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勇者帝国の反逆者  作者: 畠山こくご
第二章 魔導姫ミスティ=クラウン
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12. 拐われた婚約者

 ルドベキア帝国領の南西ーーそこには、大人が入れば膝下まで水に浸かるほどの浅い沼地が広がっている。

 防水素材の長靴で足元の装備を固めたとしても、水底は柔らかい泥なので踏んだ箇所が沈み込み、歩行は困難を極める。


 「沼地では泥に足を取られて思うように動けません。視界が暗くなればますます危険だ。日没までには決着をつけたいところですが……」

 「そうは言っても、ここから沼地まではかなりの距離があるはずだ」

 「常人の足ではどんなに急いでも辿り着く頃には夕暮れ間近になってしまうだろうな」


 頭を抱えるユウシとダフネだったが、名案は浮かばない。しばらくしてから迷っている時間が無駄だと思い立ち、2人はほぼ同時に足を踏み出した。


 「待ってください、一つだけ方法があります。ここは私に任せてください」


 沼地の方向へ進もうとするダフネとユウシを引き留め、レオンは座り込んで薬の調合を始めた。


 「薬なんて作ってどうするんだ?」

 「まあ見てなさい。彼は傷を癒す以外にも様々な効果のある薬を作れるんだ」


 ダフネは娘の婚約者である彼に全幅の信頼を寄せているようだ。

 レオンは神業とでも呼ぶべき素早い手つきで干して粉末にした薬草や蝶の鱗粉、酢などを混ぜていき、ものの数分間で小瓶に入った液体を完成させた。


 「できました。これは一時的に身体能力を倍増させる薬。これを飲んで全力で走れば明るいうちに沼地まで辿り着けます。足元の不自由な沼地でも多少は動きやすくなるはずです」

 「でかしたぞ!」


 ダフネは迷いなく薬を受け取り、一気に飲み干した。


 「さあ、ユウシもこれを」

 「あ、ありがとう……」


 手渡された小瓶の口から何とも形容し難い独特な匂いが漂ってきて、飲むのを躊躇うユウシ。

 しかし、一刻を争う事態に迷っている暇などないと覚悟を決めると、息を止めながら中身をぐっと喉に流し込んだ。

 

 「おおっ、これは⁉︎」


 薬の効き目は絶大で、飲んだ2人は全身の筋肉が燃えるように熱くなるのを感じた。ユウシは試しに跳ねてみると、ダフネとレオンを軽く飛び越えられるくらいまで高く体が地面から浮いた。

 鎮痛作用もあるらしく、ユウシにはまだ完治していないはずの体がどこまでも走っていけそうなくらいに軽く感じられた。


 「薬の効果は今からだと丁度日没くらいまでで切れてしまいます。急ぎましょう!」


 3人は全速力で南西へ向かって走り出した。

 大地を蹴れば体は大幅に前へと進み、足を高速で回転させても一切の疲労を感じない。

 彼らが移動する速さは、競走用に調教された馬に匹敵するくらいであった。


 「何だか足が思うように上がらなくなってきたぞ? もう薬の効き目が切れそうなのか……」


 湿地帯に差し掛かると、次第にスピードを維持できなくなってきた3人。


 「沼地が近づいてきた証拠です。ここから先は、さらに足取りが重くなるでしょう」


 泥濘(ぬかる)んだ大地を超えていよいよ沼へと足を踏み入れた頃には、もはや走ることなどできなくなっていた。


 「走ろうとしているのに、地上で普通に歩いているような感覚だ」

 「倍の脚力でこれなら、薬がなければきっとまともに動くことすらできないのだろうな」


 陽の光が真上から射す頃、3人は全速力で歩いて沼地の中心部へと辿り着いた。

 しかし、そこには巨大な樹木が1本生えているだけで、周囲を見渡しても魔導姫ミスティとダリアの姿は見当たらない。


 「この音……」


 微かに聞こえる羽ばたくような音に気がついたレオン。頭上を見上げると、そこには背中から蝙蝠のような翼を生やして空を飛ぶ魔導姫の姿があった。


 「待ちくたびれたわよ? 勇者ダフネ」


 ユウシもダフネも、初めて彼女の姿を見た時には翼などなかったので、飛行能力があったことに驚いていた。


 「まさか、そんな立派な翼を隠し持っていたとはな」

 「立派だなんて褒めてくれてありがとう。ふふっ」


 帝国が誇る最強格の勇者を前にして余裕の表情を浮かべるミスティ。実際、地の利を得ているのは彼女の方であり、金勲章の勇者含む3対1の状況であってもユウシたちが有利とは言えなかった。


