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3.再会

 テオドールとオーレリアの婚約から半年後、公爵家同士の結婚式が盛大に行われた。なぜかテオドールの父、現シュルツ公爵と兄のアルノーは人目を憚らず大号泣していた。

 なぜオーレリアの父であるベルナール公爵よりも泣いているのだと思ったが、ベルナール公爵はどちらかというと大号泣しないよう必死に耐えているようにも見える。

 ウェディングドレスを着たオーレリアは女神と見間違うほど美しく、テオドールは幸せの始まりを感じた。

 

「リア、おはよう」

「おはようございます、テオ」

 

 結婚してから朝は必ずキスで挨拶を交わすようになった。

 オーレリアは相変わらず公の場では表情を崩さないが、テオドールの前では喜怒哀楽を素直に出す。テオドールにとってはそれが可愛らしくてしようがなかった。

 二人での生活にも慣れ、結婚式からあっという間に一年が経ち、お腹には二人の子がいる。

 

「そういえば、兄上がやっと結婚を考えるようになったらしい」

「アルノー様が?」

「俺とリアの結婚式に参加して少し考え方を変えたようだよ。結婚とは何か、遠すぎて見えなかったものがはっきりと見えたとかなんとか。もうあれから一年も経つのにな」

「まあ、では楽しみね」

「ああそうだな。ただ男社会にいた人だから、女性に紳士的に接することができるか不安だ」

「きっと良い人が見つかるわ」

 

 テオドールは微笑み、もう一度オーレリアにキスをしてぎゅっと腕の中におさめる。このままベッドに潜りたいのが本音だが、今日は早くに出て王宮へ向かわなければならない。

 

「行きたくないな」

「そうおっしゃらないで、流石に陛下の命令は無視できないでしょう?」

「そうだね。リア、最近王都が騒がしい。予定通り、今日はこのあとすぐに辺境の砦に向かうんだ。わかったね」

「ええ」

 

 テオドールは結婚してから度々王宮へ呼び出されるようになった。大した用事はなく、ただ陛下とお茶をするのみ。それはテオドールへの牽制のためであった。ベルナール家とシュルツ家は変わらず中立を貫いているが、こうやって何度も呼び出すことでシュルツ家は国王派に傾いていると表向きだけでも示したいのだろう。

 

 テオドールは内密に王家へ探りを入れていた。ここ一年で大幅に税金が引き上げられたからだ。この国の宰相であるローゼンハイン公爵は、この不自然な引き上げに疑問を持っていた。この増税が私的なものであるならばあってはならないことだ。そう考えるのは、現在王宮の離れにサイラスの婚約者としてミリーが定住しているからである。

 ミリーは王族の公費を使って贅沢をしていた。王族の公費とは、王族ひとりひとりに割り当てられた予算のことである。つまり王族が個人で利用できるお金のことだ。国家予算にまで手をつけるとなると問題だが、王族の公費なら個人でどう使おうが問題はなかった。たとえサイラスが公費をミリーに注ぎ込んだとしても。

 しかしこのタイミングで増税の案が出された。国防、治安維持、司法など、行政では予算的に不足している部分はない。だからこそ消去法で考えられる理由として、"王族の公費"が頭に浮かんだのだ。

 

 この頃、ミリーの贅沢により王家の財政はとても苦しいものになっていた。ミリーが王太子でなくなったサイラスに愛想を尽かし、ベルヴァルト大公に色目を使うようになってから、サイラスはやっと彼女の本性に気づいた。だからと言ってサイラスはミリーと婚約破棄することはなかった。あれだけの騒動を起こして彼女と婚約したのだ。それで婚約破棄など、面子が丸潰れだ。

 サイラスは、何かをねだるときだけ甘い声を出す彼女が鬱陶しくなり、公費を自由に使えるようにした。するとなんと半年で公費を使い切ってしまったのだ。哀れに思った国王は、自らの公費を差し出した。国王は足りない分を少しだけ使う程度だろうと思っていたが、ミリーの散財を目の当たりにした王家の財政を管理する財務官は、このままではこれまでの生活水準を保つ事はできないと進言した。

 

 それとなく事情を察したローゼンハイン公爵は、近衛師団に調査を依頼した。ローゼンハイン公爵が増税に意見したところで、国王がそうしろと言えばそれが罷り通ってしまうのだ。これ以上増税すれば民は困窮するだろう。

