5. それぞれの思い
鳥人は、歴史書においては1000年前の勇者たちを苦戦させた魔族として名が出ている。長い年月の中で弱体化したのか、それとも人類が強くなり過ぎただけなのか。いずれにせよ、油断は禁物だ……ユウシは教科書の挿絵でしか姿を見たことのない半鳥半人の魔族との戦闘をイメージしながら森の中を歩いていた。
「見えてきたぞ!」
魔族が1人もいない森を抜けると、ヒロが指差す先に鳥人が巣食う岩窟の入り口が見えた。
「いよいよね……」
「さあ、行こう!」
覚悟を決した勇者候補生たちは、剣身を納めた状態のEXカリバーを手にして鳥人の巣へと足を踏み入れていく。
奥へ、奥へと進んでいくが、不思議と魔族が襲いかかってきそうな気配は全く感じられず、それがかえって彼らの不安感を煽る。
しばらく先へ行くと、岩壁に囲まれた青天井の広い空間へと出た。
「来たわね、勇者を志す人間たち」
「誰だっ?」
静かな洞窟内に小さな羽音と少女のような声が響き渡る。
「こ、こいつは鳥人なのか?」
「思ったよりも小さいわね……もしかして、子ども?」
勇者候補生たちの前に舞い降りたのは、半鳥半人の姿をした魔族であった。しかし、教科書に載っている鳥人よりも明らかに体が小さく、人間に換算すれば12歳くらいの子どもに見える。
「たとえ子どもでも魔族は魔族。幼い姿は人間を油断させるためのものかもしれねぇ」
光の剣を出現させ、3人の中でいち早く臨戦態勢に入るヒロ。魔族への復讐心から、その目つきはまるで鬼のように鋭くなっていた。
「待ってください!」
そんな彼に対し、鳥人の少女はつぶらな瞳を潤ませながら必死に訴えかけてきた。
「剣を納めて。話を聞いて欲しいの」
「命乞いでもするつもりか?」
「そうです。私たち鳥人は今、絶滅の危機に瀕しています。大人たちは勇者に狩られてもう1人も残っていない。もし私がこの戦いで命尽きれば、私より幼く非力な子どもたちだけが取り残されてしまう……だから、暴力ではなく対話で解決しませんか?」
「魔族と交渉などできるかっ!」
「ヒロ、話を聞いてあげましょう?」
剣を納めるそぶりを見せないヒロに対し、リリカは鳥人の要求に応える姿勢であった。
一方、ユウシはこの状況をすんなりと飲み込めず言葉を失っていた。
「あなたたちの目当ては、私たち鳥人の命そのものではなく、たった1枚の羽のはず。だから、これを持ち帰ってください」
少女が羽ばたくと、ユウシたちの周囲に数枚の羽が舞い落ちた。
「最終試験の合格条件は羽を持ち帰ること。戦うかどうかについては言及されていなかった……つまり、これさえ手に入ればもう彼女たちを傷つける必要はないわ!」
羽を真っ先に拾い上げたリリカが歓喜の表情で2人に訴えかける。
戦闘面で不安を感じていた彼女は、不戦勝で済みそうな展開に内心安堵していた。
「待ってくれ!俺は勇者になるための最後の試練がこんな終わり方をするのは認められない。だから羽は持ち帰らない。校長にありのままを話して試験の内容をもっと強い魔族との戦いに変更してもらう」
正々堂々と勝負して勝つことに拘るユウシは、洞穴を出ようと鳥人に背を向け歩き始める。
「ユウシ! せっかくの勇者になれるチャンスを捨てるっていうの?」
「こんな勝ち方で勇者になっても恥だ! リリカは好きにすればいいけど、俺は納得できな……」
「きゃーっ!」
意見を対立させるユウシとリリカの背後で、少女の空を裂くような悲鳴が響いた。
2人が振り返ると、右の翼を斬り落とされて流血しながら地に伏せる鳥人の喉元に、光の剣の切先を突きつけるヒロの姿があった。
