19. 帝国首脳会議
ルドベキア帝国城・首脳会議室ーーそこには、帝国の最高権力者である勇者皇帝の下、補佐役の王弟、そして金勲章を持つ4人の勇者が召集されていた。
「魔導姫ミスティには仲間がいました。赤い髪をした魔族の少女……彼女は巨大な土人形を操って敗北寸前のミスティを救出すると、沼地から姿を消したのです」
首脳会議の議題は勇者殺し・魔導姫ミスティの討伐についてであり、この中で唯一彼女と戦ったことのある勇者ダフネがその時の詳細を報告していた。
「成程。ここまでの話を纏めると、其方の娘・ダリアを人質として誘拐した魔導姫ミスティは、"他の勇者を連れてくるな"という条件で沼地に其方を誘き出した。条件の裏をかいた其方は、道中で偶然会った娘の婚約者・薬師レオンと勇者候補生・ユウシを連れて行き戦うことにした。敵の氷を操る魔術によって全滅の危機に晒されたが、それを救ったのは獣王族の末裔としての本性を現したレオンだった。彼がとどめを刺す寸前で、土師族の少女がミスティを連れて逃げた……ということだな?」
ダフネの話した内容を要約したのは皇帝の向かいに座する金髪碧眼の少年ーー王弟アルセアだ。
彼は1持ち前の頭脳明晰さで皇帝の補佐役として手腕を発揮し、部下たちから高く評価されている。
また、王族故に幼少期から特別な訓練を受けており、4年前の時点で既に勇者の資格を有している。その実力は、金勲章に匹敵する程だと言われている。
「待て、ダフネ! 獣王族ならこの俺が十数年前に絶滅させた筈だぞ⁉︎」
ダフネに対して異論を述べたのは、彼と同期で三十年来の戦友である勇者ナスタであった。
彼は古来から数々の名だたる勇者たちを輩出してきた名門・クリヴィア家の現当主であり、17年前に獣王族を滅ぼした功績を認められて30代前半という異例の若さで金勲章を授かったという経歴を持っている。
「友よ。ダリアが薬師レオンと交際するようになったのは2年前のことだったな?だったらお前はそんなにも長い期間身近に過ごしながらその正体が獣王族だったことに気付かなかったと言うのか?」
ダフネはありのままの事実を話したに過ぎないが、ナスタは自分の功績に泥を塗られたような気がして彼の否を責め始めた。
「レオンは薬の力によって人間の姿に化けていた。私も娘も完璧に騙されていたが、体は魔族でも中に入った魂は本物の人間と言えるくらいに誠実で心優しい青年だった」
「だが、娘に婚約破棄されてからは消息を絶っているてはないか! これまで人間として社会に馴染んでいたからといって、腹いせに牙を向く可能性がないと言い切れるのか?」
「……それは」
「かつてほどの力はないとは言え、獣王族は無勲章の勇者が戦うことは禁止されている指定強豪魔族。野放しにしておくのは危険すぎる……」
返す言葉に詰まるダフネをナスタは更に責め立てる。
「それだけではない! お前が魔導姫との戦いに連れて行ったユウシという少年は、勇者候補生ヒロを殺害し、我が娘をも命の危機に晒した指名手配犯ではないか!」
「確かにそうだ。だが、彼は瞳の奥に燃えたぎるような正義感を秘めていて、凶悪な心を持つ者であるとは到底思えなかった」
「笑わせるな! お前は娘が嘘をついているというのか? レオンといい、ユウシといい、とことん人を見る目がない奴だ」
延々と言い争うナスタとダフネに対し、他の者たちは口を挟むことすらままならない。
すると、それまで話に耳を傾けていた勇者皇帝ポトスが卓上を木槌で叩き、響き渡る音に一同は静まり返った。
「貴様ら、いい加減にしろ!」
ポトスは戴冠してからまだ2年に満たない若い皇帝であるが、故人である父と遜色ない威光を放つ存在だ。
自ら勇者たちを率いて魔族狩りへと頻繁に繰り出し数々の戦果を上げてきた武闘派で、美しい容貌とも相まって国民たちからの支持も厚い。
「たかが獣王1匹と勇者の成り損ない1人のことなどどうでもいい。今は勇者殺しの魔導姫ミスティをどうやって倒すかを話しているんだ」
最高権力者の高圧的な態度には、倍以上の年数を生きた英雄クラスの勇者であってもひれ伏す他ない。
「も、申し訳ありません……」
「お見苦しいところをお見せしてしまいました」