 シュルツ家など豊かな貴族は、国へ納める税金が増えてもその分を個人で負担しており、領地民の税金を無理に引き上げることはなかった。しかし貴族だからといって、その全てが潤沢なわけでない。

 貧窮している貴族も中にはおり、そういった貴族は国へ税を納めるために領地で暮らす民の税を引き上げなければならなくなる。

 そこでローゼンハイン公爵は治安維持のための予算から捻出し、そういった貴族への補償金を出した。しかしこれ以上増税すれば、充分な補償金は出せなくなる。増税した分は国家予算に回るわけでなく、王族の公費に当てられるからだ。

 王族の横暴を止めるには、王家の権力の影響下にない近衛師団を頼る他なかった。ローゼンハイン公爵は、近衛師団がシュルツ家の管轄に戻ったことを知る数少ない人物の一人である。増税が王族の公費を賄うためである証拠を掴むことができれば、王族は貴族から反発され、体裁を保つためにも今後は勝手が出来なくなるだろう。

 テオドールは国王から招待されるお茶会を利用し、他にもそういった不正や私的利用などがないか探っていた。

 

 オーレリアが辺境の砦に向かってから2週間が経った。陛下とのお茶を終えて帰宅しようとした時、大きな音が鳴り響く。窓から外を覗くと、多くの民が王城を取り囲んでいた。その光景にテオドールは眉を顰める。

 民が反乱を起こしたのだ。半年ほど前から国王派の貴族が治める領地民の不満が高まっていた。貧窮していれば国から補償金が出るというのに、民から徴収する税を引き上げていたからだ。

 そんな民の不満を代弁する男が現れたのもこの頃。

 

「このまま搾取されるままで良いのか!」

 

 この男、王国内を回ってスピーチを行っていたが、その内容に心を動かされたのは国王派や王子派の貴族が治める領地の民だけであった。その理由は単純で、税の引き上げを行っていない領地の民は貧窮することなくこれまで通りの暮らしをしている。そのため、貴族へのヘイトがそれほど溜まっていないのだ。

 一方で国王派や王子派は、国に納める税の他に王家の恩恵を受けるために貢ぎものを捧げていた。しかし増税によりその資金が足りなくなり、どんどん領地の税を増やしていったのだ。男はそんな民の不満をさらに掻き立てて今回の反乱に至った。

 

「無謀だな。うまくいくとは思えん」

 

 低い声色で呟くのは、現在継承権第一位のルカ・ベルヴァルト大公である。国王の異母弟で、母親の色を濃く継いでいるため、黄金色の髪を持つ国王とは対照的に黒髪黒目が特徴的な男だ。

 反乱が勃発する四ヶ月ほど前、ベルヴァルト大公と王国四大公爵家当主は密かに集まっていた。

 

「近衛騎士団や新興貴族の中にも彼に同調しているものが多いようです」

「それは厄介だな。テオドール殿、今からでも止められないのか」

「ええ。近衛師団が問題の貴族を摘発してはいるのですが、それよりも民衆が団結するのが早いでしょうね」

「摘発したとして、新しい領主を誰にするか決めるのにも時間がかかるだろうしな。それから領地を立て直すのに何年かかるか…」

 

 ベルナール公爵もテオドールの言葉に頷く。テオドールは一年前に家督を継ぎ、若くしてシュルツ公爵となった。早々に引退した前当主は余生を楽しむべく夫人と共に旅行中だ。テオドールは四大公爵家の当主の中では一番若いが、ここ一年でベルナール公爵をはじめとする貴族達に一目を置かれるようになっていた。

 

「しかしそうか…直接国王を叩くのはどうだろう」

「摘発はできますが、おそらく裁判で覆るでしょうね。厳重注意により貴族からの信頼を落とし、ゆくゆくは国王の座から引き摺り下ろすことはできますが、これも長期に渡るでしょう」

「裁判は王家の息がかかるからなあ」

「それに貴族間で問題を解決しても、民衆の間で溜まったフラストレーションを発散させなければ反乱が防げるとは思えません」

「まあ政など民衆の知るところではないしな。このような一時的な感情による反乱は、成功したとしてもその後が悲惨なのだがなあ」

 

 四大公爵家がひとり、アーレンス公爵はぶっきらぼうに呟く。彼はテオドールの親友であるミハエルの父だ。アーレンス家は、元は国王派だったが例のパーティー以降は大公派に属している。

