愛の末路でティータイムを
ある所に、見目麗しい王子様と、その王子様に嫁ぐ事となっていた、可憐な貴族のお姫様がおりました。
ですけれど、お姫様と王子様の仲は、あまり良いものではありませんでした。王子様のお傍にいた方達は、それを心配していましたが、特に何事もないまま、時は流れ――。
王子様達が、学園に入る年になりました。
ここでも相変わらず、お姫様と王子様の仲は宜しくありません。そんな時――一人の少女が転入してきたのです。
ふわふわとした甘い髪色。くるくるとか合わる表情に大きな瞳。健康的な体つきに、はきはきとした性格。
お姫様や、他の貴族のお嬢様達とは一風変わった彼女に、王子様は興味を引かれました。
「ねえ、そんなに自分に嘘をついてばかりで、疲れませんか?」
その言葉は、王子様にとっての決定打でした。その言葉で、完全に王子様の心は、少女に傾いてしまったのです。
しくしく、しくしく……。
お姫様は悲しみました。仲は芳しくありませんでしたけれど、お姫様はきちんと、王子様を慕っていたのです。
けれど――お姫様の気持ちに気付かないまま、二人はすれ違います。そして――
「エメルダ! お前との婚約を破棄する! 私を愛さないお前ではなく、私を真に愛する彼女こそ、私の妻に相応しい」
お姫様は絶望しました。あぁ……悲しい、哀しい…。どうして? 私は……。
お姫様の嘆きも聞かず、二人は去っていってしまいました。
そして――王子様は王様と、お姫様のお父様によって罰せられます。
その後、お姫様は修道院に入り、泣き暮らしましたとさ。
お終い
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しん、と。
何とも居心地の悪い静寂が、周囲を這う。
それに気付かない己の婚約者の図太さがアリスは羨ましかった。それ以外は、全く羨ましくなかったが。
ひっそりと、伏せた面から視線だけを持ち上げて。アリスは憂いがちな眼差しを、今しがた破棄を言い渡してきた婚約者へ向ける。
「メーディアリス、何か申し開きはあるか」
その高圧的な問いと、まるで罪人のような扱いにアリスは秘かに溜息を吐く。
片腕を取られ、手首と肩を掴まれて這いつくばるように抑えられたアリスを見るのは、胸がすくのだろう。
どこか優越感の籠った婚約者の視線。
「……殿下は、六代前の暗君をご存じでしょうか」
「そんな無駄話を――」
している時間はない。
そう言いかけた婚約者の言葉を遮って、アリスは王位継承権保持者にのみ伝えられる、『教訓』を語った。
「彼の王は、王子であった時分、未来の賢君と呼び声高い、聡明な王子だったそうです。
――如才なく思慮深い、賢明な殿下、と。
けれど、彼の王は学院に籍を置いた頃、一つ目の間違いを犯します」
アリスは、真っ直ぐに婚約者の目を見つめる。穏やかに凪ぎ切ったその眼光は、仄かな哀しさを帯び、伏せられた。
その仕草は、どこか消えゆきそうなほどの儚さを帯び、庇護欲をそそる。
知らず知らず、その内に――。
会場中、観衆の息が詰まる。無論、婚約者、その取り巻き、彼に縋りつく少女でさえ、生唾を呑んで――。
「――…彼は、彼の側近達は、学園の、平等をはき違えてしまいました」
俄かに、周囲がざわつく。あれほど高らかに響いていた音楽さえ、驚きに呑まれる。
「皆様、学園の平等とは何でしょう。何でしたでしょうか」
腕を掴まれ、伏せられてなお、決して大き
くはなくとも、堂々たる声。その問いに答えたのは婚約者でもその取り巻きでもなく、凛と佇む少女だった。
「僭越ながら。学園の掲げる平等とは――学びの自由かと。“平等に”学びの機会を与える。それが学園の掲げる平等と思っております」
一礼して下がる彼女に、気の弱い生徒達もおずおずと、同意を口にした。
「私も! …そう、思っています」「マリア様に同意です!」「マリア嬢の言う通りだな」
その、徐々に徐々に広がっていく数の圧力に、一所に固まった婚約者達は怖気づく。
「なっ、何だ! それがっ……なんだというんだっ」
張り上げられた、見苦しい声。
