23. 王弟殿下の野望
帝国領北東で皇帝率いる精鋭部隊と魔導姫ミスティが戦闘を開始した頃ーールドベキア帝国城内には国内に戸籍を持つ全ての土師族が集められていた。
「では、次の者」
対象者は大広間に待機させられ、1人ずつ順番に4つ設けられた取調室へと呼び出されていく。
各取調室には尋問官である銀勲章勇者とその補佐役の銅勲章勇者が1名ずつ配置されており、中に入った者は銅勇者がEXカリバーをいつでも起動できるよう構えている状況下で銀勇者の問いに答えていく形となる。
取り調べの総指揮を執るのは王弟アルセアであり、各取調室で"疑いあり"と判定された者は彼の待つ執務室へと連行されて更なる聴取を受けることとなっている。
今回の主な調査事項は、身につけた魔封輪が正常に起動しているか、人間との交わりがないかどうかの2点であった。
名誉魔族として住民権を与えられ城内及び城下で暮らしている土師族は総勢212名。彼らは皆、魔封輪という着脱不可能な能力制御装置を腕に取り付けられており、それらが正常に起動していれば土を操ることは不可能である。
また、出産や死亡などの異動についても人間の国民同様に逐一戸籍で管理されており、もし人間との交わりが発覚した場合には極刑が課されることとなっている。人間と土師族との間に生まれた子には通常を遥かに超える絶大な魔力が宿るという事例がこれまでに確認されているからだ。
こういった対策により、土師族は人類に対する裏切り行為がないよう徹底的に管理されているものの、帝国からはその類稀なる知能の高さを警戒されており、これまでの歴史でも有事の際には幾度となく疑いをかけられてきた。
彼らは肉体的には人間よりも非力だが頭脳明晰で、EXカリバーの開発など多くの科学的発展を文明にもたらし人類に貢献してきた。その知力を重宝される一方で、恐れられてもきたのだ。
「王弟殿下! 1名、逆心ありと疑わしき者がいました」
執務室のドアを敲く音。
「入れ」
金の装飾が施された扉が開くと、銅勲章の勇者に連行されて赤髪の壮年男性が入ってきた。
「お前は、科学技術研究院の筆頭研究員・ワイズマンではないか」
見覚えのある顔に驚くアルセア。
「殿下。この者は、魔封輪が機能していない状態を誤魔化したまま城内の研究院に勤務しておりました」
疑惑の人物の右腕に取り付けられた魔封輪には、小さくひび割の入った丸い宝石が輝いている。
魔封輪の動力を司るのはEXカリバーと同じく埋め込まれた人工の制御石であり、それが僅かにでも損傷すると機能が停止してしまうのだ。
「お待ちください。私には逆心など御座いません。ただ、この頃多忙でして、数日前に故障してしまってから中々修理できておらず……」
「故障……か。その人工石は光源αを高密度に凝縮して形成されたEXカリバーの刃でなければ傷一つつけられないほど頑丈な筈だ。故意に傷つけなければ故障など有り得ない」
王弟アルセアの突き刺すような冷たい視線を受けて、ワイズマンは顔が青ざめてゆく。
「信じてください! 勇者でない私がEXカリバーを扱える筈がない。だから、故意に壊すことなどできません」
「科学の専門家でない儂のことを騙せると思ったか? 舐めるのも大概にしろ。EXカリバーは本来勇者しか使えない退魔の力を"誰でも"使えるように開発した兵器だ。誰でも……つまり、柄を握り制御石に触れる"手"さえあれば魔族にだって扱うことが可能だ」
「確かに手に入れられれば使用することはできるかもしれません。しかし、EXカリバーは各勇者が大事に持っており、私がそれを奪って扱う隙など……」
「EXカリバー開発部門のあるお前の仕事場なら、納品前の完成品や廃棄予定の失敗作が山ほど置いてあるだろう?王族の儂が無知だと思ったら大間違いだ」
王弟アルセアはペンダントを首から外すと青く輝く石に指を触れた。すると、高密度の光の刃が現れ、|短剣型のEXカリバーへと変化した。
「ま、待ってください! 今私を殺せば、"癒しの技"の研究がストップしてしまいます!」
「何年も進捗のない研究を続けている無能なリーダーなど、裏切り行為を見逃してまで我が帝国で飼い続けるメリットは皆無だ。逝け」
アルセアは光刃を振りかざし、必死に訴えるワイズマンの喉笛を掻っ切った。
「役立たずを解雇する良い機会になったよ。亡骸は片付けておけ」
王弟が蹴飛ばしたワイズマンの骸は、連行してきた銅勇者に抱えられ執務室の外へと速やかに運び出された。
「アンジー、この深紅の絨毯でも血の色は目立つな。この取り調べが終わったら変えておけ」
「承りました。ところで、ワイズマンを死なせてしまって本当によろしかったのですか?」
秘書アンジェラは心配そうな表情で彼の横顔を見る。
「知っているか? 1000年前、この世界を支配していた魔王を討ち倒したのは4人の若者たちだった。退魔の力を生まれ持った選ばれし"勇者"、剣の腕前は勇者をも凌いだとされる"剣士"、類稀なる武術の才能で勇者を支えた"拳法家"……そして、どんな傷でも手を翳すだけで治すことができたと云われている"癒し手"だ」
「ええ、幼き頃より歴史書を愛読しておりましたので」
問いかけに対し、違う切り口で質問を投げかけられ困惑した表情で返すアンジェラ。
「彼らが誇った退魔の力と剣術、武術は後世に受け継がれ、1000年後の現在まで残っている。だが、癒しの力だけは原理が解明できぬままだ。科学技術研究院にはこれまで莫大な財を投資してその力の再現を試みさせてきたが、成果は出なかった」
「研究院にはワイズマンを超えるような科学者はいなかった。彼を殺して後任に研究を委ねたところで、前進するとは思えません」
「癒しの力はあと何年研究したところで手掛かりさえ見つかるかどうかわからない。それは奴が生きていたとしても同じこと。だが、儂らはそれに代わる確実なものを見つけた」
アンジェラは王弟の言う"確実なもの"が分からず考え込んだが、しばらくしてその答えを閃いた。
「……薬師レオンの持つ薬学の力ですね」
「ああ。しかし、獣王族には元々魔族随一の速さと雷を操る力くらいしか特筆すべき能力はなかった。魔王が敗北してから衰退の一途を辿っていた彼らがあれだけの技術を独自に獲得したとは考えにくい」
「だとすると、彼に薬師としての技能を授けた何者かが存在するということでしょうか?」
「恐らくな。儂が怪しいと踏んでいるのは、勇者が活躍した時代よりも後の伝承に登場する"薬師仙人"だ。人間か魔族かを問わず、あらゆる傷ついた生命を薬の力で癒したとされているが、当の本人は不老不死の体を持っていたとされている」
「つまり、それが本当なら現在もその仙人が生きているということですね」
「薬師レオンを捕まえれば、その技術を我々が手にすることができるかもしれない。場合によっては、不老不死の薬を作ることさえ夢ではないのだ」
「それで、勇者ダフネをレオン捜索に向かわせたのですね。もし、不老不死の技術が手に入ったら……」
「どうするか、それは君も分かっているだろ?」
王弟アルセアの問いかけに対し、秘書アンジェラは口元に笑みを浮かべながら静かに頷いた。




