28. 明かされた真実
「ミスティっ! 大丈夫⁉︎」
勇者たちの聖剣の光が照らす洞穴の中に、友を心配して駆け寄る少女の声が響いた。
マリンは見えない大蛇によって締め付けられた勇者たちを通り過ぎ、自ら詠唱した呪文による拘束に苦しむミスティを抱き締める。
「よかった、無事だったのね……」
彼女は壊れた杖の宝玉を見て、追い詰められたミスティが捨て身で拘束呪文を発動したのだとわかった。
「もう大丈夫! 動ける私がこいつらを倒してあげるから」
「……ダメよ、マリン。ここから逃げて! 今ならまだ間に合う。外からこの洞穴に蓋をするの!」
「何言ってるの? 私だけが動ける今がチャンスじゃない。勇者を全滅させて2人でここを出ようよ」
「マリンには何も攻撃手段がないでしょ?」
土師族は、操れる土のない場所では普通の人間と何ら変わらない無力な存在と化してしまう。並の土師族よりも強い魔力を持った彼女でさえその例外ではない。
「攻撃手段ならあるわ!」
マリンは動けない3勇者へと歩み寄り、皇帝ポトスが持つEXカリバーへと手を掛けた。
「勇者が持つ剣型兵器は、手さえあれば魔族でも使える……昔、お爺ちゃんがそう言ってたのを覚えてる?」
ミスティに向かって微笑みながら、マリンは皇帝の指を強引に押し広げて聖剣の柄を手放させようとする。
「おのれ……愛剣を魔族の穢れた手で触られてたまるものか」
握る手の力を強めようとするポトスだったが、魔術による束縛で思うように指を締められず、遂に奪い取られてしまった。
「かかったな」
「……えっ⁉︎」
マリンがEXカリバーの柄を握ると、伸びた状態で地面に垂れていた光の鞭が意志を持ったように動き出し、彼女の体へと巻きついていく。
「余の武器には特殊な仕掛けが施されていてな。本来の所有者以外の者が触れると自動的にその者を拘束するようにできているのだ」
全身を縛られて身動きが取れなくなり、地面に倒れるマリン。
「マリン、今助けるわっ!」
ミスティは彼女の元へと駆け寄って"悪魔の蔦"を解こうとするが、魔族であるミスティの手は鞭化した退魔の光の凝縮体によって深い火傷を負ってしまう。
「ミスティ、やめて! 手が……」
「あなたを助けるためならこんな痛み、大したことないわっ!」
「……っていうか、ミスティ。もう動けるの?」
マリンの言葉で、ミスティは自分にかかっていた拘束呪文の効果が切れていることに気が付いた。
「……ということは」
「私たちも動けるようになったということだ」
嫌な胸騒ぎがして顔を上げると、つい先程まで直立状態で苦しみながら固まっていた筈の3人の勇者がミスティたちを見下ろすように立っていた。
「余の愛剣はしばらく武器としては使えぬ。リリカ=クリヴィア。こいつらの始末、お前の初大手柄としてくれてやろう!」
身動きが取れないマリンと、彼女を庇おうとその上に覆い被さるミスティ。
その2人にとどめを刺す役目を与えられたのは、まだ勲章すら持たない初陣に出たばかりの少女であった。
「ただでやられてたまるものかっ、氷槍!」
「そうはさせないっ!」
傷を負った手で杖を拾い握り締め、ミスティは魔導書を開いて詠唱しようとするが、右手が冷気を帯びる前に反対の手に持っていた魔導書を蹴り飛ばされ、不発に終わってしまった。
「この書物さえなければ魔術は使えないのだろう?」
「くっ……」
拳法師範の神速の足技によって攻撃手段を失ってしまったミスティ。魔族の少女2人には、もはや死を待つしか道はないかと思われた。
そんな彼女たちに対し、リリカは剣型兵器を張り上げる。
「……あ、あなたのその眼」
攻撃しようとするリリカの目に不意に映り込んだのは、自分と同じ青い瞳をした魔族の少女の目だった。
そして、彼女は剣を頭上に掲げたまま動きを止めてしまった。
「どうした? まさか、怖気付いたのか?」
「魔王の子孫だからといって気負うことはない。今となってはただの無力な魔族に過ぎない。さっきまでの鬼人たちと同じようにひと思いに斬ってしまえ!」
