25. 霧隠れの王冠
真っ暗な洞穴の中、勇者皇帝ポトスは細川型EXカリバーの光る刃で周囲を明るく照らしながら奥へと進んでいた。
「この先からは風の気配を一切感じない。つまり……」
しばらく突き進むと、来た道以外に通路らしきものが見当たらない広い空間へと到達した。
「行き止まりか」
「やっと追い詰めましたね!」
間もなくして後ろから追いついてきたパインたち。リリカが指差した先には、石以外に何もない空間で1人佇む魔導姫ミスティの姿があった。
「待っていたわよ、人類の王。まさか、自ら最前線に出てきてくれるなんて思ってもなかったけど好都合だわ。貴方さえ倒せば、人間の世は終わる」
ミスティの言葉に、皇帝ポトスは肩を震わせて笑い始めた。
「はっはっはっ……それ、本気で言っているのか?だとしたらとんだ世間知らずだ。余を倒したところで、次の皇帝が即位して意志を継ぐだけのこと」
「だったら次の王も殺してやるわ。その次の王も、その次の次の王も……勇者の血を引く王家の者が全滅するまで何度だって」
「王家の者が全滅すれば、人々は別の者を王として祭り上げ、新たな王家を生むだろう」
「けれども、それはもはや勇者の血を引く王者ではないわ」
「血だと? そんなものは関係ない。王家の者は一般の国民と何ら変わらぬ、何の素質も持たぬ、偶々王家の身分に生まれただけに過ぎない"ただの人"だ」
ポトスは自分が選ばれし者でも何でもないことを正々堂々と声高に宣言し始めた。
「ただの……人?」
ミスティは彼の言葉の真意がわからず首を傾げる。
「どういうことですか?」
「それって、とてつもない重要機密なのでは? 私なんかが聞いてしまって大丈夫なのでしょうか……」
ルドベキア帝国の王家の者たちは、1000年前から先祖代々"真の勇者"の血を受け継いできたーーそれを皇帝本人により真っ向から否定されたことによって、パインとリリカも訳がわからずただ混乱するのみとなっていた。
「勇者の資質は遺伝によって継承されるものではない。退魔の力を持つ"選ばれし子"はどこに生まれてもおかしくないのだ。木こりの子、商人の子、万年無勲章の勇者の子……誰の元に生まれてくるかわからないが、分かっていることはただ一つ。生まれき退魔の力を備えた"真の勇者"が生まれるのは、魔族の王がこの世に現れた時だ」
ポトスは灯り代わりにしていた聖剣をミスティの方へと向け、攻撃体勢に入る。
「魔王は数千年前から幾度となく転生を繰り返し、この世界を危機に陥れてきた。その度に退魔の力を持つ勇者が現れ、それを滅ぼしてきた。だが、魔王の魂は何度倒しても長い年月を経て新たな肉体とともに生まれ変わり、きりがなかった。そこで、1000年前の勇者たちは魔王を滅ぼすのではなく、魂の器である肉体ごと現世に封印することにしたのだ」
「随分と歴史に詳しいのね。私が教わったことと全く同じだわ。魔族と人類、双方で言い伝えに食い違いがないということは、真実で間違いなさそうね」
ミスティは納得した表情で勇者皇帝の語りに耳を傾ける。
「しかし、1000年前の魔王は先祖たちの思惑を知ってか知らずか、子孫を残していたのだ。やがて長い年月が過ぎ、その子孫を魔王の後継者として祭り上げた魔族たちが一斉に蜂起したが、その頃は既に退魔の力の原理が解明され、勇者が数十人もいる時代。呆気なく返り討ちにされ、魔王の血族は根絶された……それが我々人類に伝わっている歴史だ」
「よくできました。物知りな王様に拍手したいところだけど、生憎両手が塞がっててね」
魔導書を開き、右手に杖を持っていつでも呪文を発動できる体勢をとりながらミスティは彼を称賛する。
「だが、余はその歴史について半信半疑だ。魔王が封印され子孫も生き残っていないのならば、勇者など生まれるはずがないのだからな!」
ポトスが右手に持つEXカリバーの制御石を左の掌で押すように触れると、柄から生じた鋭い光刃が高速で魔導姫ミスティの胸部に向かって細く長く伸びた。
