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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第一章 忍者の里、エルフの里
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「なら、これでっ!」

 怪人が倒れず、大して苦しみもしないで睨み返してきたのを見て、ミドリは次の術を使った。細身の剣、レイピアを抜き、その刃に紅い光を灯らせる。これは魔力を宿らせることで武器の強度と鋭さを上げ、更に悪霊や敵の魔術など、形のないものをも斬れるようにする術だ。

 ミドリの剣技は、魔術研究所にいた頃にヨシマサが少しだけ稽古をつけ、後は空いた時間に素振りをしていた程度なので、大したレベルではない。だが、この術のかかった剣を突き刺せば、そこそこのダメージを与えられるはずだ。

 ミドリは剣先を怪人に向け、恐れることなく突っ込んでいった。が、

「あっ!」

 怪人が、ミドリの足元に粘着質の糸を吹き付け、それが両足に絡みつき、足を取られて転倒してしまった。続けざまに飛んできた拳大の糸の塊が、今度は剣を持つ右手首を覆い隠すように命中し、地面に接着させてしまう。

 うつ伏せのまま立ち上がれなくなったミドリに、怪人が襲いかかる。

 そこにようやく、ヨシマサが追いついた。

「勇敢なのはいいが、無茶をするなっ!」

 ヨシマサはわざと刀を大げさに振って、怪人を牽制してミドリから離そうとする。

 怪人は退きながら、ヨシマサにも拳大の糸の塊を吐いた。続けざまに、二個、三個と。

 ヨシマサは一瞬の内に、飛んできた糸の塊全てを刀で斬った……いや、斬れなかった。刃が触れると、糸の塊はべしゃりと潰れて広がり、それが二つ三つと重なったことで、あっという間に刀身を包み込んでしまったのだ。

 糸の塊は、見た目以上に多量の糸が圧縮されたものだったらしく、それが弾け、刀身を包み込むことでできた糸の繭は、不気味なほど大きい。ほぼ、ヨシマサの胴ぐらいの太さ厚さで、刃を覆い隠してしまっている。