 もう一つの公爵家はローゼンハイン家である。ローゼンハイン公爵はこの国の宰相として表向き国王派だが、増税の件やサイラスを再び王太子にと考える国王には苦言を呈していた。

 ベルナール家とシュルツ家は特定の派閥に属してはいないものの、裏ではベルヴァルト大公を直接支持していた。

 

 ベルヴァルト大公本人はもともと国王になりたいという意思がなかった。そのため、かつての大公派は周りが騒ぎ立てるだけの派閥であった。そこにアーレンス家が大公派を支持したことで、本格的にベルヴァルト大公に次期王になってもらうべく交渉が始まり、本人もやっとここまでやる気を見せてきたのだ。

 国王がわざわざテオドールと定期的にお茶をしているのも、アーレンス家が大公派を支持したことで力をつけてしまったため、なんとか彼らを牽制したかったからだ。しかしテオドールもまた、密かにベルヴァルト大公を支持していた。

 四大公爵家が、わざわざやる気のないベルヴァルト大公を支持するのには理由があった。現国王は昔からベルヴァルトの勢力を恐れており、これまで一定の距離を保っていた。それもそのはず、ベルヴァルト大公には圧倒的なカリスマ性があったからだ。

 国王は彼を遠ざけはしたものの、面倒ごとは20歳も離れている弟のベルヴァルトに押し付けていた。

 これまで王国がそれとなく保つことができていたのは、四大公爵家と大公の功績が大きかったからだ。しかしサイラスの失脚により、次の後継者としてベルヴァルトの名が挙がると、国王は彼に一切政に関わらせないようにした。

 国王がそれほどまでに弟を嫌う理由は、単純に自分より優秀であり、王の座を奪われる云々以前に強い劣等感を感じるからだ。

 しかし、国王はこれまでベルヴァルト大公に任せていた難しい仕事が全くできなかった。宰相のローゼンハイン公爵があらかた分かりやすく資料をまとめて解決策を提案したとしても、国王が理解できずに最終決断ができないことが多々あった。ベルヴァルト大公が無茶振りされていた時は、決定権もベルヴァルト大公にあったため、いちいち国王に決断を迫る必要はなかった。

 そのような折に反乱の話が出たというわけで、王家に疑問を持つ四大公爵家と完全に巻き込まれたベルヴァルト家が秘密裏に集まることとなったのだ。

 テオドールの言う通り、国王を直接叩き、四大公爵家がベルヴァルト大公を支持するのであれば、現国王をその座から引きずり下ろすことはできなくはない。しかしそれで民が納得するとは思えなかった。なぜなら民の怒りは王族ではなく貴族に向けられていたからだ。

 

「そういえば、民を焚き付けた男というのは何者なんだ」

「最近勢力を増しているグレル教はご存知ですか?」

「ああ、あの都合の良いことばかり言う…まさかその信徒か?」

「ええ、おそらく狙いは王国を乗っ取り、グレル教を国教にするつもりなのでしょう」

「なぜ普通に布教せんのだ」

「普通に布教しても信徒が増えなかったようです。なんでもグレル教とは洗礼を受けることで、死後罰を受けずに済むとか。しかし我が国は先祖を敬う習慣があります。洗礼を受けないまま亡くなったご先祖様を差し置いて自分だけ助かるなど、罰当たりだと考える民が多かったようです」

「この国の民はしたたかだな。今の話をサイラス王子が聞いたら飛びつきそうだ」

「しかし、それはそれで問題だな」

「私にいい考えがあります」

 

 テオドールはニヤリと笑った。

 

 ◇◇◇

 

 時は戻り、テオドールが王城から外の様子を眺めていると、そこにベルヴァルト大公が率いる軍が登場した。私兵を持つことができるのは四大公爵家と大公のみである。王宮の者達はベルヴァルト大公が駆けつけてくれたおかげで助かったと、そう思っただろう。

 しかしよく見ると民が大公を讃え、道を開けているのだ。

 

 ベルヴァルト大公は王宮へ簡単に侵入することができた。それもそのはず、お飾りの騎士団が戦えるはずもなく、頼みの綱である近衛師団はテオドールが指揮を取っていたからだ。そう、これはテオドールが考えた策であった。

 テオドールはベルヴァルト大公と合流し、先ほどまでともにお茶をしていた国王の元へ案内した。

 

