6. 禁じられた奥義
友を殺してでも魔族を根絶やしにするという意思。弱きを助け強きを挫くという正義感のもと友の暴走を止めようとする意思。2つの思いが退魔の聖剣に宿り、何度も激しくぶつかり合う。
「やめてっ!2人とも」
リリカは制止しようと叫ぶも、虚しく木霊するだけで彼らには届かなかった。
「ユウシ、いつまで俺を斬らないつもりだ?」
「こいつは木剣じゃない。お前を殺す気がない以上、斬るつもりは微塵もない!」
「俺はお前を斬ることに躊躇などない! そんな甘い態度で勝てると思っているなら、随分と見くびられたものだなっ」
ヒロが怒号とともに剣を激しく振るうと、ユウシは防戦一方の状況に陥り、攻撃を受け止めながら後退し始めた。
「昨夜の戦いを忘れたのか? たとえお前が本気を出しても俺には勝てないってことをよお!」
ヒロが突き出した光の刃がユウシの頬を掠め、赤い筋が顎へと走る。
「そうだったな。お前を止めるには、斬るつもりで戦わなきゃならないみたいだ」
ユウシはヒロが手加減して勝てるような相手ではないことを悟ると、剣ではなく体を狙って攻め始めた。
先程までの戦いを凌ぐ激しい攻防が繰り広げられ、もはやリリカに2人を止める術などなかった。
「ローレル教官、見ているんでしょう? 2人を止めて!このままではどちらかが死んでしまう……」
彼女が救いを求めて呼んだ名は、勇者学校教官の1人であった。
早朝、待ち合わせの時刻よりも早くに門前へ到着していたリリカは、自分たちよりも先に西の方角へと向かうローレル教官の姿を目にしていた。
実際、鳥人の巣に向かうまでの道中で襲い来る敵がいなかったのも彼が先に倒していたからだ。
勇者候補生たちの最終試験を見届ける試験官がローレルだと確信した上で、彼女は救いを求めて叫び続けた。
「ローレル教官……」
しかし、何回叫んでも助けに現れる気配などなく、周囲に大柄なローレルが隠れられそうな岩陰も見当たらないことに気がつくと、リリカはこの場にいるのが自分たちだけであることを悟った。
「そろそろ決着をつけてやる」
ヒロは深呼吸をすると、急に酔ったかのような足取りで動きに不規則な緩急をつけ始める。
「擬酔剣か……」
ユウシは昨夜の敗北の記憶が蘇り、剣を握る力が強まる。
もし木剣ではなくEXカリバーの斬撃を同じように脇腹に喰らってしまえば即死は免れない。
ヒロは間合いを詰めたかと思えば離れ、剣を縦に振ったかと思えば正面に突き出し、常人の思考では到底読めないような不安定な動きで攻撃を繰り返していく。
対するユウシはその場からほとんど動かず、襲い来る剣撃のみを打ち払い続けた。
「俺の攻撃をここまで凌ぐとは……たった一晩で教本にも載っていない酔剣の対策を会得したのか?」
「ああ、そうだ。俺はあの後、敗因について朝まで考えていた。そしてわかったんだ。酔剣は相手の読めない動きで攻撃を捌きつつ隙が生じた瞬間に必殺の一撃を見舞う技だ。相手は攻め急げば攻め急ぐほどに不利になる」
「流石だな。お前の言う通り、酔剣はカウンターに特化した技。そうやって一切攻めずに守りを貫いていれば、使い手はいずれ酔いが覚めて反動で無防備になる……だがな、俺の剣は"擬"酔剣だ。いくら攻撃を凌いだところで反撃の機会など永遠に到来しないっ!」
攻めの姿勢を見せないユウシに対し、煮え切らないヒロの剣撃の圧力は増していく。
「くっ、このままでは押し切られる……こうなったら、あの技を使うしかないか」
「あの技……だと?」