「俺は最初からこんな予感がしていた。対魔族の戦闘技術は二次試験の段階で評価されているはずだ。最終試験で試されるのは、魔族を容赦なく殺められるかどうかだ」
ヒロは学力こそ2人には及ばないものの、勘は人一倍鋭かった。例年の最終試験脱落者が全員存命だという事実から、彼は現代の鳥人が極めて非力な存在であることを予感していたのだ。
「勇者は魔族を倒すために存在している。相手が子どもだからと見逃せば、成長してから恩を仇で返されるのがオチ。幼かろうが老いていようが、どんな相手でも魔族である以上人類の敵……いや、この俺の敵なんだよっ!」
今度は左側の翼を剣で斬り落とすヒロ。先に翼を斬っておくことで最大の武器である飛行能力を使えなくする……帝国流剣術の教え通りの基本的な戦い方だ。
「翼をなくした鳥人は、もはや死んだも同然。これでとどめだ」
ヒロは最後の一撃を加えようと、光の剣を振り上げた。
「やめてっ!」
「何のつもりだ?」
振り下ろそうとした剣を止め、戸惑うヒロ。目の前には、鳥人を庇おうと仁王立ちするリリカの姿があった。
「あなたが魔族へ只ならぬ敵意を抱いているのは知ってる。でも、今のあなたは魔族なんかよりよっぽど怖いわ。それに、不必要な殺生は私の正義に反するの。だから、見過ごせない」
リリカは魔族への復讐心を原動力に生きていたヒロのことを理解していた。その上で、彼には復讐心だけに囚われず生きて欲しいと願っていた。
「はっはっはっ、お前たちだけは俺のことを少しはわかってくれてると思ってたのによぉ……見損なったぜ! 魔族は存在そのものが俺にとって絶対的な悪だ。庇うというのなら、たとえリリカでも容赦なく斬るっ」
青い宝石のような彼女の瞳に映った彼は、まるで悪魔のような表情を浮かべていた。
「ヒロ……」
躊躇なく光の剣を振り下ろすヒロ。リリカは死を覚悟し、瞼を閉じる……
「させるかあっ!」
次の瞬間、もう一本の聖剣がヒロの凶刃を受け止めた。2人の間に割って入ったのは、迷いを断ち切ったかのような表情を浮かべたユウシだった。
「子どもの頃から教わってきたのは、確かにお前の言う通り、魔族が絶対的な悪で人類が正義だという考え方だった。でも、外の世界に出てみれば、それが違うとわかった。魔族にも人間と同じくちゃんと意思があって、魔族なりの正義があるんだってな……」
「何を言ってやがる? 気でも狂ったか?」
「狂っているのはそっちの方だ。今、本当にリリカを斬るつもりだっただろう?」
「ああ、そうだ。魔族の味方をする者は例外なく俺の敵だからな」
倒れている鳥人の少女の側で、リリカも力が抜けたように膝をついてしまった。彼にはユウシの言葉を否定して欲しかったが、その願いは叶わなかったのだ。
「魔族目線で見れば俺たち人類の方が悪だ。正義とは何なのか、たった今大きく揺らいだけれど、答えはすぐに見つかった!」
受け止めた剣を渾身の力で弾き返し、切先をヒロへ向けるユウシ。
「俺はもう迷わない。これからは帝国から教え込まれた正義じゃない、ヒロやリリカが思う正義でもない、この俺が正しいと思う道を選ぶだけだ!」
「面白い、そこの魔族ではなく俺を斬るって言うのか? だったら3人まとめて皆殺しにしてやるよ!」
狂気に満ちた高笑いをするヒロ。
敵意ではなく哀れみを含んだ目でユウシは睨みつける。
「たとえお前が俺たちを本気で殺すつもりだろうと、俺にはお前を殺すつもりなんてない! ただ、お前の暴走を止めてリリカや鳥人を助けたいだけだ」
「いいだろう。昨夜とは違って真剣の勝負。負ければ命は無いと思いやがれっ!」
眩しい陽の光が丁度真上から洞窟内に射し込む頃、2人の少年の聖剣はそれぞれの思いを帯びて衝突し、火花を散らした。