29. 決着
勇者リリカ=クリヴィアとその父ナスタ=クリヴィアは、これまで親子喧嘩をしたことなど一度もなかった。
しかし、それは決して仲が良いからという訳ではない。喧嘩をするほどに近い距離感ではなかったのだ。
リリカにとっての父は、物心がついた時には既に帝国内では5本の指に数えられる英雄となっており、同じ屋敷で暮らしていながらもその背中は余りに大きく、遠く感じられた。
家庭内において、父の言うことは絶対であり、逆らうことなど言語道断であった。
「くっ……知らぬ間に随分と力をつけたな」
「手加減は無用、お父様と言えども私は本気で戦うわ」
光の剣同士が何度もぶつかり合い、微細な光の粒子が周囲に飛び散ってはきらきらと舞い落ちる。
「ならば、この勲章を持つ私と、持たないお前との力の差をはっきりとわからせてやろう」
ナスタは大剣型EXカリバーを右手のみで持つと、空いた左手でもう一つの円形をしたEXカリバーを発動する。
彼の親指が制御石に触れると、金色の光沢を帯びた本体の円周から花びらが開くかのように光の壁が展開され、リリカの剣撃を受け止める。
「盾型EXカリバー?」
「盾で守り、大剣で反撃する……これが私の真の戦闘スタイルだ。覚悟っ」
常人なら片手で扱うことは困難を極める特大サイズの剣型EXカリバーを、類稀な手先の技巧によって右手で操り、リリカの持つ聖剣を弾き飛ばした。
「最終試験、そして今回……魔族の命を2度も救おうとした不出来な娘など、ここで斬り捨ててくれるっ」
武器を失ったリリカに対し、ナスタはEXカリバーを振り上げる。
「もう親子で争うのはよせ!」
少年の声が洞穴内に響き渡り、一同は彼の方へと視線を向けた。そこに立っているのは、元勇者候補生ユウシだった。
その後ろから、獣王の末裔・薬師レオンも姿を現す。
「ユ……ユウシ!」
リリカは一粒の涙を零した。かつてのような心の奥に闘志を燃やす勇敢なユウシの姿を見て、彼が生きていることがただ嬉しく感じられた。
「ほう、"勇者候補生殺し"に"魔族の結婚詐欺師"ーー帝国の反逆者たちまで登場とはな。これで役者が揃ったというわけか」
勇者皇帝はこの状況をまるで楽しんでいるかのように拍手で彼らを迎えた。
「ナスタよ。この機にまとめて皆殺しにしてしまえ!そうすれば貴様のこれまでの行いを見逃してやってもよい」
「ありがたきお言葉、必ずや始末致します」
ナスタは聖剣と聖盾を起動させたまま、真っ先にユウシたちのもとへ向かった。
「ここは俺に任せろ!あの光の盾は魔族が触れればミスティの手みたいに焼かれてしまう。素手でしか戦えないレオンは下がっててくれ」
ユウシはEXカリバーを輝かせながら、ナスタを迎え討とうと身構える。
「さあ、かかって来るがいい」
「いや、あんたが来いよ。それとも俺が怖いのか?嘘つき親父が」
「何っ?貴様っ」
勇者未満の少年に挑発され、怒りに任せて大剣で斬りかかるナスタ。
「それが俺の狙いだっ」
ユウシは自分が持つ聖剣の倍以上も大きな光刃を押し返し、彼の手から弾き飛ばした。
「なっ……何だと」
「俺の思った通りだ。質量のないEXカリバー同士の戦いなら、サイズではなく腕の力が勝敗を決する。片手で持つよりも両手で持つ剣の方が強いってことだ」
ユウシは岩陰から様子を窺っていた際、リリカとナスタの戦いを見ていてあることに気が付いた。
普通の剣型EXカリバーを持つ彼女が大剣型EXカリバーを持つナスタと互角に剣を交えていたこと、そして、その際にリリカが両手で剣を持っていたということを。
本気を出したナスタの戦闘スタイルは、盾型EXカリバーで攻撃を受け止めてから大剣で反撃するというもの。
そこで、ユウシは相手に片手で攻撃させて両手で反撃するという手段を取るため、敢えてナスタの怒りを煽るように挑発をしたのだった。