「愚かな王を捕らえよ!」

 

 国王を見つけるなりベルヴァルト大公は叫ぶ。当初はまったくやる気のなかったベルヴァルト大公を、ここまで成長させたアーレンス公爵にテオドールは拍手を送りたくなった。国王と、城内にいたサイラス、そしてその婚約者のミリーはまとめて捕らえられ、集まった民が見えるテラスへと引っ張り出した。

 

「愚王は私が捕らえた!民よ、安心するが良い。これからは新しい時代が始まるだろう!!」

 

 ウオオオ!!と民衆が沸く。わけの分からないまま捕らえられた王とサイラスは不敬だなんだと叫び、ミリーはベルヴァルトに擦り寄っている。

 

「ベルヴァルト様、何かの間違いです…!私こいつらと無関係だし、何も悪いことしてないのに!」

「貴様が湯水のように使っていた金は民から集めた税なのだぞ」

「そんな冷たいことを言うなんて、酷い!」

 

 ミリーの悪癖は直っていなかった。国王がサイラスを再び王太子にすると考えるようになってから、ミリーは王妃教育を受けているとテオドールは噂で聞いたことがあった。しかしこの様子では厳しい王妃教育についていけなかったようだ。

 テオドールがそう呑気に考えていると、ミリーはテオドールの存在に気づき、勢いよく振り向いた。軽くホラーである。

 

「もしかしてテオドール様ですか?うそ、すごくタイプ…じゃなかった、助けてください!!私、知らないうちに巻き込まれちゃったみたいで」

「相変わらずだな」

「テオドール様ぁ、私の気持ち、分かってくれますか?」

「いや、分かりたくもない。お前達を捕まえたのは私の妻を守るためだよ」

「妻って」

「おや、二人ともよく知ってるだろう。オーレリア・ベルナール。もう私と結婚してオーレリア・シュルツだがな」

「はあ!?なにそれ?」

 

 ミリーはその名を聞いた途端苛立ちを表し、一方でサイラスは口をあんぐりと開けて驚いている。

 オーレリアとテオドールは婚約する際、二人から危害を加えられることを危惧して、国王に婚約と結婚を二人に黙っているよう所望した。これ以上公爵家とトラブルを起こしたくないと思ったのか、国王は律儀にそれを守っていたのだ。

 

 サイラスは卒業パーティーから数ヶ月経った頃、次の王として有力候補に上がっていたベルヴァルト大公に色目を使い出したミリーが気がかりであった。不安になったサイラスが父に相談すると、だったらほとぼりが冷めたころに王太子に戻してやると約束をしてくれた。

 しかし、そのことを伝えてもミリーはすでに気持ちがベルヴァルト大公に移っていた。ベルヴァルト大公はサイラスよりも頭脳明晰で見目もよい。そんな男にミリーを奪われるなどサイラスのプライドが許さなかった。

 これなら王になったとき、オーレリアを王妃とした方が王家の面子が守られる。サイラスはなんとかオーレリアに会えないか考え、謝罪がしたいと手紙を送った。もちろん、あのような問題を起こしたのだから今更謝罪などできる訳がない。ベルナール公爵はサイラスから送られてきた手紙を破って炙って燃やし、なかったことにしていた。

 だったら偶然を装って会えないかと思い、今度は夜な夜なパーティーに参加していたが、それでも会うことはなかった。

 それもそうだ。オーレリアはその期間ずっと心を病んで引きこもっていたのだから。

 それでも諦めきれなかったサイラスは、王になってからでも遅くはないと思い始める。国王として命じ、オーレリアを嫁がせれば良いのだ。そんなことをポロッと溢してしまったために、サイラスの警護に当たっていた近衛師団からテオドールにその企みが知られることとなる。

 テオドールはそれまで中立の立場をとっていたが、表向きは国のためとしてベルヴァルト大公を支持するようになった。全てはオーレリアのために。

 

「テオドール殿、そちらはどうだ」

「グレル教の連中は捕らえたと師団から報告がありました」

「そうか、だったら良いのだ。あとは一気に掃除するだけだな」

「おい、ちょっとまて、お前がオーレリアと結婚しただと!?許さないぞ!あれは俺の婚約者だ!!」

「嘘よテオドール様!私あなたのことずっと前からお慕いしていたのに!!」

 

