10. 薬師レオン
傷を負い、歩くことすらままならなくなったユウシは川辺で天を仰ぎながら命が尽きるのを待っていた。
「まだ……生きてる。何故だ? あの時俺の方が斬られていたら……」
先程の魔族の少女にとどめを刺してもらうことすら叶わなかった上に、負傷によって四肢が一切動かせないので剣を拾って自死することもできない。
ただひたすら、暮れゆく大空を見上げながら遠くの方に見える死を待ち焦がれるだけだ。
「そ、そこのあなた! 大丈夫ですか?」
すると、川下の方角から誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。彼の元へと駆けつけてきた声の主は、1人の青年だった。
「今すぐ治療します! 待っててください…」
彼は背負った薬箱から乾燥させた薬草の粉末などを複数取り出し、調合を始めた。どうやら薬師のようだ。
「なんて酷い怪我だ……こんなことができるのは、巷で噂になっている勇者殺し"魔導姫ミスティ"に違いありません!」
治療薬を完成させると、ユウシの身体の負傷した箇所へと塗布していく。
「このままじっとしていれば、2日もすれば殆ど治りますよ。そしたら都まで歩けるはずです」
通りすがりの薬師は最後に包帯を負傷した箇所に巻き付け、応急処置を万全の状態で済ませた。
「ありがとう、旅の薬師さん……」
もうこのまま死んでもいいと思っていた自分を死の淵から救い出してくれた彼。
最初は余計なことをするなと言いたかったが、彼の懸命に治療する姿を見ると言えなかった。
処置が全て終わった時、自然と口から溢れていたのは感謝の言葉だった。
「泣いているのですか?」
自分はまだ、生きたいんだ。それがわかった途端、ユウシは涙が溢れて止まらなくなった。
「どうやら体よりも心の傷の方が深いみたいだ。今は涙が枯れるまで泣くといい」
やがて日が完全に沈み、暗幕で覆われたかのような夜空が広がると、風が冷たい空気を運んできた。
「体温の低下は危険です。体力が大幅に奪われてしまう」
薬師は焚き火を準備し、ユウシが暖を取れるようにした。
「なんで、見ず知らずの俺なんかにここまで……」
「助けることに理由なんてありません。そこに困っている人がいたから、助けたまでです。それに……」
困っている人がいたから助けた。
自分と同じだーー彼はそう思った。
死にそうになっていた自分を助けた薬師と、殺されそうになっていたリリカと魔族の少女を助けた自分。結果が悲劇を生んだかどうかの違いはあるものの、根底にある気持ちは同じものに他ならない。
「それに、あなたはもう見ず知らずの相手なんかじゃない。出会った時点で、知り合いなのです」
幼い頃から勇者は正義の味方だと思って生きてきたユウシだったが、この時、生まれて初めて本物の勇者に出会えたような気がした。
「そう言えば、名前を聞いていませんでしたね」
「俺は、ユウシ。帝国認定勇者を目指していたんだけど……」
その先の言葉に詰まるユウシ。この先、自分がどうしていけばいいのか、彼は見失っていた。
「僕は、レオン。薬師のレオンといいます。よろしくお願いします」
首の後ろで束ねた彼の長髪は、月明かりに照らされて金色に輝いていた。
「一度治療をさせてもらったからには、都へ戻れるようになるまで責任を持ってお世話させていただきますよ」
一点の曇りもない笑顔で、彼は言った。
「こちらこそ、よろしく」
ユウシはそんな彼を見ていると、不思議と前向きな気持ちになれた。
同じ人間とは思えないほどのレオンの優しさは、薬だけでは癒せない少年の傷ついた心に深く染み渡っていた。