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勇者帝国の反逆者  作者: 畠山こくご
第四章 悪魔の子マリン=ブラッド
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26. 父の秘密

 ルドベキア帝国四天王の1人にして名門クリヴィア家の現当主・ナスタは、激しい爆発音とともに狼煙の上がった方角へと走っていた。


 娘の初任務の敵は、若き日より実力を競い合ってきたもう1人の英雄さえ凍死寸前に追い詰めた程の強敵・勇者殺しのミスティである。

 皇帝や拳法師範、その他銀や銅の勲章持ち勇者で固められた精鋭部隊とはいえ、彼は心配でならなかった。

 気が付けば、嫌な胸騒ぎに駆り立てられて与えられた任務を放棄し、鬼人(ゴブリン)狩りの現場へと走り出していたのだ。

 

 彼が北東の渓谷へと向かう理由はもう一つ存在していた。

 彼に与えられた任務は、帝国城下の外にいる土師族を見つけて始末するというものだったが、そんな者たちなど存在しないということを確信していたからだ。


 土師族は魔力を込めて生み出した土の傀儡を遠隔操作することが可能だが、その範囲は限られている。

 ダリア誘拐事件の際は帝国城から遠く離れた沼地に土巨人(ゴーレム)が現れたため、もし魔導姫ミスティの仲間の少女が一際強い魔力を持つ混血者ではなかった場合、城外に彼女以外の複数の戸籍なき土師族が潜伏していたという仮説が成立する。

 今回の作戦ではその場合に備えた保険として、遠隔操作により土巨人を北東の渓谷で暴れさせることができる範囲において土師族を探し、討伐する役割が必要だったのだ。


 「皇帝は幼き頃より頭の切れるお方だった。まさかとは思うが……」


 彼には、勇者皇帝ポトスが自分の秘密に勘づいた上で今回の任務を下したのではないかと疑心暗鬼になっていた。

 もし勇者ダフネの言う通り、土師族の少女が青い宝石のような瞳をしていたのなら、彼女は"悪魔の子"であることに間違いないのだから。


 14年前、ナスタとその妻・サティラとの間に2人目となる娘が生まれた。母譲りの青く澄んだ宝石のような瞳を持つ娘は、ナスタにとってはまるで天使のように感じられた。

 そんな幸せも束の間のこと。生後数日が過ぎた頃、髪色が父母どちらのものでもない葡萄酒のような赤であることにナスタは気付いた。

 サティラは問い詰められるまでもなく、自分から夫に裏切りの恋について白状した。


 当時、クリヴィア邸では2歳の長女の教育係や、大きな屋敷内の清掃・備品管理などの雑務を土師族の召使いに担わせていた。

 サティラの身の回りの世話は土師族の青年・ソイルが担っていたが、ナスタが多忙で不在がちだったことによる寂しさも後押しした結果、彼女は次第にソイルへと惹かれるようになってしまったのだ。


 当時、人間と土師族との交わりは既に禁止されており、発覚すれば死罪は確定であった。

 悪魔の子ーー人間と土師族の間に生まれる混血者は、たった1人で巨大な土の傀儡を自在に動かせる程の強い魔力を持つため、帝国から脅威と見做されているのだ。


 もしサティラとソイルの関係が世に露呈してしまった場合、彼女たちとその子・エリカの死罪は勿論、不貞を許してしまったナスタ自身の経歴並びにクリヴィア家の品格にも大きく傷が付くことになってしまう……

 そのことを恐れたナスタは、自らの手でサティラとソイルを殺害し、赤子だったエリカは鬼人(ゴブリン)たちの巣窟へと置き去りにしてしまった。

 帝国には世話係だったソイルの職務怠慢によってエリカが事故死したと偽り、勇者特権でソイルを処刑、サティラは子の後を追って自害したという旨で報告して事態を収めた。

 それからは、当時2歳だったリリカと親子2人で生きてきたのだ。


 「まさか、エリカが生きているなんて……」


 土師族は名誉魔族として唯一人間社会に受け入れられてきた種族であるため、日々勇者の帝国によって命を脅かされている他の魔族たちにとっては羨望の対象であった。

 新生児を直接殺めることなど到底できなかった彼は、土師族の子であれば他の魔族たちが代わりに死なせてくれるだろうと期待して鬼人の手に委ねたのだが、たとえ魔族といえども無力な赤子相手には非情になれなかったようだ。


