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紅琉川の畔  作者: 龍冶
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第2話

第2話

 「紅の新しきせせらぎの尊」ことシンの愛した娘、夕霧は紅軍団の頭の娘である。

 紅軍団は当時、金の価値を知った領主、山方麗光の命により作られた新鋭軍団だった。

 初代頭が、大山猪之介であり、夕霧の祖父にあたる。猪之介が老齢になり、息子の猪太郎が跡目を継いだ。紅軍団の頭は世襲制というわけではないが、大山一族は代々国の剣術の指南をしており、家柄と能力からしても妥当な選出であった。

 大山猪太郎の子は夕霧だけであった。したがって次の頭は、世襲という訳にはいかなかった。猪太郎は夕霧を次期頭と結婚させるべきだと考えていた。

 現在、紅軍団で猪太郎の次に武勇に優れている者は、孤児で猪太郎が素質を見向いて育てていた小太郎だ。しかし小太郎は残念ながら、素性が知れないのが気がかりといえば気がかりである。

 紅国は裕福だったため、孤児を集めて育てる施設が整っていた。そして大きくなれば金山で働く人手となっていた。猪太郎は時々施設に立ち寄り、軍団の一員になる素質のある者を見抜いて育てていたのだ。

 家柄がしっかりしているのは、大山剣太郎と大山熊介、熊太兄弟だ。何れも猪太郎の弟の息子だ。しかし小太郎の能力に勝る者は居なかった。

 夕霧本人はと言うと、どうやら小太郎と恋仲のようだと猪太郎は思っていた。本来そういうことに疎かった猪太郎が気付いているくらいだから、軍団の里の者たちで、このことを察していない者はないであろう。こうなっては、領主に頼んで小太郎を次期頭にして頂くしかないと、猪太郎は考えていた。


 夕霧は、本所の東に流れる里の皆が新川と呼んでいる川の畔に、たたずんでいた。もうすぐ軍団の稽古の終わる時刻だ。小太郎はこの川の淵を通って山頂にある稽古場から帰ってくる。里の中心へ向かっている山道の方へは、行かずに。

 夕霧は小太郎の姿を遠くから見つけた。

「小太郎さん」

 と叫んで手を振る。

 小太郎もそれに答えて、遠くから、手を振りながら夕霧の処へ走ってきた。

 シンは毎日この光景を、自分の姿を隠して見ていた。

 シンは自分の恋心など、お門違いであることは承知していた。ただ龍神の眼通力で、この恋が実らないことを感じていた。小太郎の心に影を見ていたので、気がかりでならなかった。シンはただ夕霧の幸せだけを願っていたのだ。

 二人は仲良く紅軍団の頭の家、本所に入って行った。小太郎と夕霧とは幼いころから一つ屋根で暮らしていた。

 小太郎がこの家に引き取られてきたのは十歳のときであり、夕霧はその頃はまだ五歳だった。それから十年後の今、小太郎は実のところ、夕霧のことは妹のようにしか思っていなかったのである。そして小太郎には重大な秘密があった。

 シンは小太郎がよく鷹をならしていることを知っていた。

 鷹は何処から飛んできて、小太郎の肩にとまり小太郎は鷹の足から何かを解いていた。

 時には小太郎が何かを鷹の足に付けて、何処かへ飛んで行かせていた。先ほどもだ。夕霧が小太郎を見つける前、山頂から少し下った人目につかない場所でだった。

 二人が本所に入って行ったのを見終わり、シンは鷹を追いかけてみようかと思った。

 龍にとって鷹の飛んで行った先を見つけることなど、造作もないことである。とはいえ、シンにとってはこれが初飛行である。シンは新川の川上へ行き、初飛行にふさわしい崖っぷちを選んで飛び降りるように飛んでみた。見る見るうちに姿は変化し若々しい龍の姿に変わった。

 母の紅のせせらぎ姫は金色の龍であり、父の北の大露羅の尊は銀の龍だが、シンは二人の息子らしく、なんと、金銀混ざり合った鱗の、それはそれは美しく眩しい若龍になっていた。

「あれまあ、嬉や。ご覧下さいまし、大露羅殿。シンが翔けていきましたよ。」

 シンが空を翔けて行くのを見ていた紅のせせらぎ姫は、嬉し涙に暮れて、北の大露羅の尊に言った。

「先ほど申したことは、愚かな母の戯言と許してくださいまし。よくぞシンにお言葉をかけて下さいました。やっとシンも龍神の自覚が出来たようです。私、二百十四年生きてまいりましたが、今日この時ほど心嬉しいことはございません」

 大露羅の尊は、少しの間さびしげに微笑んだ。彼にはシンの心情を自分のことのように察していたのだ。


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