 「態々こんな場所まで呼び出したのは、泥水の上を這うことしかできないあなたたちを一方的に痛めつけるため……覚悟はいいかしら?」


 彼女は凍りつくように冷たい微笑を浮かべながら勇者たちを見下ろす。


 「ん?そこの少年は……この前の死に損ないか。まだ生きてたんだね」

 「あの時の借りはしっかりと返させてもらうぜ!」


 EXカリバーを起動させ、光の剣の切先を上空へと向けるユウシ。


 「ちゃんと勇者の剣を持ってたんだ。……と言うことは、勇者が2人?約束と違わないかしら?」


 以前会った廃人のような状態からたったの一日で別人のように変化した彼の姿を見て、ミスティはあの時息の根を止めておかなかったことを少し後悔した。


 「……いや、俺は勇者じゃない。元勇者候補生だ」

 「ふーん。あとのもう1人は薬師だし、一応約束通りってわけか」


 提示した条件の裏をかかれたにも関わらず、ミスティは勝ち誇った表情を崩さなかった。


 「そんなことはどうでもいい! 魔導姫ミスティ、ダリアはどこにいるんだ?」


 ミスティたちのやりとりに痺れを切らし、レオンは獣が咆哮を上げるような大声で問いただした。

 ユウシたちの前に姿を現したのはミスティのみで、人質にされている筈のダリアの姿は何処にも見当たらない。

 愛する女性の安否が分からず、レオンは気が気でない様子だった。


 「そっか、あなたたちはこの娘を助けに来たんだったわね。出てらっしゃい」


 ミスティが指を鳴らすと、そこにあった巨大な樹木が蠢きだし、表面に幾重にも絡みついていた蔓が解けていく。

 そして、その中から四肢を拘束され、幹に磔にされた若い女性の姿が現れた。


 「ダリアっ!」


 彼が離れた位置から大声で呼びかけても反応はなく、青白い顔で瞼を閉じたまま動かない。


 「ダリアっ! 目を覚ましてっ! 僕だ! レオンだっ! 助けに来たんだよ⁉︎」

 「あーもう煩いわね! 安心して、気絶しているだけ。人質なんだからちゃんと生かしてるわよ」


 レオンは動かない恋人を見て取り乱すが、ミスティの言葉ですぐに落ち着きを取り戻した。


 「レオン君! ユウシ君! 君たちはダリアの救出を頼む! 私は魔導姫ミスティを倒す」


 ダフネはEXカリバーから光刃を出して戦闘態勢に入ると、レオンたちに指示を出した。 


 「あなた、金勲章のくせに全然面白みのない武器を使ってるのね」


 ダフネの武器を見て嘲笑するミスティ。

 勇者は銀勲章以上になると斧や鎌など剣以外の形状をした改造EXカリバーの使用が認められる。

 そのため、大抵の勇者は初期装備の剣型EXカリバーから持ち替えて固有の戦術を磨いていくのだが、ダフネの場合は最高位の勇者になっても剣型EXカリバーを愛用していた。


 「こいつは勇者になってから数十年来の相棒だ。甘く見ていると軽い怪我では済まないぞ?」


 これまでに数々の死線を掻い潜ってきた歴戦の勇者は、その佇まいだけで並の勇者とは一線を画する強者の雰囲気を纏っている。

 彼ならきっと魔導姫ミスティ倒してくれるーーユウシとレオンはそう確信し、敵の存在は眼中から外して一直線にダリアの救出へと向かった。 

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