20. 2人の英雄
帝国首脳会議の後、城内の廊下で勇者ダフネは長年のライバルであり友でもあるナスタを呼び止めた。
「おい、ナスタ!」
「何の用だ? ダフネ」
「あの場では言わないでおいたが……魔導姫を助けに現れた土師族の少女は青い宝石のような瞳をしていた。歳は14くらいに見えたが、まさかお前っ」
「……何だと? 馬鹿なことを言うな! エリカは死んだ。その事実に偽りなどないっ! これ以上私を貶めようというのなら、お前が相手でも容赦はせんぞ?」
ナスタはEXカリバーを起動させようと柄に右手をかけた。
「ナスタ! 金勲章の勇者ともあろう者が何をしている? ここは神聖なる城内だぞ」
「こ、これは王弟殿下っ! お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」
一触即発の状況に突然割って入ったのは、秘書を後ろに従えた王弟アルセアだった。彼の登場によって冷静さを取り戻した勇者ナスタは、武器から手を離してその場で跪いた。
「ナスタよ、もう下がるがよい。儂はダフネに用があるのだ」
「ははっ。仰せの通り、これにて失礼致します」
ナスタは一礼すると足早にその場を去った。
「さて、ダフネよ」
「殿下、如何なさいましたか?」
「城下の土師族の取り調べだが、その件に関しては儂がいれば十分だ。優秀な部下がいるからな」
アルセアの後ろで眼鏡をかけた赤髪の女性が微笑みながら会釈をした。
王弟の秘書である彼女も名誉魔族として帝国城に仕える土師族の1人であり、取り調べの対象者となるはずだが、それを感じさせない程の余裕めいた表情を浮かべている。
「その代わりに、其方に頼みたいことがあるのだ」
「それは、皇帝陛下ではなく王弟殿下直々のご命令ですか?」
「その通りだ。皇帝は亡き父に劣らぬほど頭の切れる男だが、傲慢さ故に詰めが甘いところが欠点だ。会議で薬師レオンのことを"たかが獣王1匹"と一蹴したが、彼の真の恐ろしさは獣王としての力ではなく薬師としての力だ」
実際、レオンが用いていたそれらの技術は、帝国が誇る最先端薬学の水準を遥かに凌駕していた。
「獣王族の肉体を人類の姿に変化させたり、身体能力を倍化させたりといった技術を応用できれば我が帝国の戦略を大幅に飛躍させることができる。ダフネ、お前には奴を見つけ出し生け捕りにして欲しいのだ」
「そのような意図で御座いましたか」
「皇帝は自分の発言を否定されるのを酷く嫌う故、あの場では言わなかったが、今其方に下した命令のことは後日伝えておこう」
「このダフネ、しかと承知致しました!」
「では行けっ」
「はっ!」
帝国が誇る英雄ダフネは王弟たちに背を向け、長く続く廊下の先へと駆けて行った。
一方、一足先に帝国城を後にしたもう1人の英雄は、城下でも有数の大きさを誇るクリヴィア邸はと帰還していた。
「おかえりなさいませ」
執事の出迎えを素通りし、いつになく不機嫌な当主は屋敷の広間へと入る。
「お嬢様、掃除なら私どもの仕事。居室にてごゆるりとなさいませ」
「じっとしているのは御免だわ。それに、掃除なら寮生活で慣れてるからお手のものよ!」
「そこで何をしている?」
「お父様!」
「旦那様、おかえりなさいませ!」
悲劇の最終試験以後、鳥人の羽根を持ち帰ったリリカは正式に勇者となっていた。
事件についての報告は父であるナスタが皇帝に行い、リリカには心身共に傷を負ったとして在宅での療養命令が下っていた。
「リリカ、家の中で過ごすのは随分と退屈なようだな。聞け、朗報だ」
ナスタは筒状に巻かれて封を施された令状を放り投げ、リリカはそれを受け取る。
「遂に、私にも勇者としての任務が与えられたのですね!」
嬉しそうに開封し、並んだ文字を見てリリカは驚愕した。
「こ、皇帝陛下の遠征の同行っ?いきなりそんな大役を……」
「私を含め、名門・クリヴィア家出身の名だたる勇者たちも皆最初は簡単な任務しか与えられて来なかった。お前の抜擢は異例中の異例! それも皇帝直々の大変誉れある指令だ。心して行くがよい」
「ありがとうございますっ!」
読み終えた令状を元通り綺麗に巻いて封をすると、それを小脇に抱えて居室へと支度に向かおうとするリリカ。
広間の出口に差し掛かったところで彼女は立ち止まって振り向き、父に一つ気掛かりなことを尋ねる。
「お父様。ユウシについてなのですが……彼は無事見つかったのですか?」
「まだ保護されていないが、いずれ見つかるだろう。彼のことは気にせず、今は皇帝をお守りすることだけを考えなさい」
「はい、わかりました」
残念そうな顔をしながら、リリカは退室した。
「くそう……生まれてこの方、順風満帆にやってきたつもりだったが、ここにきて厄でも巡ってきたというのか?」
ナスタは装備を身に着けたまま広大な庭に繰り出すと、城内で抜き損ねた光の剣を起動させた。
彼の持つEXカリバーは通常の剣型の倍の長さと幅を持つ大剣型であり、ナスタは両手でその柄を握り締めると並べられた訓練用の木製人形を次々に薙ぎ倒してゆく。
「一体どこで間違えたというのだ? 完全無欠の英雄の筈が、どうしてだ……」
彼は、大きな嘘をついていた。
最終試験の後、帰って来た娘は起こった出来事の一部始終を涙ながらに語り、自分を守って罪を負ったユウシの救済を父に求めた。
ナスタは傷心の一人娘を悲しませまいとその場では訴え全てを快諾し、帝国への報告は全て自分が代行するという形で納得させたが、いざ報告するとなると保身したい心理が働きありのままを伝えることができなかった。
魔族を庇ったというリリカの行動は、魔族の討伐を使命とする勇者の理念に反するものであり、それが判明すれば勇者候補生の資格が剥奪されて"再教育プログラム"という名の収監生活が始まってしまう。
跡取りである彼女がそうなってしまえば、クリヴィア家の将来はない……その思いから、事実を歪曲して皇帝に報告したのだ。
その内容は、ユウシは魔族に唆された反逆者であり、ヒロを殺害した後でリリカにも襲いかかったが、彼女に撃退されて逃亡した……というもの。
リリカには療養生活を長く続けさせながら価値観を徐々に矯正していき、ユウシが捕まり処刑されて世間から名前も忘れられた頃に、やっとを外に出してやるつもりでいた。
そのため、今回の皇帝からの指令は計算外のことであり、その他にも自身が滅した筈の獣王の生き残りが存在していたこと、もう一つの重大な嘘が明るみになりそうなことなども相まって、勇者ナスタの精神は極限まで追い詰められていたのだ。
そんなことを知る由もない娘のリリカは、居室で再び令状を広げて読みながら初任務への期待と不安を募らせていた。
「出立はもう明日。支度はもう整えた。あとは軽く訓練で汗を流したら、しっかりと食べてから早く寝て、朝を迎えるだけ。勇者になれなかった2人の分まで頑張るよ、私」
リリカは覚悟を決めた表情で、EXカリバーを手に屋敷内の訓練場へと向かった。




