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紅琉川の畔  作者: 龍冶
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第7話

第7話


 パシッ、と音を立てたかと感じた。それほど激しく、シンの脳裏にフラッシュバックさながらに、父龍が焔の童子の放った巨大な焔の塊に焼け悶える姿が映った。

「わあっ」

 夕霧と愛し合っていたが、シンは大声を上げて飛び起きようとした。夕霧は驚いて小太郎を引き止め抱きしめた。

「どうなさいました、小次郎様」

 シンは自分の行動が原因で父と母が焔の童子に焼き殺されようとして居るのを知った。

「夕霧殿、私はもうここには居られませぬ」

 急いで父母を助けに行かねばと起き上がると、

「きゃあ化け物。それともあの鬼?」

 夕霧は叫んだ。シンは見る見るうちに本来の自分の姿になろうとしているのを感じた。そして慌てていたからだろう、同時に龍の姿にもなろうとして体中に鱗が生えてきた。

 シンは逸る気持ちを抑え、何とか夕霧に説明しようとした。

「お許しください夕霧殿、私は化け物でも鬼でも有りませぬ。実は私、この山の祠の紅のせせらぎ龍神の息子」

 だがシンの言葉を遮って短銃を撃つ音が聞こえた。熊介の腕は確かだった。熊介の撃った弾はシンの心臓辺りに命中したように見えた。シンは「うっ」と倒れたが、龍の急所は人間とは違っていた。だが深手を負った事には違いは無かった。深手を負うとシンは姿としては一番楽な龍の姿に変わっていった。

「うわあっ、龍だぞ兄じゃ。龍を撃ってしもうた。兄者祟られるぞ、謝れ、謝れ」

 追って来た四人は土下座をして、

「お許しください、お許しください」

 と、何度も何度も謝っている。

 シンは父親の命がもう尽きたことを悟りながら、涙を流していた。これも自分が定めを破った報いなのだろうか。だが、どうした事か夕霧が自分の子を宿している事にも気が付いた。龍と人間でも夫婦になれるという事なのだろうか。だが今は勝てる見込みが無くても母の下へ助けに行かねばならなかった。

「もう良い、お前達も夕霧の身を案じての事。私は紅のせせらぎ姫の息子、紅の新しきせせらぎの尊じゃ。夕霧が幼いころより気に掛けておった。夕霧ほど人間の中で心の美しい者は無い。小太郎が死に夕霧が嘆いて居ったので、私が何とか慰めようとしたのだが、お前たちを見て居ると無用の事だったようだ。私は今から東の大国の主を誑かしている、焔の童子を討ちに行かねばならぬ。夕霧、もう会う事は無かろう。さらばじゃ」

「龍神様」

 あまりの神々しさに夕霧は言葉を忘れ見送った。


 シンは夕霧が身籠った事まで言う気にはならなかった。夕霧なら黙っていても誰の子であろうと大事に育ててくれる事は分っていた。それに今は一刻を争っていた。

「母上、私が戻るまで生きていてください」

 シンは母龍の処へたどり着いたが深手を追った身であり、人の姿に変わって倒れこんでしまった。

 「おやおや、わざわざ戻って来おったか。しかし大分弱ってしもうたな。つまらぬのう、気を失っておったらいたぶりようが無い。起こしてみるか」

 焔の童子はちろちろと紅のせせらぎ姫を焼くのをやめ、シンに目掛けて火を放とうとした。

 金色の美しい龍の姿は既に無く、焦げた鱗になってしまった紅のせせらぎ姫ではあるが、息子を救おうと最後の力を振り絞った。焔の童子の放った火で燃え上がりかけた人の姿の息子をくわえると、渾身の力を込めて北の方角へ放り投げた。そして力尽き息絶えてしまった。


 シンは北へ北へと飛んで行った。そうして父龍、北の大露羅の尊の生まれ故郷である北の果て氷だけの国へ落ちて行った。落ちるとシンの燃えていた熱でシンの周りの氷は少し解けた。


「寒い」

 火傷を負い気を失っていたシンは眼が覚めた。すると父龍が母龍を連れて空を翔けているのが見えた気がした。

「父上、母上」

思わず呼びながら瞬きしてよく見ると、目の前には暗い空にオーロラが美しく光っていた。

「あれは、いつか父上が話してくれたオーロラだな。見間違いであったか。二人とも私のせいで死んでしまったのだった」

シンは涙したが、本当は見間違いではなかったのだ。シンが見たのは、北の大露羅の尊が、紅のせせらぎ姫を連れて黄泉の国へと翔けてゆく姿だった。


エピローグ


 シンの美しかった金銀の鱗は黒くこげ、焼けた痛みで立ち上がる力など残っていなかった。だが、だんだん寒さで体の痛みも感じなくなっていった。解けていた氷もまた元の通りに凍ってきた。シンは考えた。自分の後先も考えない行動で父も母も死んでしまった。寿命は永遠と言って良いほど有った筈なのに。だが、自分は夕霧を死なせたくなかったのだ。

 黒龍となった紅の新しきせせらぎの尊は、北の果ての氷の中で静かに目を閉じた。

 

 


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