 そして、彼は遂に勇者対鬼人の戦闘が繰り広げられていた戦場へと辿り着いた。


 「ついた……こ、これは?」


 偽りの正義で家柄と自らの地位を死守してきた英雄は、そこで予想もしていなかった光景を目にする。


 「リリカ! どこにいる? 無事かっ⁉︎」


 渓谷内には鬼人たちの死骸に混ざって勇者たちが倒れていたが、既に息が無いようで、その周囲には生き残った鬼人たちが群がっている。

 ナスタの声に気が付いた鬼人たちは、救世主たちが不在の状況で新たに出現した勇者を強く警戒し、各々が武器を握り締めて身構えた。


 「娘は……娘はどこだっ!」


 彼らに問いかけても返事などある筈もなく、ナスタは茫然と立ち尽くす。その心の中には、後悔の念が渦巻いていた。


 「こんなことなら、初めからここへ足を運んでいれば……」


 ナスタは最初から魔導姫ミスティの協力者たる土師族がエリカーー即ち、マリン1人であることを分かっていたが、いきなり鬼人狩りの現地へ助太刀に入れば自分の過去の嘘が露呈してしまう……そんな懸念から、周辺を巡回して時間を潰した後に加勢しに行くつもりでいた。

 結局、心配の余り予定よりも早くに戦地へと赴いたのだが、時既に遅し。渓谷内での戦闘は既に終わった後だった。


 「よくも……よくもっ!」


 大剣型EXカリバーを起動させたナスタは、生き残った鬼人たちを容赦なく斬り倒していく。

 渓谷の隅から隅まで駆け巡り、襲いかかってくる者や逃げ遅れた者は容赦なく斬り刻みながら娘の姿を探し回った。


 しかし、今では自分にとっての唯一の肉親となった愛娘はどこにも見当たらなかった。


 「あ、あれは……?」


 静寂さに包まれた戦場で1人嘆く父親。その姿を遠目に捉え、事態の異常さを察して急ぎ足で向かってくる2人の若者がいた。


 「あの男性……確か、帝国四天王の1人じゃなかったか?」

 「ああ、あの金色の髪に細身の体、それでいてただならない圧のようなものを纏っているのは、ナスタ=クリヴィア……彼以外に存在しない!」


 彼らは、跪いて地面を叩きながら叫び続けている英雄へと駆け寄り、事情を尋ねようと声をかけた。


 「大丈夫ですか?」


 先に声をかけたのはレオンだった。薬箱を下ろして治療の準備をしようとしたが、目視で怪我という怪我は見つからず、身体的には極めて良好な状態であると判断して再び荷物を背負った。


 「ナスタさん? ここで一体、何があったんですか?」


 続けてユウシが彼に声をかけると、(ようや)く我に返って(やつ)れた顔を上げ、2人の若者の姿を見た。


 「お前たちはっ!」


 1人は勇者候補生ヒロを殺害した罪に加え、娘リリカの正義観に悪影響を及ぼした憎き存在。リリカ殺傷未遂の罪まで着せ、凶悪な指名手配犯へと仕立て上げた元勇者候補生のユウシ。

 そして、もう1人は魔族でありながら人間に化けて社会に溶け込み結婚までしようとしていた詐欺師(ペテンし)レオンだった。

 

 失意の最中現れた帝国の反逆者たちに対し、ナスタは己が築き上げてきた正義を光の刃に込めて振りかざした。


 「な、何をするんだっ?」

 「ユウシ、彼は正気じゃない!」


 いきなり攻撃を仕掛けてきたナスタに困惑するユウシ。レオンの瞬発力によって斬られずに済んだが、ナスタは凄まじい殺気を放ちながら次なる一撃を見舞おうと間合いを詰めてくる。


