13. 魔導姫vs勇者
帝国四天王の1人である金勲章勇者ダフネと、魔族再興のために勇者の絶滅を目論む魔導姫ミスティ。両者の戦いの火蓋は切って落とされた。
「さて、かかって来るがいい。私の対空式剣術で斬り刻んでやろう」
ダフネは安全圏で滞空する相手を挑発し、剣の攻撃範囲へ誘おうとする。
「成程、迂闊に攻めればカウンター殺法で返り討ちというわけね」
対空式剣術は、大地を強く蹴って飛び上がり斬りつける"鳥落とし"と地上で攻撃を待ち構えて反撃する"鳥寄せ"の2つの基本戦術ならなるが、跳躍力が皆無となる沼地での戦いにおいて前者は使うことができない。
そのため、地上での迎撃を狙うダフネは敵が攻撃しやすいように敢えて隙を作り待ち構えたが、ミスティはその作戦を看破していた。
「出でよ、土人」
彼女が指を鳴らすと、沼底の泥が幾つも盛り上がって人の形を成し、ダフネへと襲いかかる。
しかし、彼は群がる土人たちを卓越した剣技で容易く蹴散らして見せた。
「傀儡など敵ではない! 魔導姫ミスティよ、降りてきて正々堂々と戦うがいいっ」
「ふふっ、どうやら私が直々に戦わなきゃいけないみたいね。それなら……氷槍」
彼女が呪文を口にすると右手から冷気が発生し、持っている杖を氷で覆い尽くしていく。
そして、蛇の装飾がついた先端部分には氷の刃が形成され、ダフネの剣の射程を超える長さの大槍へと変化した。
「さあ、遊びを始めましょう」
ダフネの頭上を飛び回りながら四方八方から氷槍の連撃を喰らわせるミスティ。
「先に言っとくけど、この氷槍は少しでも擦れば傷口から全身へと凍結が広がるわ。瞬く間に氷像と化してしまうってわけ」
「ならば、その氷刃に当たらなければいいだけのこと」
ミスティが持つ氷の槍は、たとえEXカリバーの光の刃によって斬られたとしても空気中に水分が存在する限りは無限に再生する。
そして、ダフネは足に纏わりつく泥と水によって下半身の動きが制限されているため、それと連動する上半身の動きも不自由になり、剣を防御に用いるだけで精一杯となっていた。
一方、囚われのダリアへと近づいたレオンとユウシ。
「ユウシ、君はあの蔓が斬れるか? 彼女の体を傷つけないように……」
「そのくらいは俺にだって朝飯前だよ」
ユウシはダリアの手足に絡みついた蔓を断ち切るべくEXカリバーを起動させる。
「水槍っ!」
ダリアを救出しようとする動きに気付いたミスティがダフネと戦いながら指を鳴らすと、ユウシたちの足元の水が槍のように鋭く尖って無数に突き上げた。
「何だっ!」
「くっ!」
突然の真下からの攻撃に、回避も防御もままならず、体に受けてしまう2人。
「お前の相手はこっちだ!」
「あらまぁ。それなら、片手間にあっちの2人を攻撃できないくらいにはもっと激しく攻めてよね!」
戦況はミスティが圧倒的に優勢であった。
「ならば、こちらもとっておきを出すしかないようだな」
剣型EXカリバーでは勝ち目がないと判断したダフネは、それを納めると背負っていた細長い棒状の物体を手に取り、先端付近の宝玉に触れた。
「帝国一の槍の使い手に槍で喧嘩を仕掛けたこと、後悔するがいい」
ダフネは槍型EXカリバーの先端に光の刃が発生すると、それを威嚇するように豪快に振り回してから切先をミスティへと向けた。
EXカリバーを2つ所持することは金勲章勇者のみに許されたことであり、彼も愛用の剣型EXカリバーとは別に槍型の改造EXカリバーを所持していたのだ。
「覇っ!」
ダフネは柄で氷の刃を捌きつつ敵の飛行能力を奪おうと光の刃で翼を狙うが、ミスティは槍型EXカリバーですら届かない上空まで退避する。
「氷槍の良い所……それは、空気中に水分がある限りはいくら壊されても元通りに戻せるし、どこまでも長く伸ばせるってところよ!」
ミスティは杖を覆う氷の槍を更に長く伸ばし、ダフネの光の槍が届かない高さから何度も突き下ろす。
槍を長くし過ぎた結果、片手では扱えなくなったため、彼女はそれまで左手に持っていた魔導書を閉じてベルトの腰の後ろに引っ掛けた。