「ああ。禁じられた奥義に対抗し得るのは、禁じられた奥義しかないってことだ。もしこの技を使えば、きっとお前を殺してしまうことになる。だから、今のうちに剣を置いてくれ」
「何だと? 俺は帝国流剣術の禁じられた奥義を全て網羅している。たとえお前がどの奥義を使おうと破ってやるさ!」
ユウシは最後の交渉を持ちかけるが、ヒロのこの場にいる全員を皆殺しにするという確固たる意思は動かない。
「だったらやむを得ない……」
ユウシは目を閉じると、静かに息を整える始めた。
「何のつもりだ? 帝国流剣術にそんな技なんてないはずだ。奥義が使えるというのはただのハッタリで、それが通用せず諦めたか?」
ヒロは一見すると無防備な状態のユウシに容赦なく斬りかかる……
「ユウシっ!」
リリカは思わず叫び声を上げたが、2つの剣がぶつかり合う衝撃音によって掻き消された。
「これは……"風読みの拳"か?」
「……」
風読みの拳とは、帝国流拳法の禁じられた奥義に当たる技の一つである。視覚・聴覚・嗅覚・味覚の4つを遮断し、触覚のみを研ぎ澄ませることによって空気の僅かな振動から敵の予備動作を読み取り、どんな相手の攻撃でも先読みして立ち回ることができるというものだ。
この強力無比な技が禁じられているのは、多用し過ぎると寿命が擦り減ってしまうためだと言われている。
本来は拳法の技に分類されるものだが、厳密には格闘術でなく呼吸法の一種なので、剣術にも応用することができる。
「今のお前には何を言っても聞こえないようだな。それなら、この一太刀で最後に残った触覚ごと斬り伏せて何も感じない永遠の闇へと落としてやるっ!」
ヒロは酔剣特有の足運びで後ろに回り込みながら間合いを詰めると、夜の決闘と同様に彼の脇腹目掛けて剣を振り上げる。
しかし、体に刃が触れる寸前で防がれ、目視できない程の素早い斬撃がヒロのEXカリバーを弾き飛ばした。
「なっ……」
「ユウシが、勝った……!」
両膝を地に着け、己の敗北を受け入れられず頭を抱えるヒロ。
「ユウシ! もういいわ。あなた勝ったのよ!」
間合いを詰めてとどめを刺そうとするユウシだったが、駆け寄って来たリリカに背中を叩かれ、奥義で失っていた4つの感覚が一気に戻る。
「はっ……勝ったのか? ありがとう、もう少しでヒロを斬ってしまうところだった」
「ユウシっ……」
ユウシの無事を喜び、リリカは両腕を彼の背中に回した。
「負けた……? いや、まだだ。剣を持つ者、勝つためには手段を選ばず常に冷徹であれ。それが帝国流剣術の教えだ。最後に生き残った者が勝ちなんだよぉ!」
抱き合う2人を横目で見ながら落ちたEXカリバーを拾い上げると、ヒロは負傷して倒れている鳥人目掛けて襲いかかる。
「だめっ!」
「リリカっ、危ないっ!」
彼の動向に気づいたリリカはユウシの元を離れ、咄嗟に体を張って鳥人の少女を守ろうとした。
「ぐはぁっ!」
滴り落ちる血。リリカが斬られそうになる寸前でユウシの聖剣がヒロの胸を貫いた。
「……ヒロっ!」
リリカの叫びも虚しく、彼は微動だにしないまま青白くなっていった。友の剣を胸に受け、立ったまま絶命していたのだ。
「そんな……う、嘘だろ? う、う……うわああああぁぁっ!」
血飛沫に赤く染まったユウシは聖剣をヒロの骸から引き抜くと、この世の終わりを見たかのような絶叫とともに洞穴から走り去って行った。
翼を失った鳥人の少女と友を失った人間の少女、そして、己の信じる正義を貫き命を散らした少年の亡骸だけが残された洞窟の中を、空いた天井から場違いな程に澄み渡った青空が見下ろしていた。