのが」

 ミドリが、特に嬉しそうに見つめているのは、群衆の中にちらほら混じっている、子供たちのグループだ。

「きっと男の子たちから、「僕もヨシマサお兄ちゃんみたいに強くなりたい!」とか思われてるんですよ。ほら、見て下さいよ、あのキラキラした瞳」

「いや、そんな大げさな」

 と思ったものの、ミドリに促されてそちらを見ると、確かに男の子たちが、キラキラした瞳でヨシマサを見つめていた。ヨシマサと視線が合うと、照れた様子で慌てて顔を伏せたりする。

 ディルガルトではこんなことはなかったのに、とヨシマサが呟くと、

「ディルガルトでの兄様は、誰にとっても、同じ街の住人でしたからね。兄様が、野菜やお肉を買う姿なんかも目撃されていたでしょう」

「それはそうだろう」

「だから、イメージを膨らませるのにも限界があるんですよ。日常のイメージがあるから。どれほど兄様が活躍しても、どれほど大きく膨らんだ噂話があっても」

 その噂話は全くもってミドリのせいなのだが、今言うべきはそれではない。

「つまりディルガルト以外の街には、イメージ膨らませの限界がないということか」

「はい。ですから、みんなにとって兄様は夢のヒーロー。歴史上の、伝説の英雄のような……」

 幸せそうに語るミドリは置いといて、ヨシマサは改めて子供たちを見た。確かに皆、強い憧れを抱いた顔をしている。その純粋な気持ちが、瞳の輝きから見て取れる。

 子供たちは気恥ずかしさのせいか近づいてこないが、そんな彼らを見ていると、ヨシマサの方も何だか恥ずかしくなってきた。まあ、悪い心地ではない。

「兄様。あの子たちはきっと、兄様を見習って強く正しく生きていこう! と誓いを立てたりしてますよ。つまり、正義の英雄のタマゴたちです。これからの旅で、各地にそういう子たちを増やしていけば、世界の平和が」

「まてまて。いくら何でも話を膨らませ過ぎだ。お前の言いたいことは解ったから、落ち着け」

「はいっ。マリカさんとレティアナさんも力を貸して下さるそうですし、これから四人で頑張っていきましょう!」

 拳を握ってリキ入れているミドリ。よほど、ヨシマサが子供たちから憧れられることが嬉しいらしい。自分がそうだから、同志が増えるのは歓迎、というところだろうか?

 そんなことを思っていると、遅れて到着した新たな一団が、群衆を掻き分けてマリカたちのところにやって来た。というより、押し寄せて来た。何やら切羽詰まっているというか、他の人々とは気迫が違う集団である。

 彼女たち――その一団は女の子ばかりのようだ――はマリカから話を聞くと、今度は一斉にヨシマサを見た。血走った目をして。

「うん、よしっ! 想像通り! そうよ、こういうイメージだったわ、あたし!」

「そーおー? 私はもうちょっと、がっちりした感じの、」

 女の子たちはヨシマサを眺めて、あるいは互いに顔を突き合わせて、辺りを憚らず大声で議論し始めた。どうやら酒場でヨシマサが名乗った時と同じように、噂で伝え聞いていた姿と、現実の姿とのギャップについて語り合っているらしい。

 十数人の女の子たち、冒険者風もいれば一般の町人風もいる。マリカより年上もいれば、年下もいる。

 そんな彼女らを見て、ミドリは何やら不満そうな顔をしている。

「む~」

「何を唸ってるんだ」

「だって、女の人たちが、あんなに、あんな風に」

 不満というより、警戒の念を込めて、ミドリは女の子たちを睨んでいる。

「だって、も何も。いいかミドリ、あの子らがああなったのは、お前のせいでもあるんだぞ」

「え? どうしてです」

「お前が、妙な歌で俺の評判を広めたからだ。酒場でもあっただろ、似たようなことが」

「! そ、そうか! 僕の歌のせいで……そんな、そんな……」

 ミドリは驚愕し、そして悲嘆し、俯いて頭を抱えた。

「強くて優しくてかっこいい兄様に、男の子たちが憧れてくれるように、って思いを込めて歌ってたのに……まさか、女の人のファンがあんなにつくだなんて……考えてなかった……」