 喚くサイラスとミリーを一瞥し、テオドールは兄と合流するべく足早に地下へと向かった。地下には近衛師団が捕らえたグレル教の信徒がおり、中には司祭もいるようだ。

 

「この裏切り者!」

「うるさいな。最初から仲間でも何でもなかったんだから、裏切りではないだろう」

 

 アルノーは無慈悲にも、牢の中の男にそう言い放つ。テオドールは以前より、クーデターを企む民衆の中にアルノーを潜入させていた。アルノーはテオドールが期待したとおり、各所でスピーチを行い、貴族への反感を掻き立てるグレル教の男と親しくなることに成功した。

 男はまだ自分がグレル教の信徒であることを、民衆に打ち明けてはいなかった。下手に話しても布教できないと分かっていたからだろう。国を奪ってから、ゆっくりと民を洗脳するつもりだったようだ。

 そして男から信頼を得たアルノーはある計画を聞かされる。グレル教は近々隣国へ赴き、反乱を起こす日にザイデル王国に攻め入り、ともに国王を討ち取らないかと交渉するつもりであった。これは思いの外、貴族へのヘイトが溜まっていない地域が多く、兵力が集まらなかったからである。

 そこで急遽テオドールは隣国へ足を運んだ。以前隣国とは貿易に関して有意義な取引を行い、その関係は今でも続いている。その中でテオドールは隣国と信頼を築いていた。

 だからこそ、隣国の王に謁見を申し込むとすんなり通り、近々グレル教の信徒が戦争を持ちかけてくることを伝えた。聞こえの良いことを提案してくるだろうが、おそらく次にターゲットとなるのは隣国だ。なぜなら協力関係にあると、その国の情報を得やすくなるからだ。隣国の王は聡明であるため、テオドールの言わんとすることはすぐにわかった。

 普通ならそのような話を聞けば頷いたフリをして、反乱があった次の日にでも混乱に乗じて攻め入るだろう。しかしテオドールがわざわざ隣国に赴いてまで交渉に来るということは、決して焦ってそうしているわけではない。隣国の王はテオドールを信頼し、その手腕を認めつつも警戒していた。

 もしザイデル国に攻め入ったとしても、軍総出で隣国を迎え撃つことができる、テオドールの話にはそのような牽制の意味も含まれていた。

 それを悟った隣国の王は、のちに訪れたグレル教の司祭の話に乗るフリをして傍観することに決めた。

 

 アルノーの役割は情報調達だけではなく、情報統制も担っていた。なに、簡単なことだ。「水面下で四大公爵家と大公様が反乱を企てている。秘密裏に我々を救うために」そう噂を流したのだ。グレル教の男はスピーチを行うためにしばらくその地に滞在したあと、次の場所へと移動して回っていた。アルノーは去り際にこの噂を広げていたので、グレル教の男はまさか彼がそのようなことをしていたとは思わなかった。

 

 また、噂を聞いた民は四大公爵や大公の名を無闇に出さなかった。それは反乱を成功させるためである。

 四大公爵家や大公の治める土地はみな潤っている。きっと四大公爵家や大公が国を治めるなら確実に今の状況から打破できる。明確な結果がそこに見えれば、たとえ貴族嫌いでもそう希望を持つことができ、その言葉を信じて耐えることができた。

 それに噂は伝言ゲーム式で広がり、いつしか貴族へのヘイトから四大公爵家と大公への期待が高まった。アルノーはその間、グレル教の者たちにその事が耳に入らないよう徹底的に情報を操っていた。

 

 結論を言うと、グレル教が企んだ反乱を四大公爵家と大公の反乱にうまくすげ替えたというわけだ。

 捕らえたグレル教の信徒と司祭は民の心を操った罪により処刑された。国王とサイラスは幽閉され、ネイト子爵家は没落して平民に。ミリーは流罪となり、犯罪者が集まる治安の悪い孤島で一生労働することとなった。

 国王とサイラスをすぐに処刑しなかったのは、まだ国王派と王子派の貴族が残っているからだ。これから近衛師団あらためシュルツ師団により、反乱を機に静かになった国王派や王子派を炙り出すこととなる。それらが淘汰されるころには、国王とサイラスは処刑されるだろう。

 

 ザイデル王国改めベルヴァルト王国は、ルカ・ベルヴァルト国王のカリスマ的な政治により、大国へとのしあがった。のちにその功績が讃えられ、大王と呼ばれるようになる。

 グレル教は隣国の王が、「国の乗っ取りを考えてるヤバい宗教」と触れ回ったため、各地でグレル教は弾圧されることとなる。

 