「これで、あなたたちの側でまともに戦える勇者はいなくなったわね。そろそろ動かせてもらうわよ?」
彼らの戦いを見ていたミスティは、自分を踏みつけるパインの足を背で押し返しながら立ち上がり、彼女を勢いよく転倒させるとその手から魔導書を奪い返した。
「させるか……」
パインは起き上がってミスティを阻止しようとするが、全身に力が入らず動くことができない。
「あなたたちの王様と私って、確かに似てるのかもね。この魔導書、私以外の者が触ったら生気を吸い取るよう表紙に特殊な結界を施してあるの。しばらく持っていたせいで、力を相当奪われたでしょ?」
「私としたことが、迂闊だったか……」
「今度こそは唱えさせてもらうわよ。氷槍っ」
力が抜け切った拳法師範パイン。武器を失った状態の勇者皇帝ポトスとナスタ、そしてリリカ。
勇者帝国側が劣勢な状況を反撃の好機と見たミスティは、杖に魔力を沸らせて氷の槍を作り出す。
「まずは王から氷漬けにしてやるわっ」
丸腰のポトスに向かって氷の刃を突き出しながら駆け出すミスティ。
それを見ていたリリカは皇帝を守るという使命を思い出し、咄嗟に氷刃の前に身を投げ出した。
「リリカっ!」
ユウシは彼女を止めようと走り出すが間に合わない。
ミスティの繰り出す一撃は、皇帝の身代わりとなった肉体に深く突き刺さる……
「娘よ、まだ死んでしまうには早すぎるぞ?」
「お、お父様?」
盾を構えるだけの余裕がなく、リリカの前に飛び込むように氷の槍を体で遮ったナスタは、胸の中心を貫かれてしまった。
「お父様っ!」
ナスタの体は傷口を中心に凍結が広がり始め、一滴の血も流れ落ちないまま地面へと倒れ込んでしまう。
「はっはっはっ。自らの手でお前を殺そうとしていた筈なのに、いざとなると無意識に身を投げ出してまで守ってしまうとは……親子というのは不思議なものだな」
「お父様っ、帝国に帰ってまだ治療をすれば何とか間に合うかもしれないわ! 血だって出ていないし……」
「もし突かれたのが腕や足ならば、全身に凍結が広がる前にそこを切り落とせば助かっただろう。だが、私がやられたのは体の中心部。このまま氷像となって命尽きる運命だ」
「嫌よ! あなたが過去にどんな酷いことをしてきたとしても、私のたった1人の肉親なんだから」
「リリカよ。私は名門とされてきた家柄を守ることや、勇者として帝国の規律に従うことだけなら囚われてきた。だが、お前にはお前の好きなように生きて欲しい。それが、勇者ナスタとしてではなく、父親としての本心だった」
ナスタの体は手足の指先までもが凍り付き、いよいよ首から上まで氷の幕に覆われつつあった。
彼の目から流れた雫は、冷たい頬の上で結晶となって微かに光を放つ。
「今まで迷惑をかけたな。最期に父親らしいことを一つだけでもできてよかった。ありがとう……」
リリカの膝の上で、帝国の英雄ナスタ=クリヴィアは氷像となって果てた。
「ちょっと……これじゃあ何だか私の方が悪者みたいじゃない。私は今まで魔族たちのこんな姿を幾度となく見てきたの!今更人間風情が悲劇の主人公ぶらないでっ」
ミスティは1人の勇者の死を哀しむ空気に憤り、氷槍を皇帝目掛けて再度突き出そうとする。
「もう辞めるんだ、ミスティ」
彼女の凶刃を止めたのは、ユウシの光り輝く聖剣だった。
「帝国側でまともに戦える者はもういない筈だ。魔導姫ミスティはこの俺が相手をする。だから、あんたらはとっととここを去れ! そして、最後に本当の勇者になった彼を弔ってやってくれ……」
ミスティの槍をEXカリバーで受け止めながら、ユウシは皇帝たちに訴える。
「確かに、このまま戦えば全滅は不可避だな。パイン!リリカ! ここは退散だ」
