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風探偵――五龍の使い手たち  作者: 安田けいじ
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風の里の二人

 和歌山県中部の人里離れた山奥に、数軒の集落があった。

 今は廃れてしまったこの里も、戦国時代には、土、水、火、風、雷の五種の不思議な技を使う、風一族と呼ばれる忍者軍団が住んでいたのだ。


 時の権力者、信長は、その力の凄まじさに恐怖を覚え、彼らを抹殺せんと大軍を持って、風の里を攻めたが、彼らの凄まじい反撃に遭うと、さしもの信長も、討伐を断念したという伝説が残るほどの、最強の忍者の里だったのである。


 彼らは、龍の風、水龍、火龍、土龍など、龍を使う技が多いことから、五龍の使い手とも呼ばれ、恐れられた。



 それから四百五十年後、風の里は、年月と共に廃れ、今は数軒が密かに暮らしているだけだった。

 里に子供は二人しかいない。一人は、林業で暮らす夫婦の子、風神一かぜしんいち、今一人は、一歳年下の稲妻真王いなずままお、彼女の両親は事故で亡くなっていて、祖父と二人暮らしである。


 学校までは、車も自転車も通れない約十キロの山道を、二時間以上かけて歩くしかなかった。二人は、何時も一緒に登下校していて、谷川の大きな石の上を忍者のように飛んで、先を争うように山道を駆けていた。

 上級生になる頃には、二人の足腰は更に鍛えられ、四十分で学校に着くようになっており、駆けっこで二人に敵う者はいなくなった。


 大自然に囲まれた、平和な生活のよう思われたが、真王には、ある悩みがあった。それは、生来の帯電体質で、人や金物に触れるとスパークしてしまうのだ。神一が、彼女の手に触れて感電し、気を失いかけた事もあった。

 その為、学校では敬遠され、ゴムの手袋をして、暗い顔で教室の隅にいる事が多かった。

 それでも、神一にだけは心を開いていて、彼と一緒に登下校する時だけが、彼女の楽しみだったのである。


 神一が小学五年生になった時のこと、突然、父から話があると部屋に呼ばれた。


「神一、実は、お父さん達の仕事の事なんだが、こちらでの仕事が今月で終わり、来月から、大阪で働くことになった。他の家の者も同じで、集落で残るのは稲妻家だけとなってしまうんだ。

 だが、お前が居なくなると、真王ちゃんは一人になってしまうから、彼女が可哀想だ。

 そこで、お前が中学を卒業するまで、稲妻家で面倒を見てもらおうと思っている。真王ちゃんは、お前を頼ってくれているから、彼女の事を考えると、それが一番いい選択だと思うんだが、どうだろう?」


「稲妻の爺ちゃんとこで、一緒に暮らすの?」


 神一が、不安そうな顔で日焼けした父の顔を見た。


「そうだ、爺ちゃんも歳だから、働きに出るのは無理がある。お前が真王ちゃんを護ってやってほしいんだ」


「……分かった。僕、こっちで頑張るよ」


「そうか、苦労を掛けてすまんな。高校へ行くときは大阪へ呼ぶからな。それまで辛抱してくれ」


 神一は、両親と離れ、知り合いとはいえ他人と暮らさなければいけないと思うと、不安は募ったが「真王を護る」との言葉に反応し、頑張るしかないと腹を決めた。

 真王が小学生になり、共に通学するようになってから、可哀想な境遇の彼女を護るのは自分の役目だと、いつも思ってきたからである。



 四月の末、鶯の鳴き声があちこちから聞こえてくる長閑な朝だった。


「神一、寂しい思いをさせるけど、お前なら大丈夫だね。頑張るのよ」


 母は笑顔でそう言うと、父と共に大阪へ旅立っていった。


 そして、神一は稲妻家の一員となった。稲妻の爺さんは、源太郎と言い、通称、源爺げんじいと呼ばれている。歳は七十くらいだが、がっしりとした体格をしていて、田畑を耕し自給自足の生活をしていた。家事は、幼い真王の仕事だった。


 一緒に暮らすようになった神一と真王は、最初は、お互い恥ずかしくてぎこちなかったが、一月もすると「神ちゃん」「真王」と呼び合って兄弟のように接することが出来るようになっていて、寝る時も同じ部屋で布団を並べて眠った。


 真王は、相変わらずゴム手袋は手放せなかった。神一も、家事や、畑を手伝ったりしたが、子供の体力では大した戦力にはならなかった。生活費は、神一の両親から毎月仕送りがあり、源爺も多少の貯えがあったので食うに困る事は無かった。


 神一が稲妻家での生活に慣れて来た、ある日のこと。二人は、源爺から驚くべき話を聞かされたのである。源爺は、かしこまる二人を前にして、真剣な面持ちで話しだした。


「お前たちも知っての通り、私達の祖先は、風を操る不思議な力を持っていた。その秘術を記した巻物が、代々我が家にも受け継がれてきたんじゃ。風の宗家でもある我が稲妻家には、雷の章と心の章。風家には、風の章。此処にはこの三つの巻物がある」


 源爺は、その古びた巻物を、二人の前に並べて置いた。


「戦国時代から五百年が経ち、今の時代、この力を付けたからといって幸せになるわけではない。むしろ、悪用されれば殺戮の武器にもなるから、無い方がいいんじゃが、問題は各地に散らばった他の秘伝書、火の章、地の章、水の章、の行方だ。

 秘伝書を読んだからと言って、簡単に使い手になれる性質のものではないが、その力を付けて悪用する人間が現れないとも限らん。そこで、お前達にお願いなんじゃが、全ての秘伝書を回収してこの世から抹殺してほしいんだ。やってもらえるかな?」


 神一達は、キョトンとした顔で聞いていた。


「お前達には、まだ飲み込めないだろうが、その為には、風の使い手になる必要がある。修行をするなら今しかないんじゃ。是非やってもらいたい!」


 源爺は、顔を突き出すようにして、小さな二人に頭を下げた。


「その修行をすれば、私の帯電体質をなんとかできるの?」


 真王が、食い入るような目で源爺を見つめた。


「本来、この六つの巻物は、元々一つの物を分類したものだ。風の章に全てが含まれていて、あとは応用編なんじゃ。風は、気で動かす。気は心の制御、つまり、精神統一が肝心となるから、お前の体質のコントロールも可能なはずじゃ」


「だったらやってみる」


 神一は驚いて真王の顔を見たが、真王がやるならと、神一も頷いた。


「よし、では、学校が休みの日を修行の時間としよう。風の章には、具体的な技が網羅されている。心の章では、修行の為の心構えや、心の作用、精神集中の方法などが書かれてあるからよく読んでおくといい。雷の章は、今回は必要ない」




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