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勇者帝国の反逆者  作者: 畠山こくご
第三章 獣王レオン=スパーク
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18. 雷岳の頂

 朝、空がひび割れたかのような閃光と共に凄まじい轟音が響き渡り、洞窟の中で少女は目を覚ました。


 「おはよう、マリン。今日もお天道様の機嫌は最悪のようね」


 今が朝なのか夜なのかさえ分からないほど四六時中雷雲に包まれた空。勇者の帝国に追われる魔族の少女たちが身を隠しているのは、雷岳フォルゴレの中腹にある洞窟だった。


 「ねえ、ついさっき雷鳴に混じって獣が吠えるような音が聞こえたんだけど……」


 ミスティの尖った耳は、マリンや人間が持つ丸みを帯びた耳よりも敏感で、微かな音でさえも感知することができる。


 「もしかすると、山頂の方で何か起きてるのかも……」


 すっかり元通りに再生した左側の角を触りながら、魔導姫ミスティは申し訳なさそうにら目覚めたばかりのマリンに話しかける。

 彼女は数日前の戦いで土巨人(ゴーレム)を操り、更に昨日は勇者の追手から逃れるため土馬(クレイホース)を全速力で走らせたことによる疲労で、この場所に辿り着いてから寝込んでしまっていたのだ。

 

 「なーんて、気のせいかもしれないわね」

 「気になるんだったら見に行こうよ? 私ならもう大丈夫だよ」


 言葉通り元気になっているマリンの姿を見て、ミスティは安心したように笑顔を浮かべた。彼女は一晩深く眠ったことにより、体力がかなり回復したようだった。


 「確か、この山には獣王族に雷を操る力をもたらす秘宝が封印されているという伝承があったはず。もしさっきの声が獣王族のものだとしたら、一族で唯一の生き残り……つまり、あの時の青年に違いないわ」

 「だとしたら、裂かれた翼のお礼をたっぷりとする絶好のチャンスね」

 「いいえ。あの後何があったのかは知らないけど、彼がもし秘宝を求めて来たというのなら、それは魔族として生きることを決めたということ。獣王族みたいな強豪魔族を仲間にできればとても心強いわ」

 「そういう魔族ファーストな考え方、ミスティらしいわね」


 魔導姫ミスティはその特殊な生い立ちから魔族の救世主としての使命感を常に抱きながら生きてきた。時には個人的な感情を犠牲にしてまでも魔族の未来のために尽くしてきたのだ。

 そんな彼女をいつも側で見守り行動を共にしてきたマリンは、いつか魔族の世が再来し、友が自分のためだけに生きられるようになることを願っていた。


 「さあ、山頂へと向かいましょう!」

 「えい、えい、おー!」


 2人の少女は洞窟を出ると、立入禁止区域であるが故に整備されていない険しい山道をひたすらに進んで行った。 

 途中で身の丈の倍以上もある柵に行く手を阻まれたが、それらはマリンが周辺の土で作った土巨人(ゴーレム)の拳で木っ端微塵に破壊しながら先へと向かった。


 「また柵だ……これで何個目かしら?」

 「今度こそは私に任せて!」

 「ダメよ! 呪文はここぞって時のために温存しとかなきゃ」


 魔導書を開こうとするミスティを制止し、マリンは土巨人(ゴーレム)に柵を壊させる。

 

 「この先、まだ何重にも張り巡らされてるみたいね。一つ一つ殴り壊すのなんて面倒だから、楽しちゃおっと!」


 彼女は柵を超える高さの土巨人(ゴーレム)に助走をつけさせると、巨体であることを感じさせない程の速さで山頂まで一気に突進させた。

 高密度の魔力を込められた走る土塊は、障害物となる柵をいくつも肩で壊しながら前進したが、最後の一つにぶち当たったところで遂に柵ごと粉々に砕け散ってしまった。

 

 「ふう、思ったよりエネルギーを使っちゃった」

 「ありがとう。後はゆっくり休んで」


 開かれた道を進んでいくと、降り注ぐ稲妻を無数に引き寄せる槍の前で、2人の若者が戦いを繰り広げていた。


 「あの2人はっ?」

 「仲間割れかしら?」


 抜群の連携で勇者の娘を救い自分たちに一泡吹かせたかつての強敵たちが、何故か敵対し合っている……その状況に、2人は困惑した。


 「この短い期間で何があったっていうの?」

 「わからない……けれども、さっきから雷はずっとあの槍に落ちてる。きっと、あそこに刺さった槍が獣王族の秘宝で、それを巡る対立なのよ!」 

 「だったら勿論、私たちは獣王側に加勢するのよね?」

 「いいえ……少し、彼らの話を聞いて様子を探ってみるわ」


 マリンの予想に反して、ミスティは彼らの戦いへの介入を即決しなかった。対峙する2人の迫真の眼差しを見て、今は自分たちの出る幕ではないと直感したのだ。

 ミスティは尖った耳に意識を集中させ、激しい雷鳴の中から彼らの声を抽出するように聞き取った。


 「レオン! 俺は初めて会った時、お前は言ってたよな? "全ての命を守る存在でありたい"って」

 