ポトスはリリカと共に凍り付いたナスタの亡骸を抱え、洞穴の出口の方向へと歩き始める。
「魔導姫ミスティ、悪魔の子マリン、薬師レオン……そして、ユウシ=ハラン。余は貴様らの名を、姿を、"勇者帝国の反逆者"としてしかと記憶に刻み込んだ。次会った時は、命がないと思え」
去り際にそう言い残すと、皇帝はユウシたちに背を向ける。
リリカは何か言いたそうにユウシを見つめていたが、皇帝に従い無言のまま後ろを向いた。
パインも辛うじて立ち上がるとその後ろをふらつきながら歩き、帝国からの刺客たちはその場から去った。
「せっかくのチャンスをよくも台無しにしてくれたわね?」
魔導姫ミスティは怒りの眼差しをユウシたちへ向ける。
「ミスティ、もう武器を納めてくれ。俺はお前を殺す気はない」
「ここには僕だって居る。このまま戦ったとしても君に勝ち目はないと思うよ?」
レオンは獣化の薬をいつでも飲めるよう手に持ち、ミスティを静かに目で威嚇する。
「もうやめて!」
洞穴内に反響する涙声。対峙するミスティとユウシたちを制止させようと叫んだのは、マリンだった。
「私たちは人類を絶対悪だと信じてこれまで戦ってきた。けれども、さっきのあれを見た? この世界で強者か弱者か、その立場が違うだけで、人間だって魔族と変わらない」
「確かにそうね。だけど、魔族と人類は決して相容れない存在。それは歴史が証明してきた。魔族として生まれた以上、人類と戦うことは使命に他ならないわっ!」
「それは、あなたは魔族だからっ……魔族だからそんなことが断言できるんだよ」
肩を震わせ、ぽたぽたと顔から雫を落とすマリン。そんな彼女の姿を見て、ユウシとミスティは互いに武器を納める。
「思えば、お爺ちゃんが私にくれた"マリン=ブラッド"っていう名前にはちゃんと意味があったんだ。私の体に流れる血は、普通じゃない。魔族でもあり人間でもある私は、あなたみたいにどちらの側に立つのか簡単に割り切れないの!」
ミスティが人類を敵視する理由は、"人類だから"ーーただそれだけに他ならなかった。
半分は人の血を引く自分がミスティの目にどう映るのか、マリンは疑心暗鬼に陥っていた。
「マリン、あなたは私にとって特別な存在よ!たとえ半人半魔の悪魔の子だったとしても、あなたを憎んだりしないわ」
「あなたはそうやって私を魔族側に引き込もうとすればいいだけかもしれない。でも、私はわからなくなったの。魔族として生きるべきか、人間として生きるべきか、それとも生まれるべきではなかった忌まわしき"悪魔の子"としてこの世から消え去るべきなのか……」
ミスティは手を差し伸べたが、マリンはそれを振り払った。
「今はね……ミスティにも、勇者の帝国にも、そこの彼らにも、誰にも味方する気はないの。自分が何者なのかを見つけるまで、1人でいたい。今までありがとう、そしてさよなら」
マリンは涙を手の甲で拭い、洞穴の外へ向かって駆け出した。
「マリン、待って! 行かないで……」
幼き頃より心を通い合わせてきた大切な存在、親友であり家族でもあるマリンとの絆が切れてしまったことに絶望し、膝から崩れ落ちる魔導姫ミスティ。
「ミスティ、追いかけなくていいのか?大事な仲間なんだろ?」
「今ならまだ追いつけるはず。行こう!」
かつて対峙した冷徹な魔導姫は、今や友を失い悲しみに暮れる弱い少女と化していた。
ユウシとレオンは、そんな彼女に手を差し伸べる。
「あなたたち……」
「さあ、迷ってる暇があったらとにかく走るぞ!」
ユウシに手を引かれ、ミスティは立ち上がり地面を踏み締める。
「ありがとう。ユウシ、レオン」
ミスティの涙で曇った瞳は、彼らの言葉で輝きを取り戻した。
そしてユウシたち3人は、マリンを追って光射す洞穴の外を目指した。