謝罪の意を述べ、頭を下げる2人。ダフネは真っ直ぐに皇帝の方を向いていたが、ナスタはその向かいの席で同じように首を垂れながらも横目でダフネを睨みつけていた。
「ふん、もういい。他の者はどう思う?」
ポトスは長机の長辺のダフネ側に座る拳法師範パインへと目線を送る。
「私は魔導姫ミスティよりも、その仲間だという土師族の少女が気になります」
帝国四天王の紅一点・パインは年齢不詳の美女だ。彼女は見た目こそ20代半ばだが、寿命を擦り減らすとされる"風読みの拳"の呼吸法から逆転の発想で編み出した"鶴の呼吸"により若さを保っているだけで、実年齢はダフネやナスタを上回っている。
今では一線を退いて勇者学校で帝国流拳法を生徒たちに教えているが、かつては素手で数々の強豪魔族を打ち倒した経歴を持っている。
「本来、土師族が操れる土の総量は自分の身体と同じ体積に限られる。人間の女性と変わらぬ大きさの魔導姫を掌に収めるほどの巨大さと、獣王族の爪ですら傷一つつかない密度を誇る土巨人が現れたということは、我々に敵対する土師族がそれだけの人数存在するか、もしくは……」
「その少女が人類との混血者であるかのどちらかと言う訳か」
パインの言葉に続けて開口したのは向かいに座る剣術師範ジオラスだった。
右目に眼帯をした壮年剣士は、瓢箪の中の液体で喉を潤すと話を再開する。
「理屈は未だわかっていないが、皆が知っての通り土師族と人類の間に生まれた子はとてつもない魔力を持つ。本来なら複数の術者による能力の連動を要する土巨人をたった1人で操ったとしても不思議ではない」
発言を終えると、彼は再び瓢箪の中身を乾いた喉に流し込んだ。
「ダフネたちの前に姿を見せた少女が混血者なのか、彼女以外にも我々に敵対する複数の土師族が潜んでいただけなのか……どちらの説が正しいにしろ、城下に住む全ての土師族を取り調べる必要がありそうだな」
2人の師範の発言を受けた王弟アルセアの提案に、皇帝ポトスは頷いた。
「いいだろう。アルセア、ダフネ。お前たちは帝国城下の全土師族を徹底的に調べ上げろ!」
「仰せのままに」
「お任せください!」
続いて皇帝は他の帝国幹部たちにも指令を下していく。
「ナスタ。お前は帝国外に潜む無戸籍の土師族を探せ! 例の少女以外にも潜んでいるかもしれないからな。もし見つけたら容赦なく殺せ!」
「はっ!」
「ジオラス。お前は引き続き養成学校で剣術の指導に当たっておけ」
「……はっ」
「そして、余は北東の渓谷の鬼人たちの住処を襲撃する。パイン、お前は護衛としてついて来い」
「恐れながら、なぜこのタイミングで遠征を?」
「これまでの勇者殺し事件の傾向から、魔導姫は魔族狩りの現場を襲撃しに来る可能性が高い。弱い魔族を守る救世主にでもなったつもりなんだろう。だから、大規模虐殺を行なうことで誘き寄せるのだ」
「流石は陛下。承知しました」
以前は複数の魔族の仕業と思われていた勇者殺しも、ダフネの報告後はその全てが様々な魔術を操る魔導姫ミスティによるものと断定され、襲撃された現場の状況も詳細に分析されていた。
その結果も踏まえ、皇帝ポトスは広大な帝国領内を捜索するよりも、派手に戦火を巻き起こして敵の方から出てきてもらおうと考えたのだ。
「ナスタよ。お前の娘は例の一件からそろそろ立ち直れそうなのか?」
「それが……親である私の前では元気に振る舞うようになりましたが、1人になるとやはり塞ぎ込んでいるようで。心の傷が癒えるにはまだ時間を要するかと」
「だったら荒療治だ。勇者リリカ=クリヴィアの初任務は俺の鬼人討伐への同行とする。いいな?」
「そんな無茶な! いくら皇帝のご命令とは言え、初めての任務には荷が重すぎます……」
「親しかった者の裏切りによってできた傷は一生残る。忘れ去るのを待っていたら何年かかるかわからない。帝国認定勇者となったからには、いつまでも自宅で籠っていられるわけにはいかねぇんだよ。敢えて厳しい環境に晒せば案外乗り越えられたりするものだ」
「……はぁ」
「わかったら、家に帰って娘に伝えておけ!」
「はっ!」
「それでは早速、各自与えられた役割に従って行動を開始せよ! 解散!」
皇帝の解散宣言を以って帝国の首脳たちは席を立ち、其々の責務を果たしに向かった。