「考えとけ。というか、歌が評判になってたなら、普通考えつくだろそんなこと」

「ううぅぅ。ぅぬぬぬぬ」

「だから、何をそんなに悶えてるんだお前は」

 がばっ! と顔を上げたミドリの顔には、不安が満ちていた。

「困るじゃないですかっ! 兄様があんなに、大勢の女の人たちからモテたら!」

「何がどう困る」

「え、だって、それは、その、あの、」

 頬を染めて、ミドリはヨシマサから目を逸らす。

 ヨシマサから逸らした視線の先、すぐ目の前に、いつの間にかマリカが来ていた。何やら嬉しそうな顔をしている。「にかっ」とした顔だ。

「聞いたわよ」

「え」

「ねえ、ミドリちゃん。あなたは、女の子たちがヨシマサに好意を向けていることについて、不安なのね? 警戒してるのね? そうよね?」

 ずずいぃっとミドリに詰め寄るマリカは笑顔であり、敵意はない。ないが、何やら得体のしれない気迫が燃え盛っている。

 その気迫に押されて、ミドリが小さく「は、はい」と頷くと、マリカは天に向かって拳を突き上げながら背後の女の子たちに振り向いて、吠えた。

「っしゃああああぁぁ! みんな、聞いたわねっ!」

「聞いた――!」

「よぉし! みんなでこの子を、具現化したわたしたちの理想像を、胴上げよっ!」

「お――っ!」

 ミドリに率いられて熱狂した女の子たち一同は、寄ってたかってミドリを担ぎ上げ、力を合わせて高く高く舞い上げた。

「そ~れ、わっしょい、わっしょい!」

「わ、え、あ、あの、なんでっ?」

 ミドリは混乱困惑、何もできずに担がれるままだ。

 ヨシマサには、今、眼前で何が起こっているのか、さっぱり解らない。

「な、何なんだ、これは」

 混乱して動けずにいるヨシマサの肩に、レティアナの手が置かれた。

 見ればこちらも、マリカほどあからさまではないものの、嬉しそうで楽しそうな顔だ。

「ねえヨシマサ君。どうしてこうなってるか、知りたい?」

「知ってるなら教えてくれ」

「ふふ。さっき言いかけてた、至高芸術よ。その影響」

「ということは、お前たち二人の仕業なのか? あれは」

 ミドリはまだ、熱狂した女の子たちにわっしょいわっしょいされている。

「そう、私とマリカのせい。あの子たちの中ではね、貴方とミドリちゃんは恋仲なのよ」

「恋仲? 俺とミドリが? しかも、お前たちのせいで、とは?」

「ミドリちゃんが、貴方を称える歌を作って広めたように、私もやってたのよ。歌ではなく、小説でね。マリカが仕入れた情報を元に、貴方たち二人をモデルにして描いた、小説。それを、みんなに読んでもらってたの。これがもう、大好評でね。作者としては嬉しい限りよ」

 レティアナは袂から、紐で綴じられた分厚い紙束を取り出した。ずっしりと重そうで、びっしりと字が書かれたそれが全て小説だとすると、かなりの大長編、もしくは多数の短編小説集、ということになる。

 そしてその小説の中で、ヨシマサとミドリが恋仲になっているとのこと。

「俺たちをモデルにして描いたのか。つまり、その小説の中でミドリを女の子にして、囚われのお姫様か何かに配役したわけか? それを俺が救出して、結ばれてハッピーエンドとか」

「違う違う」

「何? というとまさか、俺を女戦士にしてるのか?」

「それも面白そうだけど、違うわ。現実そのままよ」

「そのまま?」

「貴方たちは男の子同士で、そして恋仲。そういうストーリー。それを彼女たちは読んでて、そして現実の貴方たちに重ねてるのよ、今」

 その言葉が、ヨシマサの脳に浸透するのに、少し時間がかかった。

「な……んだとぉ?!」

 ヨシマサは改めて、わっしょいわっしょいとミドリを胴上げしている女の子たちを見た。

 その、尋常ならざる狂喜っぷりの源は、つまり、どういうことかというと。

「異国から来た侍と、謎めいた美少年とのラブストーリー。美少年は侍に恋してて、だから当然、ライバルの登場には敏感。ヤキモチ。独占欲。それらを自覚した恥じらい。自分は同性、ライバルは異性、となると猶更一層、心穏やかではいられない。そういう深~いドラマが……」

 レティアナの解説を、ヨシマサは半ば気絶しながら聞いていた。


私自身は、パレット文庫の「セント・マシューズシリーズ」が大好きです。


主人公の少年には、ちゃんと好きな女の子がいて、そんな彼に

学園一の才色兼備な優等生(男子校です。男子です)が片想い。

そういう構図だからこそ浮かび上がる、同性愛の苦しさ。


「思い知ったよ。やっぱり、女の子には敵わない」

「僕には、彼の不幸は望めない。彼女と結ばれるのが、彼の幸せなら……」

などなどの切なさ。


主人公は日本人ですが、舞台はイギリスの、

外国人を積極的に受け入れている寄宿学校。

作者さんの実体験だそうです。性別は逆ですが。


そこでは、日本人には考えられないほど生活に食い込んでくる、

「階級」「宗教」そして「犯罪」もあり、時に重く苦しく。でもその一方、

国際色豊かな少年たちの、男子校・男子寮での賑やかな青春像も楽しく。


「君は、ウェールズの出身で……イギリスの一部だっけ?」

「断じて違う。僕らはケルト人で、あいつらはアングロ・サクソンだ」


「イギリスの男どもなんざ、ベッドの中でもラグビーやってるってな」


「気をつけろよ。お前みたいなお肌スベスベの東洋系が、一番人気なんだ」


少女漫画でいうなら「ここはグリーン・ウッド」に近い作品です。

機会があればぜひ、ご一読を。


ちなみに私はこの「セント・マシューズ」、

地元の市立図書館で出会って惚れ込み、全巻購入しました。

図書館の人、この作品を置いてくれてありがとうっっ!

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