 ユウシは左肩から血を流し、息を切らせていた。対するレオンは傷一つ負っておらず、殺気に満ちた眼光でユウシを睨んでいる。


 「確かにあの時は心の底からそう思っていた。だが、愛という形のないものに惑わされていただけに過ぎなかった。所詮は幻だったんだよぉっ!」


 獣王の鋭く尖った爪は瞬きをする間にユウシへと迫り胸を切り裂く。

 咄嗟に体を後ろへと反らせたことにより心臓は抉られずに済んだが、4本の爪痕が体に刻まれ血飛沫が宙を舞った。


 「今の攻撃、その気になればちゃんとここに当てられただろう?」


 傷ついた胸部を親指で差しながらユウシは問いかける。


 「何が言いたい?」

 「俺の剣を避ける時に比べて、攻撃する時はスピードがやや遅い。人類を滅ぼす覚悟はできたなんて言っておきながら、本当は躊躇ってるんだろう?」

 「そんなはずは……」

 「だったら、俺1人くらい簡単に殺せる筈だ。それができないんなら……まだ人類を完全に憎めないのなら、今すぐそこに刺さった槍のことは諦めるんだな!」

 「煩い!」


 ユウシは戦いの中で、人類を滅ぼすことがレオンの真意ではないことに気がつき始めていた。

   

 「レオン。俺には以前、お前とは真逆の立場に身を置く仲間がいた。彼は心の底から魔族を絶滅させることを願い、対立した俺と剣を交えた。そして、死なせてしまった……」

 「何のつもりだ?悲しい昔話如きで心変わりさせようというのか?」

 「違う! 全く違うんだよ。俺は最初、この状況にデジャヴを感じていたんだ。魔族を敵視していたあいつと人類を敵視するレオン、2人は立場こそ真逆だけど根本的な考え方は同じ。だから今度だってちゃんと止められないんじゃないかって。でも……違うんだよ、お前とヒロは」

 「何が言いたいっ?」

 「ヒロには魔族を殺すことに迷いなど微塵もなかった。揺るがない意思を持っていた。だから、最終的には死という形でしか止められなかったんだ。でも、レオンには師匠や恋人たちと暮らした幸せな思い出、薬師として人間も魔族も分け隔てなく救った経験……それらは過去のことだけど、否定できない確かな事実としてまだ心の中に残ってるはずだ!」

 「わかったような口を聞きやがって! 次こそは本当に一撃で仕留めてやる」


 見られたくなければ見たくもない心の奥底を覗かれたような気がして、レオンは自棄になりながら血濡れた爪をユウシに振るった。

 

 「ぐはぁっ」


 次の瞬間、胸部に深く傷を負って倒れ込んだのはレオンの方であった。


 「な、何だ? 今のは……」

 「知ってるか? 歴史上で最後に雷を操った獣王は、勇者ではなくその仲間の1人に倒されたんだ。禁じられた奥義として伝わる"風読みの拳"によってな!」


 ユウシは瞼を閉じて息を止め、視覚と嗅覚を遮断していた。


 「まあ、今使ってるのは"風読みの拳"を応用した"風読みの剣"だし、効果も半分程度に留めているけどな」

 「風読みの剣? しかも、半分の効果だと? そんなもので生身の人間が獣王族の身体能力を超えられるはずがないっ!」


 レオンは何度も襲いかかるが、悉く攻撃を先読みされ、EXカリバーで腕や肩を斬られてしまった。


 「風読みの拳は本来、触覚以外の4つの感覚を遮断し、空気の流れを肌で感じながら相手の動きを先読みする奥義だ。でも、今俺は触覚だけでなく聴覚と味覚も残した状態で戦っている」

 「何故だ?」

 「一つは身体的な負担を軽減するため。そして、もう一つはお前を殺さないためだ。俺はまだ未熟だから、この奥義を100パーセントの力で使えば手加減できなくなってしまう。でも、半分の力ならある程度自在にコントロールできるんだ」

 「本気を出していないというのに……それなのに、何故君は僕を完封できるんだ?」

 「それは、レオン。お前が本気じゃないからだよ。だから、この"擬・風読みの剣"で十分戦えると踏んだんだ」

 「くそうっ……」


 レオンは両膝をつき、拳で地面を叩き始めた。

 ユウシに看破されていた通り、人間の薬師レオンとして生きた過去と決別することができない……そんな自分への憤りを雷岳の頂にひたすらぶつけた。


 「勝負あったわね……」

 「どうする? ミスティ」

 「ユウシにはレオンを殺す気が無い。レオンも人類を滅ぼす覚悟ができていない……つまり、私はどちらの味方にも敵にもなれない。出て行ったところで無意味だわ」

 「それもそうね」


 2人の少女はもうしばらく傍観者としてその場に留まることを決めた。


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