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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
序章
1/41

 とある森の奥深く。木々が途切れて、ちょっとした広場になっている場所に、二階建ての古い館が建っている。

 そこに、この世のものとも思えぬ異様な咆哮が、無数に轟いた。その咆哮を発しているのは、大河の氾濫のような勢いで館の正面入口から、あるいはあちこちの窓から溢れ出てきた、多くの獣たち……と、一見ではそう思えるのだが、よく見ると違う。咆哮の印象通り、どれもこれも尋常な生物ではない。野にいる獣ではない。

 狼の体にコウモリの羽が生えており、空から襲ってくるもの。熊の頭に牛の角が備わっており、角の突進と爪の薙ぎ払いで攻めてくるもの。食人鬼オーガーの片腕が丸ごと大蛇になっており、長く柔軟なその腕で絞めつけ、毒牙で噛みついてくるもの。

 彼らは、もとよりこの地上界にいた動物ではない。また、遥か昔に魔界からやってきて地上界で繁殖して定着した、いわゆる魔物たちとも明らかに違う。

 近年、突如として姿を見せ始めた彼らは、【妖怪獣】と呼ばれている。ここ地上界と隣接した天界や魔界などとは異なる、遥か遠い異世界から召喚されたと思われる生物だ。今は知能の低いものしか呼べないようだが、いずれはもっと高度な妖怪獣が現れるかもしれない、どこかで召喚の研究が進められているに違いない、対策が急がれる……というのが、各国の見解である。

 しかし現状でも彼らは、ただ凶暴なだけのバケモノではない。人間には及ばぬまでも、幾ばくかの知恵は有している。故に、敵として厄介な存在なのだ。今も、何人か混じっている人間の戦士に束ねられ、指揮に従って列をなし、突進してきている。

 そんな妖怪獣の群れとまっすぐ対峙して、彼らの咆哮に負けぬ鋭さで、

「かかれええぇぇっ!」

 闘志に満ちた、若い女の声が響いた。白銀の鎧を身に纏って騎乗している、女性騎士の声だ。

 その号令で、数十人の戦士たちが雄叫びをあげ、それぞれの武器を構えて、妖怪獣たちにぶつかっていった。彼らを率いる隊長である女性騎士、シルヴィも槍を構えて突撃をかける。


 麻薬の製造から要人暗殺まで、国境を越えて活動している巨大犯罪組織ザルツ。彼らが今、この地域で最も注力しているのは、幼い子供たちを攫うことである。だが攫うと言っても、営利誘拐や人身売買ではない。裏社会に流れる噂によると、攫われた子供たちはザルツの拠点で、何か(妖怪獣召喚の生贄と推測される)に使われ、全てその場で殺されているという。

 その拠点を突き止めたシルヴィは、逃げられてはならぬと急行し、今、戦いになった。

シルヴィ自身が率いることのできる部下の数は少なく、騎士の大部隊を動かすには手続きが面倒だ。そこで、今回のような場合に備えて、ここディーガル王国騎士団には世界でも珍しい制度がある。街に溢れる冒険者たちによる臨時の日雇い部隊、すなわち傭兵である。

戦時ならばともかく、平時の治安維持に、正式な騎士の家柄以外の者を用いるのは好ましくない。それが世界の常識だ。だが、ディーガルの現国王はその常識を破り、実力と志のある者ならば、ぜひ国家の為に働いてほしい、と呼びかけたのである。

遺跡で財宝の山を発見、などというのはおとぎ話のこと。厳しい現実の、その日暮らしに喘いでいる冒険者たちは、続々と傭兵に志願してきた。最初は騎士たちとの軋轢もあったが、徐々に制度が整い、暗黙の了解などもでき、今は問題なく治安維持のシステムとして機能している。


 今回、シルヴィが連れてきた数十人も、八割以上が今日、登録所から連れてきた冒険者たちである。常連もいれば、初対面の者もいる。

「うぐっ!」

 横合いから不意打ちを受け、咄嗟に防御したが態勢を崩し、シルヴィは落馬してしまった。

 慌てて立ち上がりながら、そちらを向こうとしたところで、今シルヴィを攻撃した妖怪獣──シルヴィの倍近い巨躯の猿で、腕は四本ある──が、その太い腕を地面すれすれから振り上げた。まだ構えをとれていなかったシルヴィの槍が、打ち上げられる。

「しまっ……!」

 槍はシルヴィの手を離れ、まっすぐ上空へと吹っ飛んで行った。間髪入れず、巨猿の腕がシルヴィを襲う、が、

「ギアアアアァァァァ!」

 悲鳴を上げたのは巨猿であった。四本の腕全てが、切断されてまっすぐ地面へと落下する。

「え……?」

 こんなに重く大きく、筋肉の詰まった腕(もちろん、中心には太い骨もある)を、豪快にぶった斬ったとなると、その腕は先程のシルヴィの槍のように、吹っ飛ぶものである。だが今、巨猿の四本の腕は、まるで「手にぶら下げて持っていた荷物を、放して落とした」ようにただ、まっすぐ落ちたのだ。