 「今は戦うしかなさそうだな……」


 自分よりも遥かに格上の勇者を相手に戦う覚悟を決め、ユウシはEXカリバーを作動させた。


 「ユウシ! まともに戦って勝てる相手じゃない」


 薬師レオンはそんな彼を止めようとする。

 実際、使い手の実力と武器の性能、そのどちちらにおいても優位な点は存在せず、負けは確実と言うべきだった。


 「罪人よ。そんな初歩的な武器で戦うつもりか?」


 一般的に両手持ちの大剣はリーチが長い分、大振りで隙が大きいが、EXカリバーの光の剣身には質量がないため片手剣と変わらぬ速さで軽々と振るうことができる。

 そのため、ナスタの持つ大剣型は一般的な剣型のほぼ上位互換と言っても過言ではない性能なのだ。


 「罪人……か」


 ユウシは相手との実力差など特に恐れてはいなかったが、ナスタの言い放った"罪人"という2文字が重く心にのしかかり、光の刃を納めてしまった。


 「確かに貴方からすれば、俺は人殺しの罪人だ。だけど、俺にとっての貴方は敵でも何でもない。だから、俺が貴方を斬る理由なんてないんだ」

 「ほう、戦うことを諦めたか。ならば、潔く斬られるがいいっ!」


 ナスタは光の大剣を振り下ろし脳天から叩き斬ろうとしたが、ユウシは再び起動させたEXカリバーでそれを防いだ。


 「貴方を殺す気はないとは言ったけど、死ぬ気はまだないっ!」


 EXカリバーは質量を伴わないため、片手剣であっても両手持ちをすれば、腕力勝負で大剣を受け止めることができる。

 ナスタはダフネのような筋肉質な体つきではなく、パワーよりも技巧で戦うタイプの勇者なので、若いユウシでも力負けせず互角に押し合うことが可能だった。


 「面白い。この私の本気を見せてやろう! 娘の仇を討ってやる」


 ナスタは大剣型EXカリバーを右手のみで持ち、懐から取り出したもう1つのEXカリバーらしき装置を左手に握った。


 「待って! 今何て言った? 娘ってリリカのことか? 仇ってどういうことなんだ⁉︎」


 ユウシは突然彼の口から出た"娘の仇"という言葉に食らいついた。

 その言い回しはまるでリリカが死んでしまったかのように感じられ、ユウシは途端に冷静ではいられなくなったのだ。


 「お前がリリカを誤った正義観で(たぶら)かしさえしなければ、こんな危険な任務にも駆り出されずに済んでいたかもしれないのだっ!」


 周囲に点在する鬼人と勇者の亡骸を大剣の切先で差しながらナスタは言う。


 「おい、ユウシ。僕たちはミスティとマリンを追って来た筈だ」

 「そう言えば……あの2人の姿が見えないな」


 レオンの言葉に少し冷静さを取り戻し、本来の目的を思い出したユウシ。


 「私が来た時には既にこの有様だった。魔導姫ミスティの姿も、鬼人討伐部隊を率いていた皇帝の姿も、どこにも……」


 ナスタは途端に自分の視野が狭くなっていたことを自覚し、熱した鉄が冷めるように心を渦巻く殺意の荒波が収まった。

 これまで娘のことしか眼中になく、守るべき主君や倒すべき敵の存在を忘れていたことに気付いたのだ。


 「ミスティとマリンの匂いを感じる。崖の上の洞穴の中だ!他にも3人ほど人間がいるようだ」


 渓谷内に充満する血の匂いに鼻が慣れてきた頃、レオンは探していたミスティたちの匂いを察知した。


 「3人……まだ死体を見ていないのも丁度3人だ。ということは、まだリリカは無事なのかっ!」


 ナスタは剣を納め、全速力で崖を駆け上がって行った。


 「僕たちも行こう!」

 「ああ!」


 その後ろを追って、2人の若者も、まだ戦いが繰り広げられているであろう洞穴の奥へと急いだ。



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