3. 真夜中の決闘
涼しい夜風が城下町を吹き抜け、屋根たちを月明かりが照らす頃、満天の星空の下で対峙する2人の少年の姿があった。
「なあ、ユウシ。俺たちの実技訓練の勝敗の数を覚えているか?」
「ああ。20勝20敗の引き分けだ」
「そうだ。そして、最終試験に合格すれば学校生活は明日で終わる。つまり、訓練で剣を交えることはもうないってことだ」
ヒロは携えた木剣の切先をユウシへと向ける。
「俺とお前、どちらが強いのかを今ここではっきりさせてやる!」
「望むところだけど、明日は魔族との初実戦を控えてるんだ。体力を温存しておきたいから、さっさと決着をつけてやるぜ!」
ユウシも木剣を構え、両者共に戦闘態勢に入った。
「行くぞ!」
ぶつかり合う剣と剣。互いに一歩も譲らぬ激しい攻防が繰り広げられる。
「どうした?さっさと決着をつけるんじゃなかったのか?」
「言われなくても、すぐに終わらせてやるよっ!」
ユウシは渾身の力を込めて勢いよく木剣を突き出したが、ヒロはよろめくような動きで身を躱した。
「今の動きは、まさか?」
「そのまさかだとしたら?」
その後もユウシの繰り出す攻撃を流水のような身のこなしで次々と回避していく。
「喰らえっ!」
ヒロは一瞬のうちにユウシの背後へと回り込み、脇腹に強烈な一撃を見舞った。
「最強は、俺だ」
地面に膝をつくライバルを見下ろし、勝者は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ぐっ……、今のは"酔剣"じゃないのか? そんな技を使うなんて反則だ」
彼らが学校で教えられる帝国流剣術には"禁じられた奥義"というものが存在しており、酔剣はその一つとされている。
「ユウシ、なぜ俺たち学生が酔剣の使用を禁じられているのかわかってるのか?」
「ああ、それは酒を飲む必要があるからだ。この国では未成年の飲酒が法律で禁じられているから、俺たちには酔剣が使えない」
「その通り。だが他にも理由はある。酒の効き目が続いている間は常人離れした身体能力を発揮できるが、酔いが覚めた際に反動で無防備になってしまうという大きなリスクを伴うだからだ」
帝国流剣術の開祖は1000年前に勇者と旅を共にした剣士だと言われている。
彼が晩年に遺したとされる剣術教典には「酔剣ハ諸刃ノ剣ナリ。最後ノ切札ト心得ヨ」とあり、最もその技を知り尽くし使いこなせたであろう開祖ですら多用は推奨しないと後世に伝えているのだ。
「ヒロ、いつの間に酒を飲んでいたんだ?」
「お前の目は節穴か。俺が酔っ払ってるように見えるか?」
呆れたような表情を浮かべるヒロ。彼は普段と一切変わらない顔色と口調であり、ふらふらとした動きが見られたのも戦いの最中だけだった。
「俺がさっき見せたのは酔剣じゃない。"擬酔剣"だ」
「擬酔剣? 酒を飲まずに酔剣をしたっていうのか?」
「そうだ。随分と前の授業で一度だけ、剣術師範が酔剣を披露してくれたことがあっただろう? あの動きを見て覚え、密かに練習していたんだ。お前に勝つためにな……」
ヒロは類稀な戦闘センスの持ち主で、相手の技を見切ることに長けていた。そのため、一度見ただけの技であっても自分のものにすることができたのだ。
「だけど、禁じられた奥義に手を染めてまで俺に勝ちたかったのか?」
「何を言ってるんだ? 擬酔剣は酒を飲む必要もなければ酔いが醒めて弱体化することもない。もはや禁じられる要素などどこにもないんだ。酔剣の良いところだけを取って俺が編み出した最強の剣技というわけだ」
酒の力に頼らずして酔剣を繰り出すことは、常人には不可能だとされている。擬酔剣は、人並外れた戦いの才能を持つ彼だからこそ編み出せたものなのだ。
「さて、明日は最終試験だ。俺はもう寝るぞ」
木剣を麻布で手入れしながら、ヒロは一足先に寮の中へと戻って行った。
「それにしても、今のは効いたぜ……一晩寝て回復すればいいけど」
ユウシは立ち上がると、打撃を受けた脇腹を抱えながら自室へと向かった。
いつもなら負けた後は悔しさで胸一杯になる彼だったが、今回は圧倒的な強さを見せつけられ、どこか清々しい気持ちになっていた。