皇帝と拳法師範は躊躇うリリカを叱咤するが、彼女はEXカリバーを振り下ろそうとはせず、拘束されている少女の瞳をただ見つめていた。
「あなた……本当に魔族なの?」
しばらく続いた沈黙の末、リリカの口から零れ落ちたのは、自分が今斬ろうとしている相手が本当に魔族なのかを疑う言葉であった。
「何を言ってるの? 私はれっきとした魔族。人類なんかに従属しない崇高な土師族よ! ここでは何の力も使えないけど、土さえあればあんたたちなんか……」
「だったら、何であなたは退魔の光に触れても平気なの?普通の魔族だったらそこの彼女みたいに少しの接触だけで皮膚が焼けてしまうはずだわ」
光の鞭は手首など肌が露出している箇所にも巻きついていたが、触れた掌に火傷を負ったミスティとは対照的に、マリンの体は一切傷ついていない。
「た、確かに……何でだろう」
これまで自身の出生について特に疑問など抱いてこなかったマリンだったが、リリカの一言によって、自分が何者なのかという不安が渦巻き始めた。
「マリン、あなたは誰が何と言っても魔族よ!土を操る力が魔族であることの何よりの証。これ以上私の家族を侮辱するのは許さないっ」
彼女の心が大きく揺さぶられるのを感じたミスティは、これ以上リリカに何も言わせまいと反撃に転じようとした。
自分をマークする拳法師範パインの隙をついて地面を強く蹴ると、後方に落ちた魔導書を拾おう近くへ滑り込みながら手を伸ばす……
「無駄だ」
しかし、彼女の動きを読んでいたパインは先回りして魔導書を拾い上げ、ミスティの脇腹へ爪先がめり込むほどの強烈な蹴りを入れた。
「くっ……」
「リリカに斬られるのが待ち切れないのなら、私がその細首を蹴り折ってやろうか?」
地に伏したミスティの背中を踏みながら、パインは凍てつくような視線で見下ろす。
「リリカ=クリヴィア! そいつは"悪魔の子"……魔族と人間の混血者だ。退魔の光に身を焼かれないのもおそらくそのせいだ。だが、光源αを超高密度に凝縮したEXカリバーの刃で突き刺せば普通に殺せる! やってしまえ」
皇帝の言葉に押されるように、リリカは決意を固めた表情で遂に聖剣を振り下ろした。
すると、マリンの体を縛りつけていた光の鞭が消え去り、彼女は拘束状態から解放された。
「ど……どういうつもり?」
「私には、あなたを斬ることなんてできない」
リリカの光刃が突き刺したのは、皇帝のEXカリバーの制御石だった。
「リリカ、大丈夫かっ!」
すると、そこへ駆けつけてきた勇者ナスタが娘の後ろ姿に向かって大きな声で叫んだ。
「お父さん……?いいところに来てくれたわ。丁度、聞きたいことがあったの」
いつになく震えた低い声を発する愛娘に、父は戦慄を覚えながら耳を傾けた。
「この子、私の妹なんでしょ?」
リリカは青く澄んだ瞳で疑いの眼差しを父へと向ける。
彼女の目の前にいる母譲りの綺麗な目をした赤髪の少女の姿を見て、ナスタはそれが14年前に葬ったつもりになっていた娘だと一目で分かった。
「私、昔からずっと、妹がどこかでまだ生きてるんじゃないかって感じることが時々あった。お墓参りをするたびに、そんなことあるはずないって自分に言い聞かせてきたけれど……まさか本当に生きてたなんて」
「な、何を言っている? 妹のエリカは14年前に不慮の事故で亡くなっている。お前は今、私にとってたった1人の娘なんだぞ?」
隠していた事実が娘に看破されてしまったことに驚きを隠せないナスタであったが、あくまでもしらを切り通そうとする。
「それなら、この子の青く澄んだ瞳は何?私と同じ、お母さんと同じアクアマリンのような瞳。私の知っている土師族は皆、黒い瞳をしているわ。もし妹が生きていたなら14歳。丁度この子くらいのはず……辻褄が合いすぎてるのよ!」
「……なっ」
これ以上の嘘は通用しないと悟り、言葉を失うナスタ。
「どういうことか、説明してもらおうか?」