 反乱から慌ただしくしていたテオドールは、それから二週間ぶりにオーレリアと再会することができた。オーレリアを砦の辺境地に行かせたのは、隣国が攻めてこないことを確信していたからだ。それに何かあればすぐに亡命できる。

 

「リア、また会えて嬉しいよ」

「私もですわ。ご無事で良かった…!」

 

 オーレリアは涙を流して再会を喜んだ。一緒に砦に来ていたベルナール公爵からは「なに娘を泣かしとるんだ」とゲンコツを食う。その様子を見て、涙を浮かべながら笑うオーレリア。

 テオドールはこの上ない幸せを感じた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

また、誤字脱字の報告ありがとうございます。


■テオドール・シュルツ

シュルツ家次男。無自覚オーレリア大好きマン。頭の回転が速い。ハニーブラウン色のうねうねした髪と深海のような深い青色の瞳。母似。学生時代はサイラスとミリーのせいで常に目の下にクマができ、髪は目にかかるほど長かった。それでも雰囲気イケメンで公爵家の息子だったので、ミリーに狙われていた。


■オーレリア・ベルナール(オーレリア・シュルツ)

ベルナール家長女。王妃として幼い頃から教育を受けていた。雪のように白い髪にブルーグレーの瞳。テオドールに恋をしてからは表情管理が難しくなった。反乱の後、無事可愛い女の子と男の子の双子が産まれる。反乱の時に滞在した辺境の砦を気に入り、よく子供達と一緒に訪れている。


■ミハエル・アーレンス

アーレンス家長男。シンイーの一番は絶対に渡さないマン。婚約者のシンイーにベタ惚れ。卒業後すぐに結婚した。誰もが二度見してしまうほど美しく天使のような顔立ち。白金の髪にコバルトブルーの瞳。怒ると悪魔のようになる。性格は意外と男前。そのうち家督を継ぐ予定。


■シンイー・アーレンス

伯爵家の次女。お淑やかで妖精のような可愛らしさがある。ミハエルと並ぶと御伽話の登場人物のようになる。オレンジがかった赤毛に緑の瞳。


■ベルナール公爵

オーレリアの父。厳格そうに見えるが、子煩悩で娘のためならなんでもするパパ。テオドールのことは信頼しており、たまに一緒に釣りに行ったりする。雪のような白髪に澄んだブルーの瞳。


■オーレリアの兄

ベルナール家長男。オーレリアがテオドールと婚約したあと、結婚式を挙げた。反乱から三年後に家督を継いだ。雪のような白髪に澄んだブルーの瞳。父の若い頃の生き写しといわれている。


■シュルツ公爵(元当主)

テオドールの父。やたら能力があるばかりに当主になってしまったため、早く面倒ごとを子供達に任せて隠居したかった。アルノーが優秀だったので、早々に近衛師団団長は引退できたが、家を継ぐ気はないと言われてウソだろ、とショックで寝込んだ。優秀な次男がいて良かったと思った。現在は夫人と共に各地を巡って旅行を楽しんでいる。濃いブラウンの髪に鷲色の瞳。


■アルノー

シュルツ家長男。弟マジリスペクトハイスペ兄さん。テオドールが2歳の時に天才だと気づいてから、彼の教育方針を決めたのは実はアルノーだった。(父は忙しく、母は教育に関心がなかったため)弟とは5歳差。顔面が強いので次期当主でないと公にしたあとも、多くの家から婚約の話が舞い込む。仕事で要人警護に当たった時に隣国の姫に一目惚れする。ブラウンの髪に琥珀色の瞳。


■ルカ・ベルヴァルト

国王の腹違いの弟。大公。圧倒的なカリスマ性があるにも関わらず、低燃費。ただ責任感があるため、反乱後は王族として民に尽くした。反乱時は27歳くらい。黒髪に黒目。以前は髪を長くしていたが、アーレンス公爵にサッパリさせられた。


■アーレンス公爵

アーレンス家当主。引きこもりのベルヴァルトを引っ張り出して成長させた。反乱において一番の功労者。


■ローゼンハイン公爵

ローゼンハイン家当主。サイラスが失脚してからがまあ大変だった。反乱後すぐに息子に家督を譲り、静かに余生を過ごす。


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