静寂の時点で注がれていた視線は、更に冷やかなものとなった。逆に、アリスに注がれる視線は、同情的なものだった。
「…同じでございましょう? 殿下のおやりになった行動、六代前の暗君の行動――。
・婚約者を罪人扱いする。
・権限を越えて婚約者を断罪、婚約破棄を私情で申し渡す。
最後に――
・別のご令嬢を伴なう」
ああ……と。
一斉に落胆、侮蔑、諸々が彼等に注がれる。
その中でアリスは、呆然とする騎士団長子息の手を払い、己の婚約者、この国の皇子たる存在の前で、最初で最後の、笑みを浮かべた。
それはまるで、艶やかな紅を纏う、目にも麗しい百花の王が、初々しく花開くように。夜露が花弁を伝い、朝日に照らされるように。
何もかもを包み、魅了するような笑みは、王子やその取り巻き達を呆然とさせた。
完璧な形に、艶やかな唇を吊り上げ、豊頬を擡げ、目元を三日月に。
片足を引き、裾を摘み、背筋は伸ばしたまま、アリスは腰を落とす。
「ご安心召されませ。わたくしには貴方方を裁く権限はございません。全ては、元老院と王陛下のご裁量にお任せ致しますわ」
語尾を上げ、喜色さえ孕ませた声には、確かな安堵があった。
いっそ危うげな色香を振りまくような、優雅な足取りが会場を去るまで、王子達はフロアの中央で、呆然と佇んでいた。
*
「ふふ、そんな事もあったね。……もっと、こてんぱんにやってしまっても良かったんだよ?」
如才なく微笑みつつ、優雅に首を傾げる隣の男を、アリスは胡乱げに見つめた。
ルーデンシュターム王国、二十七代国王――エルゼルト・アーチャ・ルーデンシュターム。
アリスの元婚約者の従兄たる、かつての大公子息だ。
「……十分でしょう。あれ以上は労力の無駄だわ」
「本当に?」
コロコロと愉しそうに笑う男は、妙に鋭い。
「だってあの時、アリスはあの愚昧な従弟を庇っただろう? 迂遠な言い方をして、鈍いものにはあまりはっきり想像できないように。これが王家の膿が表に出た結果だと、暗に示唆して。わざわざ王家の秘匿たる『教訓』を引っ張り出してきた。それに口を出さなかったね。お前なら、元老院や先王の裁量に口を挿む権利があった」
違うかい? と。小首を傾げ、頬を綻ばせ、エルゼルトは紅茶を啜った。アリスは、視線を落とす。そうして、笑う。
「……私が、裏切り者を庇ったと? 何故?」
いっそ無垢な程、可憐に笑ったアリスを、瞳を細めたエルゼルトは冷ややかに眺めた。
――あの後。アリスの元婚約者――余談だがサイラスという――は、王、並びに教会の許可もなく婚約を破棄するという、異例ながら前例のある行いに叱責を受けた。
それだけに留まらず、王位継承権の剥奪は勿論の事、浮気相手である子爵令嬢との婚姻、辺境貴族として国境紛争の最前線に身を置くことを申しつけられる。
ついで――というか、元老院の“助言”により、子を作る事は許されず、王都への接近禁止命令も出ている。
ただ、実質領地に軟禁という処置は、厳しいようで甘いものだ。何せ彼を咎められなかった側近という名の取り巻き達は皆、拘束の上軟禁、やら、魔力封じの枷をつけられたうえで放逐、やら、大分厳しい処置を取られている。
そう思えば、まだ王の温情が掛けられているというものだ。
それは兎も角。
その後、憔悴した王妃と共に、後始末を終えた王は退位した。その後釜として王座に就いたのが、エルゼルトである。
父が先々代の第二子、先王の甥にあたる彼は、父である大公曰く、放蕩息子。ただ、帝王学を納め、王子のスペアとして教育された彼は、実際のところ王子よりも優秀だった。
甘い顔立ちに柔らかな金髪、長身痩躯。世の女性が憧れる『王子様』を体現した彼は、御年23歳。
正妻もなく、若い盛りの彼の下には王妃の座を狙う女性陣が詰めかけた。が、結局のところ王妃教育云々の問題と、エルゼルト本人の指名により、王妃となったのはアリスだった。
アリスは良く笑う。そして一人を好んでいた。エルゼルトでさえ、近付くことを許さない日を。
けれど――
「愛の末路は、どうなったのだろうねぇ」
緩々・ガバガバ・グダグダetc.……。三拍子揃い踏みですね、うん。突発です。