「くっ、伸縮自在というわけね」
間一髪で攻撃を防ぐミスティだったが、その切先を受け止めた杖の宝玉は砕け散ってしまった。
「……貴様、魔王の子孫だろう?」
伸ばした剣身を元の長さまで縮めながら、皇帝は確信したような表情で魔導姫に問いかけた。
「御名答よ。なぜわかったの?」
肯定するミスティ。目の前の敵が"魔王の子孫"であるという事実に、パインとリリカは戦慄する。
「勘だよ。これは勇者が備えていたという"蝶の知らせ"なんかじゃない。同じ立場だからこそわかる、共感のようなものだ」
「共感? 人間如きに私の気持ちなどわかるはずもないわ」
「いいや、わかるんだよ。貴様も魔王の血族の末裔ではあるが、魔王ではない。ただ、子孫に生まれてしまったから、魔族の首領として担ぎ上げられ、その役目を代行しているに過ぎない。たかが勇者の子孫に過ぎない余と同様にな!」
魔導姫ミスティ=クラウンの名は、彼女を育てた老魔族によって名付けられた。
勇者の帝国に見つからぬようごく一部の魔族以外には存在を隠されながら魔族の救世主として育てられてきた……それが、霧隠れの王冠の名の由来なのだ。
「お前たち! 魔王の子孫だからといって恐れるな。たかが一魔族に過ぎない! それに、杖の宝玉が砕けた今、奴は魔術を使えないばずだっ」
皇帝に発破をかけられ、パインたちも戦闘体勢に入る。
「なかなか頭の切れる王様だけど、この杖に関しての見立ては的外れね。この子はあくまでも攻撃の座標を指定する"ポインター"に過ぎないわ。的を絞れないのは少し困るけど、これだけ石が散らばっているなら貴方たちを葬るのに支障ないわ……」
ミスティは背中に隠していた大きな翼を広げると自身の体を守るように包み込み、呪文を高らかに詠唱する。
「飛翔石!」
彼女の声に反応するように、洞穴内に落ちていた無数の石たちが振動し始めると、空中へと浮き上がり、縦横無尽に周囲を飛び回り始めた。
杖の導きがなく標的の定まらない石の弾丸たちは、高速で空を裂きながらポトスたちにも襲いかかる……
「ここは、風読みの拳でお守りします」
「待て、その必要はない」
禁じられた奥義を使おうとするパインを制止し、ポトスは細剣型EXカリバーの柄の下部についた制御石に触れる。
「悪魔の蔦」
彼が聖剣を振るうと、それまで細剣の形を留めていた退魔の光は植物の蔦のような形状へと変化し、鞭のように大きくしなって飛び交う石の弾幕を悉く粉砕していった。
「金勇者にさえ持つことを許可していない多機能型EXカリバー……これ一つで実質、細剣と鞭の2種類の武器を持っているというわけだ」
翼の隙間から自身の攻撃が失敗に終わったことを見ていたミスティは、想像していた以上の実力差に恐れを感じていた。
彼女が操った石の弾丸はコントロールが効かず自らの翼を傷つけていたが、勇者皇帝の操る"悪魔の蔦"は複雑な軌道で全ての石を破壊したにも関わらず味方の人体に擦り傷ひとつつけていなかったのだ。
必死でページを捲り次の呪文を詠唱しようとするが、杖による制御なしで扱えて尚且つ敵を倒せそうなものが見当たらない。
「終わりだ、魔導姫ミスティ」
勝ち誇ったように口元に笑みを浮かべる勇者皇帝ポトス。
「ふふっ、あとは頼んだわよ。マリン」
魔族の救世主は死を覚悟し、瞼を閉じた。
その頃、洞穴の外ではマリンが苦悩しながら右往左往していた。
ーーもし、いくら待っても私が戻らなかったら、勇者諸共この洞穴に閉じ込めてしまって!
事前に打ち合わせていた作戦通りなら、とっくに土巨人に入口を塞がせる頃合だったが、彼女の無事を信じたい気持ちがそれを妨げていた。
「そんなこと……できるわけないじゃん!」
マリンは迷った果てに決意を固めると、ミスティの無事を願いながら、狭く長い暗闇の中へと駆けて行った。