 何の衝撃もなく、力も加えられず、あまりにも純粋にして鋭い「切断」のみを与えられた、ということか。そうとしか考えられないが、そんなことが可能なのか。

 それを成し遂げて、シルヴィを救った人物は、今シルヴィに背を向けて立っている。巨猿とシルヴィの間に、滑るように割って入って、やってみせたのだ。神業を。

「……この者は……」

 それは、今日雇われた冒険者の一人だった。身に纏っている黒い鎧は、シルヴィたち騎士が使用するプレートアーマーに比べると軽装で、まるで工芸品のような艶がある。確かこれは、最近になって国交を結び、商人などが行き来を始めた、東方の島国のものだ。

 手にしているのも、その東方の武器、刀。この大陸にも似た武器はあるが、普通はもっと大きく厚く、武骨なものだ。それに対し、シルヴィの目の前で巨猿の腕を斬り落としたそれは、あまりにも細く、薄い。だがこの刀は、そんな見た目からは想像もつかぬほどの強靭さを備えているはず。でなければ、今見せたような芸当は不可能だ。

 そんな刀を手にして立っているのは、鎧と同じ黒い髪、黒い瞳の少年だった。その、覇気に満ちた風貌は、あと数年の時を経て「少年」を脱し「青年」となった時の精悍さを、見る者に想像させる。

 少年は、刀を一振りして血糊を飛ばし、腰の鞘に収めた。そして両手を上げる、と、そこにシルヴィの槍が落ちてきて、

「よっと。ほら」

 しっかりと受け止め、シルヴィに背を向けたまま投げ渡した。

 シルヴィは槍を受け取り、彼の名を思い出して礼を言った。

「あ、ありがとう……ヨシマサ」

 その礼を聞き終わるよりも早く。東方の剣士、ヨシマサは攻撃動作に入っていた。四本の腕を落とされて怯んでいた妖怪獣が、怒り狂って大口を開け、噛みついてきたのである。

 その攻撃に対し、ヨシマサは逃げもかわしもせず、自分から踏み込んでいった。左腰に差した刀の柄に右手をかけ、左方向に体を捩じる。左肩を後方に、右肩を前方に出し、そこから更に強く捩じり込んで背中を相手に見せた、ところで捻じれを一気に解放する。体の軸を右回転させ、刀を抜き放ちながら、その回転動作の全ての力を集約して、敵を斬りにいく。

 刀を抜く前、柄にかけていた右手は、体の左後方にあった。この状態で「抜きながら攻撃」をしようとすると、まっすぐな剣では、右手の動きはまっすぐな鞘に沿って、前方に突き出されることになる。つまり左後方→左前方で終わる。当然、剣先は後方を向いたままで、これでは敵を斬ることはできない。

 柄を握ったその手を、左後方→左前方→正面→右前方と円の動きにしなければ、敵を斬る動作にはなり得ない。その為には、鞘と刃とが、絶妙な角度で反っていることが必要だ。

 それを可能にするのが、ヨシマサの持つ刀であり、斬る瞬間まで刀身を見せぬことで間合いを読ませず敵を斬り裂くこの技が、ヨシマサの得意技の一つである剣技、

『確か、「居合い」……』

 ヨシマサの刀は、本当に文字通り「鞘から抜き、放たれた、と同時に」妖怪獣の胴を横一文字に斬り裂いた。一瞬遅れて噴き出した血飛沫が、その圧力で胴体の上半分と下半分とを分かち、双方を地に落とす。腕を切断されても襲ってきた妖怪獣だったが、流石に絶命し、動かなくなる。

 ヨシマサは、今度は刀を収めず手に持ったままで、

「ここで手間取っては、黒幕に逃げられそうだな。俺は先に突っ込む!」

「あ、おい、待てっ!」

 シルヴィの制止を聞かず、館に向かって走った。

 そんなヨシマサを、妖怪獣たちが次々に襲う。だが、空から頭部を狙って飛来したものも、地に這って足首に噛みつこうとしたものも、ヨシマサの刀が一閃するたびに、触れることもできずに次々と斬り倒されていく。

「遅いっ!」

 ヨシマサは、行く手を遮る敵を雑草のように斬り伏せ斬り伏せ、無人の野を行くが如く突っ走り、あっという間に館の入口に到達した。妖怪獣たちが出てきてから扉は開けっ放しであったので、そのまま中へ入っていく。

 一方、シルヴィと部下たち、そして他の冒険者たちは、未だこの場の妖怪獣たちに手こずっており、前進はできずにいた。

『ヨシマサっ……』

 シルヴィはヨシマサの身を案じながら、槍を突き出して妖怪獣の胸を貫いた。


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