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CGD1-⑦

 三人を席に案内し、私は再び接客へと戻った。お客さんの入りは、やはりさっきのエーテル騒ぎがあって少し控えめだったけれど、それでもそこそこに忙しいことには違いなく、私は休みなくテキパキと動き回った。


 と、こんな具合に、本来であれば私のバイトはこのまま忙しなく動き回り、そして割とアッという間に終わってしまうはずだった。しかし、今日はそうはならなかった。


 この時既に、私の日常は壊れだしていたのかもしれない。そして、そのことに気づくのに、そう時間はかからなかった。

 人々の日常を破壊するのは、いつだってやつらの出現を告げるアラートだ。そしてそれは今回も同じだったんだ。


「え?」


 何の前触れもなくアラートが炸裂する。すべての人間に生命の危機を伝えるべく、鼓膜を破らんとするほどけたたましくそれは鳴り響いた。


「ちょっと! またなの!?」「もう雨は降らないって言っていたじゃないか!?」「せっかくのディナーなのに!」「いいから早く逃げるわよ!」


 各々が悲鳴や怒声をあげている。レストラン内、いやビル全体が混乱状態に陥る中、人々を導こうと声を上げた人がいた。それはもちろん、私のよく知るあの人だった。


「みなさん落ち着いてください! 私たちはロイエの隊員です! みなさんは落ち着いて、地下のシェルターまで避難してください! 案内は我々がしますので、決して押したり走ったりしないでください!」


 ディナーを楽しんでいたはずの守さんが人々の前に立ち、皆に大声でそう呼びかける。その横では拓馬さんは誰かと連絡を取っている。恐らくロイエ本部から指示を仰いでいるんだろう。


 一方の私はというと、今日はもうエーテルは現れないだろうと高をくくっていたこともあり、さっきのアラートですっかり動揺してしまっていた。守さんたちのように人々の前に立つどころか、そもそも声を上げることすらできない。食器を載せたお盆を持ったまま私は固まってしまっていたんだ。


 人々が守さんの指示で避難を始める。幸い、ロイエ出現まではまだ30分近くあり、普通に歩いて避難すれば間に合うだろうと思われた。


 しかし、今日はもう雨は降ることはないだろうと、確かにロイエがあの後に言っていたはずだ。にも拘わらずこんなにも早くエーテルが現れるなんて、これは十分異常事態と言えるんじゃないだろうか?


「あの、ま、守さん……」

「どうしたの?」

「あの、私に何か、手伝えることは……?」


 確かに私はこの状況に動揺してしまっていたが、それでも何もできないなんて嫌だった。私はロイエにも入っていないし、魔術の訓練だって中途半端だ。でも、人の役に立ちたいという思いだけは持っていた。だから何でもいいので守さんの力になりたかったんだ。しかし、守さんは頭を振った。


「大丈夫。ここは私たちに任せて。あなたは他の人たちと一緒に早くシェルターに避難して」

「で、でも……」

「真昼ちゃんの気持ちは嬉しい。でも、一般人を危険に晒すわけにはいけないの。私はみんなを守る為にロイエに入ったの。だから、私はあなたも絶対助けるわ」


 そう言って、守さんが私の頭を撫でた。私はそれ以上言葉が出なかった。私は黙って守さんたちの様子を見守っているしかなかったんだ。


「なんて弱いんだ、私は……」


 歩きながら、私はそう自嘲気味に笑うことしかできない。想いがあるつもりだって、行動を起こしていないのなら無いのと同じだ。それを嫌というほど思い知らされる。今の私は、何の力も持たないただの子供と一緒だ。今の私には、守さんに話しかける権利すらないのだと痛感させられる。


――強くなんて、ないのに……


 またしても、学校で出会った彼女の言葉が想起される。やはり、彼女は私よりも弱いなんてことはない。弱いのは私だ。僅かにではあるが、戦う力を持ちながら戦いから目を背けている私こそがこの世界で最も弱い人間だ……。


 このままでいいの? と、私の心が問いかける。

 これでいいとは、とてもじゃないが思えなかった……。今までは見て見ぬフリができたけど、目の前でロイエの人々が任務に臨んでいるのを目の当たりにしてしまっては、今までのように簡単に目をそらすことなんて出来ない。このまま逃げ続けてしまったら、もう本当にあおいに顔向けができなくなる。あずさを守ると言ったあの時の言葉も全部嘘になる。そんなのは、嫌だ。私は、弱いままは嫌なんだ……。


 確かに、私には力がない。「魔術変換」を持たない私は、決してあおいのようにはなれないのかもしれない。それでも、私には私なりにやれることがあるんじゃないのか?


 いや、受け身ではなく、私でもやれることを探さないといけないんだ……。


 そしてついに、私の心は決まった。


 シェルターの近くまで来ていた私がいきなり進行方向を変える。


「ちょ、ちょっと小鳥遊! 一体どこ行くのよ!?」


 一緒に逃げていた職場の先輩が突然の私の行動に驚愕する。私は先輩に向かって言った。


「す、すみません! でも、行かないと、駄目なんです……!」


 私は今来た方向へと走り出す。後ろから私を呼ぶ声が聞こえるが無視する。

 我ながらとんでもない愚行だと思った。しかし私は止まらない。逃げる人々をかきわけ、私はビルの階上へと走り出したのだった。

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