2. 勇者候補生たち
空が茜色に染まり出した頃、時計塔の鐘が城下町に鳴り響き、鴉の群れが羽ばたく。
勇者学校の校舎裏では、翌日に最終試験を控えた少年少女たちが石段に座り語り合っていた。
「ねえ、2人は勇者になったらどうするの?」
紅一点のリリカが幼馴染の少年たちに問いかける。
「俺は帝国で最高位の勇者になる! いずれはリリカのお父さんみたいに皇帝から金勲章を授かるんだ。そして、家族に楽な暮らしをさせたい」
「ユウシらしいわね。勇者になった時点である程度の裕福な暮らしは保障されるのに、敢えて一番上を目指すなんて」
ユウシは何事においてもトップにならなければ気が済まない性分であるが、他人を蹴落として上を目指そうとする思考は一切持ち合わせておらず、自分よりも優れた人物がいるならそれをさらに上回るように努力してきた。その結果、勇者学校首席の座に登り詰めたのだ。
唯一自分が学業で僅かに及ばないリリカに対しては、純粋に尊敬の念を抱いている。
また、家族思いな一面もあり、卒業して寮生活を終えたら父と母に恩返しがしたいと考えていた。
あまり裕福な家庭ではなかったので、前述の性分もあり、ハラン家を自分の代で帝国内有数の名門にしたいという野望も抱いていた。
「ヒロはどうなの?」
ユウシの話を黙って聞いていたヒロに、アクアマリンのように青く澄んだ瞳を向けるリリカ。
「俺は肩書きになんかにこだわらねえ。魔族を倒す、ただそれだけだ。免許を取ったら旅に出て、片っ端から魔族を皆殺しにする。やつらが絶滅するまでだ!」
「そうだったね。ヒロは入学した時からずっとブレなくて凄いな……」
ヒロは幼少期、両親の命を魔族によって奪われ、それからは復讐するためだけに生きてきた。
正々堂々とした勝負を好むユウシとは対照的に勝つためならどんな手段も厭わない性格で、噛み合わないこともあり2人はこれまで幾度となく衝突してきた。
別に不仲というわけではなく、互いの意思をぶつけ合えるだけの仲であり、良きライバル関係といったところだ。
「そう言うリリカはどうなんだよ?」
ヒロが訊き返すと、リリカは俯きブルーな表情を浮かべる。
「私、今まで2人みたいにはっきりとした大きな目標を持っていなかったの。名門家に生まれて、物心ついた時から周囲に期待を向けられ半ば義務感のようなものを感じながら流されるままにここまで来てしまった……」
高名な勇者一族の跡取りである彼女は、幼少期より周囲の大人たちから一流の勇者になることを宿命づけられていた。
ユウシやヒロのように自分の確固たる意思があった訳ではなく、これまで父親たちの期待を裏切らないようにという一心で頑張ってきたのだ。
「学校での生活は只々楽しかった。勉強に励んでいる時は嫌なことも何もかも忘れられたし、戦いの訓練では貴方たちには勝てなかったけど相手を打ち負かすたびに爽快感を感じていたわ。厳しすぎる家での生活に比べて寮生活は快適だったし。そして何より、授業が終わってからこうやって3人で話す時間が好きだった」
ユウシとヒロは、宝石のような彼女の瞳が雫を帯びているのに気づいた。
「2人と違って、私は未来を向いて生きていなかった。目の前にある楽しい今を日々消費してきただけ。その生活がいつまでも続くわけがないとわかっていながら……」
夕陽の光を反射して輝きながら落ちる涙を見ながら、ユウシとヒロは彼女の声に耳を傾けた。
「ねえ、ユウシとヒロは、勇者になってからの目標を1人で叶える気でいるのかな? それとも、誰か相棒や仲間になる人を見つけているの? もし、2人がよければ……」
その時、2度目の鐘が校舎の壁に反響して彼らに寮の門限の時刻を知らせた。
「もう、戻らなきゃね。明日はいよいよ最終試験だし、しっかりと寝て万全の状態で挑まなきゃ」
リリカは言いたかった言葉を呑み込み、涙を手の甲で拭ってにっこりと笑いながら言った。
「おやすみ」
3人の時間が終わる時、いつも決まってこの挨拶でお開きとなる。最後の"おやすみ"を残して去る彼女の背中を見送りながら少年たちは言葉を投げかけた。
「明日は3人揃って羽を持ち帰ろう!」
「話の続きは勇者になってからたっぷり聞いてやるから、あまり思い詰めて夜更かしすんなよ!」
リリカは立ち止まり、振り向いて小さく「ありがとう」と呟くと、女子寮へと入って行った。
「なあ、ユウシ。一つだけ卒業までにはっきりとさせておきたいことがあるんだ。他のやつらが寝静まった深夜、木剣を持って寮の中庭に来い」
「なんだ、ヒロも同じことを考えてたんだ。学校生活の最後の最後でこんなにも気持ちがピッタリ合うなんてな」
ユウシが思わず笑うと深刻な表情をしていたヒロもつられ、2人の笑い声が辺りに響いた。彼らは笑顔の奥に闘志を燃やしながら、男子寮へと向かった。