皇帝ポトスは怪訝な顔で狼狽する英雄を睨みつけた。
「もう偽りで全てを塗り固めるのは限界のようだ。正直に白状しよう。あれは14年前のこと……」
保身に固執することを諦め、彼は遂に長い間黙秘していた事実をありのままに話し始めた。
「念願だった2人目の子どもが産まれて私は歓喜した。しかし、間もなくしてその子が自分の子ではないことがわかった。しかも、妻の裏切りで使用人として雇っていた土師族の青年との間にできた子だったのだ」
「そんな……ということは、お母さんは」
父の告白を聞きながら、リリカは膝から崩れ落ちた。信じたくないような事実が明らかになることをある程度は覚悟はしていたが、綺麗な思い出だけが記憶に残っている亡き母が不貞をしていたということは、リリカにとって余りにも受け入れ難いものであった。
「私は許せなかった。だが、その怒りは、魔族によって妻の愛を奪われたことに対するものではないことに気付いた。私の勇者としての経歴に、クリヴィア家の名誉に泥を塗られたことに対する怒り……私にとって一番大事だったことは、愛などではなかったのだ。そして私は」
「もうやめて! そんな話、聞きたくない……もう訳がわからないよ。私は純粋な魔族でもなければ、人間でもないっていうことなの?」
ナスタの言葉を遮るマリン。彼女は他者によって次々に明かされる事実に頭が混乱し、それ以上の新しい情報を受け付けられない状態であった。
「今まで自分が魔族だってことに疑いすら抱かずミスティと戦ってきたのに……そんなの受け入れられるわけないよ!ミスティ、もしかしてあなたは知ってたの?」
「違う……そんな訳ないわ、マリン。あなたの生まれについては少しも知らなかった。私だって混乱してるよ」
14年の時を経て明かされた秘密は、少女たちの心を大きく揺さぶり動かした。
知りたくなかったと思ってももう手遅れな事実。それは彼女たちにとって、どこまでも残酷で、信じ難いものであった。
「忌々しい人間の血が私の体を流れていたなんて……今すぐ殺して! 私なんか消えてなくなってしまえばいいっ!」
立ち上がったマリンは涙を目に浮かべながら、勇者たちへ叫ぶように訴えかけた。
「哀れだな。ナスタ、貴様がやれ。14年前の不始末の責任、ここで取って余に示せ!」
「私もそのつもりでこの場に赴きました。エリカ……いや、今はマリンという名なのだな。悪いが、そこの魔導姫諸共ここで果ててもらう」
両手に持ったEXカリバーを大剣型に凝縮された光で漲らせ、ナスタは己の過去に決着をつけるべくマリンの元へと足を踏み出す。
「そうはさせないわ」
そんな彼の前に立ちはだかったのは、リリカだった。
「あなたにとっては血の繋がりもない忌まわしい"悪魔の子"でも、私にとっては姉妹であることに変わりはない。この子が魔族であると同時に私たちと同じ人間でもあるというのなら、尚更殺させる訳にはいかないわっ!」
EXカリバーを実の父親に向け、リリカは妹を背にして庇うように立ち塞がる。
「正気か? リリカ=クリヴィア!」
「剣を納めろ! さもないと、反逆者として斬られることになるぞ?」
誰も予想すらしなかったリリカの行動に、ポトスもパインも激しく動揺する。
「いいだろう。いくら娘でも、魔族の味方をするというなら容赦はしない」
かつて愛していた妻を亡き者にした時のような非情さを露わにし、ナスタは実の娘に剣を向ける。
「親子で殺し合うなんて、ダメだ。今すぐ止めないかないと……」
「待つんだ! 今はまだ出る幕じゃない。もうしばらく様子を見よう」
そんな彼らの様子を岩陰から見る2人の若者がいた。
ナスタの後を追って来たユウシとレオンは、この戦いを終結させるために動き出す頃合いを見計らっていた。
「さあ、かかって来い。リリカ」
「今度こそは……私自身の手で正義を示して見せる!」
2つの光の刃が激しい破裂音を響かせながら衝突し合う、親子の命と信念を賭けた戦いが幕を開けた。




