開眼
次の日から、神一の苦闘が始まった。彼は先ず、自分の得意技である風破、風牙(如何なるものも切り裂く風の剣)、龍の風、のパワーアップの修行に取り組んだ。
彼は、懸命に修行に励んだが、大した成果も無く一月が過ぎた。それからも、修行に励んで見たが、力に変化は無く、途方に暮れた神一は、これ以上は無理だと修行を止めてしまった。
“どうすれば限界を破れるのか”神一は、その事ばかりを考える日々が続いた。朝から晩まで考え抜いて、眠れぬ夜が幾日か続いたある夜の事、疲れ切った身体を横たえていた彼が、悲鳴を上げた刹那、【風は力なり、力は心中にあり】という心の章の一文が頭に浮かんだのだ。
「力は、俺の心の中にあるというのか?」
神一は、そう呟いて、むっくりと起き上がり、心の章にあった瞑想法を試してみようと安座して目を閉じた。
時間は既に午前二時を過ぎており、神一が心を落ち着かせてゆくと、海鳴り、風にそよぐ木々の葉音、虫の声等、色んな音が、彼の耳に入って来た。
更に精神を集中させると、今度は、一つ一つの音が消えてゆき、最後には無音の世界になったのだ。
彼の意識は、広大な心の世界へと降下していった。
自我の世界から、無意識の世界へと抜けて更に降りると、大きな河のようなものが見えて来た。その河を流れているのは、水ではなく、過去の自分の思念や行動の全てのデータが刻まれた人間生命の情報の河である。そのデータの河は時に逆巻き、濁流となって流れていた。――人生は、この過去世の宿業によって左右されていくという。
神一が、その自身のデータの河に入ると、自分の二十年の人生が、映画の早送りのように映像となって、神一の中で逆再生されていく。赤ん坊の頃を過ぎて更に遡ってゆくと、その先の、前世へと足を踏み入れていった。
そこには、真王と睦まじく暮らす自分の姿があった。二人は前世でも夫婦だったのだ。
夫婦は二世という、縁の深い男女が手を取り合って、悠久の時の流れの中を、永遠に生死を繰り返してゆくのだろうか――。
更に遡ると、四百年前の自分の人生が見えて来た。時は戦国時代、風の里の最盛期の頃である。
風の里では、信長が攻めてくるとの報が入り、館で合議が行われていた。中央に真王(この時代の)が座り、その横に神一が控えている。彼は、宗家の風の守護者で、夫婦となって、五代目当主の彼女を支えていた。
攻め入る信長軍に、神一の風の技が炸裂する。その力は今の神一の比ではなかった。火の者、水の者、土の者、それぞれの最強の技が信長軍を撃退する。最後は、真王の止めの雷撃が、完膚なきまでに信長軍を打ちのめした。
自ら雲を起こしての雷撃は、今の真王の数百倍の威力があった。何か、鎧のようなものを身に纏っていて、戦いを終えた彼女に疲れの色は見えなかった。四百年前でも、雷撃から身を護る、それなりの工夫があったのだと神一は思った。
神一の意識が、データの河の深みへと潜っていくと、そこには、自身のドロドロした思念、感情、悪心等の、おぞましいものが蠢いていた。そこを突き切って更に降りてゆくと、厚い暗黒の世界が広がっていた。
その一部から黄金の光が噴出して上方に注がれていた。その穴から暗黒の雲を突き抜けると、眩いばかりの光の世界が忽然と広がったのである。その光は、この大宇宙をも創り、運行する根源のエネルギーの世界で、人間生命の母であり、力の源なのである。
神一の思念が、その黄金の光の海に抱かれると、凄まじいパワーが轟々と音をたて、我が身に流れ込むのを感じた。そして、全ての生命への慈しみの心が彼を満たして、何とも言えぬ幸福感に包まれたのである。
次の瞬間、神一は、安座して瞑想している自分を発見して、現実の世界へと戻っていた。
彼は、自分が体験した不思議な事がらが、夢ではなかったかと疑ってみたが、自身の身体に満ち溢れる力を実感して、それが真実であったと確信した。
彼は、テントから出ると海岸に向かった。折りしも真っ赤な朝日が昂然と昇って神一の身体を包んだ。彼は、海辺の砂浜に立ち、前方の岩山目掛けて、風牙、風破、を立て続けに放った。数十メートルの岩山は、風牙の風の剣で真っ二つに切り裂かれ、風破を受けると木っ端微塵に吹き飛び、海面に無数の水柱が上がった。その、凄まじいパワーは、四百年前の自分にも引けは取らなかった。
神一は、更に、雷雲発生の修行の後、宗家の守護者としての二身一体の技を練磨して、三カ月の修行を終え、大阪へと帰った。
「真王、今帰ったよ」
神一が、部屋に入ると真王が怪訝な顔で彼の顔を見た。
「何その顔?」
「顔? ああ、この髭か。だって、三カ月も髭を剃らなかったら、こうなるだろう」
神一の顔の髭は伸び放題で、浮浪者のようだった。
「という事は、お風呂も入ってないのよね?」
「無人島なんだから当然だろ、水浴び程度だ」
「いやだ。早く着替えて、お風呂に入って頂戴!」
真王は、神一を風呂場へと追い立てて服を脱がせ、鼻をつまみながら、それを洗濯機へと放り込んだ。
「綺麗に洗ってよ。でないと、一緒に寝ないから」
真王の甲高い声を聴きながら、神一は、湯船の中でくつろいだ。
久しぶりに、真王の手料理とビールを少し飲むと一気に疲れが出て、眠気が襲ってきた。
「疲れたでしょう、ゆっくり休んで」
真王の声を耳元で聴きながら、彼は深い眠りについた。




