4. 最終試験の朝
空が遠くの方から明るさを帯び、小鳥たちが囀り出した頃、帝国城下町の巨大な門の前に勇者候補生たちが集まった。
「おはよう、リリカ」
「おはよう、ヒロ、ユウシ……って、どうしたの?ユウシ、何だか歩き方が変だよ?」
「大丈夫、少し寝違えただけだよ」
昨夜の決闘で脇腹に食らった一太刀の影響が未だに残っており、ユウシは万全の状態ではなかった。
「2人とも何だか疲れが取れてないように見えるし、本当に大丈夫?」
「張り切りすぎてよく眠れなかったんだ」
「もう、ユウシったら。そんなので鳥人に勝てるの?」
真夜中に決闘をしたことで脳が興奮状態になり、2人は寮に戻ってからも朝まで目が冴えてろくに眠れていなかった。
「リリカは心配し過ぎだ。鳥人は毎年最終試験の討伐対象になっている。つまり、実戦初心者でも倒しやすい雑魚ってことだ」
「ヒロ、それはさすがに甘く見過ぎよ? 授業でも習ったけど、鳥人は翼になった両腕で空を舞いながら飛べない人間を翻弄し、一瞬でも隙を見せれば急降下からの強烈な蹴りで命を狙ってくる強敵よ!」
「俺たちは剣術師範から対空式剣術を徹底的に叩き込まれてるんだ、負ける気はしないね。それに例年最終試験で命を落とした者はいない。この事実が意味することを考えれば……」
「もう、貴方は脳筋なんだから! 勇者候補生が不正をしないようちゃんと試験官が見てるに決まってるでしょう? ピンチになっても彼らが助けに入ったからこそ死者がいないだけのことよ」
「2人とも! 今は喧嘩してる時じゃないよ。無駄にエネルギーを使っちゃダメだ。それより、荷物は大丈夫か?」
いつもはユウシとヒロが喧嘩を始めてリリカが間に入るという流れがお約束であったが、今回は珍しくユウシが仲裁役を担った。
「食料よし! 救急箱よし! 武器よし! 不備はないわ」
「待て! 武器に不具合がないかどうか今のうちにチェックしておこう」
3人は旅に必要な荷物が揃っていることを確認すると、ヒロの提案で武器・EXカリバーの動作確認をすることにした。
EXカリバーとはElectricXカリバーの略称であり、1000年前の勇者が用いたとされる聖剣を電子的な技術により再現したものである。
言わば"量産型勇者の剣"であり、勇者1人につき1つ支給されるのだが、その切れ味は本物の聖剣を遥かに上回る代物だ。
「学校の外でこいつを使うのは初めてだな」
「緊張するのは今のうちさ。勇者になれば外で使い放題、嫌でも慣れるさ」
「それじゃあいくよ! せーの……」
リリカたちは剣身のない柄と鍔だけの剣を取り出すと、埋め込まれた赤い宝玉を指で押した。
すると、退魔の光によって形成された刃が出現し、立派な剣の姿に変化した。
「綺麗……」
剣が放つ太陽のような輝きに見惚れるリリカ。
科学が進歩し、勇者が生まれつき備えていたとされる退魔の力の正体が光源αと呼ばれるものだとわかってからは、帝国でこの剣型兵器の開発が進められた。
本物の聖剣には金属でできた剣身があり退魔の力を持つ勇者が握った時のみその真価を発揮したが、EXカリバーは剣身が凝縮された光源αでできており剣の心得さえあれば普通の人間でも使いこなすことができる。
「EXカリバーもばっちりだな!」
「準備は万端、あとは鳥人を斬って羽をむしり取るだけだ」
再度宝玉を指で押し、剣を納める勇者候補生たち。光源αには質量がないので、持ち運ぶ際も戦闘時も軽々と扱うことが可能だ。
「さあ、行くよ? 初めの一歩」
リリカ、ユウシ、ヒロの3人は冒険への第一歩を一斉に踏み出した。
向かうは西の方角、森を抜けた先にある洞穴、通称"鳥人の巣"だ。
「ねえ、2人とも。昨日の夕方言おうとしてたことなんだけど」
「うっせえ、話の続きは勇者になってから聞くって言っただろ?」
「ごめん……」
道中、ヒロは鬼のような形相を浮かべながら、ひたすら無言で対空式剣術のイメージトレーニングを続けていた。
「集中してるようだし、邪魔しないように小声で話そう」
「ううん、いいの。3人とも絶対に勇者になるんだから、言おうとした言葉はその時までとっておきたい」
ヒロに注意されて気持ちが変化したようで、リリカもそれからは無言を貫いた。
"こんな風に、卒業してからも3人で冒険しない?"
そんな心の声が聞こえたような気がして、ユウシは彼女の横顔をただ見つめながら歩いた。