「今だっ! 呪文が使えない今こそチャンスだっ!」
ダフネは敵が魔術を発動する際、必ず開いた魔導書を見ながら呪文を詠唱していることに気がついていた。
「今助けるっ!」
ユウシは敵が先程放った水を操る魔術によって手足に流血を伴う負傷をしていたが、肉体強化薬の鎮痛作用でそのダメージをものともせずにEXカリバーでダリアの足首の蔓を切断した。
「くっ、問題は上か」
ダリアの手首は樹木の高い位置で拘束されているため、ユウシの剣が届かなかったのだ。
沼地では跳躍が不可能なため、木を登っていくしか方法がない。
幸い、表面には凹凸があり手足をかけられそうだったので、ユウシは根本から上部を目指し始めた。
すると、樹木に巻き付いていた蔓たちが急に動き出し、鞭のようにしなってユウシに襲いかかった。
「魔導書を閉じているはずなのに、動かせるのか?」
「良い質問ね、囚われのお嬢様のフィアンセさん。その樹木には植物を服従させ使役する術をかけてあるの。今はその木が自分の意思で私の思い通りに動いているに過ぎないわ」
ミスティの操る呪文には、一度詠唱さえすれば魔導書を閉じても効果が持続するタイプのものも少なくなかった。
植物を従える術のみならず、彼女が操る氷槍もその一つである。
「せいっ! 覇っ!」
ダフネは襲い来る氷刃を槍型EXカリバーで悉く破壊するものの、欠けた部分から先はすぐに再生してしまう。武器のリーチの長さ、ほんの僅かでも斬られたら凍死という不利な条件により、帝国が誇る大勇者は圧倒的な劣勢を強いられていた。
「しぶといわね。とっととくたばったらどう?」
「あともう少しの我慢だ。娘さえ助かれば時間稼ぎの必要がなくなるからな」
「勇者ですらない彼らなんかにはお嬢様を助けるなんて無理よ……」
そう言って横目で見ると、まるで猿のような身のこなしで蔓の攻撃を次々と躱し、木の上まで登りきるユウシの姿があった。
「そんな……⁉︎」
沼から足が出たことによって、木の上では筋力倍増の効果を最大限に発揮できたのだ。
「さあ、受け止める準備はいいか?」
「勿論だ!」
ユウシがダリアの手首の蔓を斬ると、沼へ向かって身が投げ出される……
「ダリアっ!」
レオンは根元へと駆け寄ると、落ちて来る恋人の体をしっかりと抱き留めた。
「ん……こ、ここは?」
「目を覚ましたかい? もう大丈夫だよ!」
「レオン……助けに来てくれたのね。ありがとう」
レオンの腕の中に飛び込んだ衝撃でダリアは意識が戻り、彼の猫のような瞳を見つめながら顔を赤らめた。
それを見届けたダフネは、防戦一方だった戦局を打開するため次の一手に出る。
「喰らうがいい、一か八かの奥の手をっ」
ダフネは突き出された氷槍を避けると上半身をバネのように動かして勢いをつけ、ミスティ目掛けてEXカリバーを投擲した。
「そう来ることは読んでたわ。これでやっと近づける……」
飛んでくる光の槍を躱すと、ミスティは氷槍を扱いやすい長さまで縮め、急降下・急接近してダフネのがら空きの懐へ刺突を繰り出した。
「それはこちらの台詞だ」
敢えて作った隙は、避けやすい位置への攻撃を誘導するためのものだ。まんまと"鳥寄せ"に成功したダフネは氷槍を躱し、剣型EXカリバーで迎撃する。
「しまった! まだ剣が残っていたか」
身を斬られる寸前でミスティは後退したが、左角だけは光の刃によって斬り落とされてしまった。
「よ、よくも私の角を……許さない」
先程まで勝ち誇ったような顔をしていた彼女の顔からは一切の笑みが消え、怒りに満ちた眼差しで勇者たちを睨みつける。
「遊びはもうお終い。沼ごと凍りつきなさい」
ミスティは氷槍を沼地の地面に突き刺した。すると、氷の刃が刺さった地点を中心に足元の水が凍結していき、沼全体へと広がっていく……
近くにいたダフネは足元の水が凍りついて動けなくなり、下半身から徐々に体が凍結していくのを感じた。
「いかん、このままでは全滅だ。レオン君、ユウシ君……君らはダリアを連れて逃げるんだ!」
水の凍結は勢いを止めることなく3人がいる方へと迫って行った。