16. 獣王の行方
1000年前ーー世界がまだ魔族によって支配されていた頃、勇者を筆頭とする4人の英雄が現れ、魔王を封印した。
彼らの冒険の記録は手記として残され、それを元に歴史書として纏められたものが勇者学校の授業で用いられている。
また、子どもでも読んで理解しやすいよう絵本や紙芝居などの媒体で伝えられたり、小説化や舞台化、更には絵画や彫刻などの題材になるなど、遥か昔の英雄たちの活躍は現代の人々の娯楽の種にもなっていた。
"真の獣王"となって必ず人類を滅ぼしに戻って来るーーそう言って姿を消したレオン。
幼い頃から勇者に憧れて1000年前の物語を読み耽っていたユウシには、彼の言う"真の獣王"の意味、そして向かった行き先がすぐにわかった。
獣王族はかつて、鳥人などの獣人系魔族の頂点に君臨する存在だった。
全ての魔族の中で最も動きが速く、さらに一族の歴代の長は雷を自在に操る力を持っていたとされる。
そして、それは生まれ持った能力ではない。3日間、雷に打たれ続けても命尽きることなく耐え切った者のみがその力を手に入れ、一族の長として認められるのだ。
その儀式に用いられたのは"雷神槍と呼ばれる大槍で、雷を呼び寄せる性質を持っているとされる。
かつては遥か北の大地にある険しい岩山の山頂に突き刺さっていたが、魔王が倒されてからは獣王族が雷を操る力を得られないよう一度人類によって回収され、城で保管された。
しかし、そのあまりにも強すぎる誘雷性によって城への落雷が頻発したため、現在の帝国領北部の山の頂上へと移されたと伝えられている。
ユウシはその伝承の地とされる"雷岳フォルゴレへと向けて、沼を抜けたばかりの疲弊しきった体で歩き続けていた。
その山頂は年中絶え間なく雷雲に覆われ続けており、激しい落雷が頻発しているため大昔から立ち入り禁止区域となっている。
今歩いている地点からはまだ遠く、自分よりも遥かに足の速いレオンなら既に辿り着いて槍を手にしている可能性が高かったが、儀式を終えるまでにかかるのは3日間。それまでに追いつくことができれば、阻止することができる。
「おい、見てみろよ!」
「あの勇者、ボロボロだぜ?」
「あいつなら勝てそうだな」
荒野を1人行くユウシの姿を見つけ、岩陰で鬼人たちが囁く。
彼らは魔族の中でも弱い部類だが、生命力と繁殖力だけは並外れており、勇者100年時代になっても絶滅とは無縁の存在だった。
単体の弱さを補うための悪知恵と集団性も、これまで一定の勢力を保ちながら生き残ってきた要因である。
勝てない敵には絶対に挑まないが、勝てそうな敵には群がって命を奪うーーそのハイエナのような生き様をあまり良く思わない者たちは魔族の中にも存在するが、現存する魔族で最も個体数が多いという事実は彼らの生き方が間違いではないということを物語っている。
「聖剣を出される前にやっちまおう」
「できるだけ近くまで忍び寄ってから一気に飛びかかるんだ」
「近づいたら、せーのでいくぞ」
忍び足も彼らの得意技だ。ユウシの背後から徐々に距離を詰めていき、そして不意打ちに絶好の位置取りまで到達すると、リーダーが掛け声を発する。
「せーの!」
一斉に飛びかかる鬼人たち。
だが、ユウシは彼らの存在に気付いていた。 たった1人で、しかもボロボロの状態で旅路を行く自分が魔族にとって狙いやすい獲物であることを自覚し、終始警戒して周囲へと意識を張り巡らせていたのだ。
「バレバレなんだよっ!」
ユウシはEXカリバーを使わず、拳の3連撃を一撃ずつ敵の鳩尾に正確に叩き込み返り討ちにした。
勇者学校で拳法師範から武術を叩き込まれた彼にとって、鬼人は素手でも倒せる程度の相手なのだ。
「ぐわっ……」
「つ、強いっ」
「素手に負けるなんて……」
急所を突かれて悶絶し、動けなくなる鬼人たち。彼らにとどめを刺すことなく、ユウシは背を向けひたすら前へと進んでいく。
「おのれぇ」
「何度来ても同じだ。その都度鉄拳を喰らわせてやる」
起き上がろうとする敵の気配を感じると、ユウシは警告した。その言葉は、鬼人たちにとって違和感を覚えるものだった。
"殺す"というニュアンスが含まれていないのだ。
かえって不気味に感じ、彼らは二度とユウシに襲いかからなかった。
ユウシはあの日から心に決めていた。例え相手が魔族であろうと、無駄な殺生は一切しないことを。
「ん、これは……?」
地形が変わり、靴の跡が残るくらいに土が柔らかい道へと差し掛かると、大きな獣の足跡が残っているのを発見した。
恐らくレオンが残したと思われるその痕跡は、ユウシの歩幅の倍以上の大きな間隔で感雷岳フォルゴレの方へと続いている。
「待ってろよ、絶対に俺が止めてやる」
彼の向かった行先が自分の思った通りであることを確信し、ユウシは北へと進む足を速めた。