 これでは刀が使い物にならない、と思ったのか怪人はニヤリと笑みを浮かべた、が、

「破ああぁぁっ!」

 ヨシマサの気合一閃、糸の繭は爆発したかのように弾け飛び、音を立てて蒸発した。

 目を見張る怪人と、ミドリの前で、一点の曇りもない刀の刃が、美しい白い光を宿している。

「俺の気光に、こんなものが通じると思ったか!」

 ヨシマサの刀が振られ、ミドリを拘束して地面に張り付けていた糸の塊も切断、霧散した。

 そして踏み込んできたヨシマサに、怪人はまた糸の塊を吐いた。が、白く輝く気光を宿したヨシマサの刀、気光の刃には通用しない。今度は易々と斬り裂かれていく。

 間合いに入り、振り下ろされたヨシマサの一撃を怪人はかわして、後方に大きく高く跳んだ。

 そして、降りてくることなく、宙で止まった。そこには先ほど張った巨大なクモの巣があり、怪人はその糸に掴まっているのだ。

 そのすぐそばには、捕らわれ、縛られたままの幼い姉弟が張り付けられている。恐怖に凍り付いて悲鳴も出せない二人は、ただただ絶望の表情で目の前の怪人を見ている。

 勝てぬと察し、あの二人を担いで逃げる気か、とヨシマサは思った。だが、違った。

「この二人の命が惜しければ、武器を捨てろ」

 怪人が、ヨシマサを見下ろして放った一言。

 ヨシマサは我が耳を疑った。 

「妖怪獣が、言葉を?」

 多くの妖怪獣と戦ってきたヨシマサだが、話しかけられたのはこれが初めてだ。

 過去に戦った妖怪獣たちも、命乞いや威嚇や、今のような人質交渉など、言葉を発せられるなら発していたはずだ。だが、そんな奴は一匹もいなかった。なのに、こいつは……

「何だというんだ? お前は何を企んでいる? ザルツの拠点を潰した、俺への復讐か?」

「聞こえなかったか。武器を捨てろと言っている」

 怪人は、ヨシマサの問いには答えない。

「見ての通り、人質は二人いるのだ。今すぐにでも、一人は殺しても良いのだぞ。お前を脅すには、一人いれば充分だからな」

「お前たちにとって、子供は大切な生贄だか素材だか、そういうもののはずだぞ。それをこんなところで殺そうとするとは、どういうことだ」

 怪人は、何やら考える素振りを見せ、今度は答えた。

「我らの真の目的の為には、こんなガキどもは不要なのだ」

「何?」

「今までの誘拐は、全てその為の準備にすぎん。それが整い、悲願達成が目前となった今、もはやただのガキを誘拐する必要などない。最後の一人を攫って、それで終わる」

「最後の一人、だと?」

「話はこれで終わりだ。武器を捨てろ!」

「……くっ」

 打つ手がなく苦しいヨシマサの隣で、ミドリも歯噛みしていた。

 魔術での狙撃はできるが、怪人があの子たちを盾にする恐れがある。その場合、直接あの子たちに当たらずとも、炎であれば燃焼の、冷気であれば凍結の、余波が及ぶ危険がある。これでは手出しができない。

 その時。

「火の神様、御力を!」

 ヨシマサとミドリの背後、かなりの距離を置いた場所から、鋭い女性の声がした。同時に、そちらから一筋の火炎が飛び、二人の頭上を大きく越えて巣に命中! その火炎は瞬く間に、巣の全域へと燃え広がった。

「グアアアアアアアアァァッ!」

 激しい炎に包まれて、怪人が悶え苦しむ。たまらず巣から跳び降りるが、それでもまだ体に纏わりつく炎は消えず、地面で転がっている。

 一方、巣に残されたままの子供たちは、最初の一瞬こそ驚いた声を上げたものの、その後は何やら、戸惑ってきょろきょろしている。

 見上げるヨシマサとミドリの目には、異様に映った。今、巨大なクモの巣が丸ごと全部、大火災となっており、その中央部で二人は縛られている。なのに、全く熱がっていないのだ。

 怪人が苦しんで落ちてきた以上、幻術ではないはず。ちゃんと焼けているはずだ。実際、怪人だけでなく、巣そのもの、全体を構成している糸もどんどん焼け焦げ縮れて……

「! 危ないっ!」

 ヨシマサは刀を鞘に収めて走った。子供たちを巣に張り付けていた部分が焼け切れて、二人が同時に落下してきたのだ。

 高さは優に二階の窓くらいはある。二人ともまだ縛られたままだ。不安定な姿勢で頭から地面に叩きつけられれば、充分に死ねる。

「くっ! 二人は……」

 落下していく二人は、ただでさえ距離がある上に、左右に分かれている。ミドリも後ろから追ってきているが、間に合いそうにない。ヨシマサ一人では、どちらか一方の子を受け止めるのが限度だろう。いや、ヨシマサとて間に合うかどうか。間に合うとしても、どちらを受け止めるべきか。どちらを、見捨てるべきか。

 全力疾走しながら悩むヨシマサは、遠く後方から急接近してきた者に気づかなかった。だから、疾風よりも早く疾走し、ミドリを追い越し、ヨシマサのすぐ背後に到達したその者の声に、ヨシマサは驚かされた。

「右! 男の子の方、任せたわよ!」

「えっ?」

「ほら行けっ!」

 少女の声がした、と思ったらヨシマサは、背中に強烈な衝撃を受けて右前方へと吹っ飛ばされた。どうやら、思いっきり勢いをつけて蹴り飛ばされたらしい。

「うわああああぁぁっ?!」

 驚きつつも、ヨシマサは両腕を前方に伸ばす。低空飛行で飛んでいく己が身を、更に自分の足で地を蹴ることでもう一段階加速させて、

「ぅぐおっ!」

 腹這いで滑り込みながら、振り上げた両腕が間に合った。ヨシマサの、捧げ持つような格好の両腕が差し込まれたことにより、男の子はぎりぎりで地表への落下激突を免れたのだ。

 一息ついたヨシマサが左に視線を向けると、そちらはこんな風に滑り込むまでもなく、

「はいっ、と!」

 ちゃんと走り込んで間に合い、砂煙を上げながら停止して、女の子を受け止めていた。

 しなやかで艶やかな肢体に薄く張り付く、扇情的な紫紺の装束。女忍者マリカだ。


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