CGD1-④
「ここは危ない。じきに奴らがやってくる。あなたは早くシェルターに向かって」
「は、はい。でも、あなたはどうするんですか?」
「私はここでやつらが校内に侵入してこないか見張っている。いくら結界が張り巡らされているとはいえ、やつらが中に入ってこない保障はない」
彼女は窓の外を見つめながら私にそう言った。私は思わず耳を疑った。彼女が言う通り学校には強固な結界が張られている。だが、それでも守りは万全ではない。危険があるからこそシェルターがある。雨が上がったあとロイエによる「浄化」を待った方が安全なのは明らかだ。
「ダメですよ。もし校内にやつらが入り込んだら、あなたがエーテルに殺されます」
出会って間もない人ではあったが、私を助けてくれた人をみすみす見殺しにするような真似はしたくない。私は彼女の腕をつかんで一緒に逃げるように促した。すると、彼女はこう答えた。
「大丈夫。私は戦う力を持っている。そんな簡単にやつらに殺されたりしない」
そう言って彼女は、何もないところから黒色の「刀」を取り出す。それは彼女の背丈ぐらいある長い刀だった。
それを見て私は勘づく。こんな芸当ができるということは彼女は魔術師で間違いない。そして彼女が、エーテルと戦うことができるというのなら、彼女はつまり……
「あなた、ロイエの魔術師、だったんですね……」
私なんかに心配される必要のない、人類の為に戦うことができる戦士ということだ。
「そう。だから私の心配は無用よ。いいから、あなたは早くシェルターに行きなさい」
彼女のその言葉からは、自分なら私たちを守り切れるという自信が感じられた。きっと彼女は、これまで多くの死線を潜り抜けてきたのだろう。
力のない私とは、似ても似つかない。
彼女のように、強く、美しく、そして気高かったら、どんなによかっただろうか? 死の恐怖など感じることはない。ただひたすら、人々を守る使命感に燃え、人々を守れる自身を誇り、そして、あおいと肩を並べられるような戦士になれたのだろうに……。
校内に再びアラートが鳴り響く。
こんな時に、自身の無力さを呪っている場合ではない。私たちを守ってくれる人を羨んでいる場合ではない。なのに、どうしてこうも私は自分勝手で、嫌になるほど他人を妬んでしまうのだろうか。
私にできないことをやっている人にエールを送ることもできない。助けてくださいとお願いすることもできない。これではまるで、生きながら死んでいるようなものだ。こうして私は人を妬むたびに、少しずつ腐りついていくのだろうか……?
「聞いているの? 早くシェルターに避難しなさいと言っている」
「……ご、ごめん、なさい。少し、ボッとしてしまって……」
「本当にあなた大丈夫? 顔色が悪い……」
心配そうに私に手を伸ばそうとする彼女に、私は待ったをかける。それが私にできる最大限の強がりだった。
「大丈夫。シェルターに行くわ。あなたの足を引っ張るのはしのびないですからね」
踵を返す。そして黙ってシェルターを目指そうとする。しかし、そんな私の背中に向かって彼女が言った。
「待って。あなた、本当はとんでもない魔術の持ち主ね」
「なんで、そう思うんですか……?」
「同じ魔術師同士ならそれくらいわかるでしょ? あなたはそれほどの実力があるのに、どうしてロイエに入らないで……」
言いかける彼女に対し、私は堪らず振り返っていた。
「なぜロイエに入隊せずに逃げ続けているのか?」と問いかけようとする彼女を、私は僅かに睨んでいたのだ。彼女は突然のことに驚きを隠せないようであった。
私は、恩人である彼女に対し、衝動的にではあるが、あろうことか敵意を向けてしまった自分を恥じた。そして取り繕うように最大限に笑顔を作り、彼女に向かってこう言った。
「私は弱いから、強いあなたのような人にはなれないから、だから、私は戦わないの」
再び彼女から視線を逸らす。もはやこれ以上彼女に向ける言葉はない。私は黙ってシェルターに向かって歩き出す。
後ろで彼女が何か言いたげにしていたが、私は構わず歩みを進める。すると、そんな私の背中に向かって彼女はこう言ったのだ。
「強くなんて、ないのに……」
あまりに寂しそうな声に私は思わず振り返る。しかしもう、そこに彼女の姿はなかった。
後には、泣きそうな曇り空だけが私の視界に広がっていた。
帰路。結局あれから約30分後に雨が降り出した。幸い、雨の勢いはそれほど大したことはなく、エーテルの出現はごくごく限定的だった。ロイエによるエーテルの「浄化」も順調に進み、私たちがシェルターに入って二時間後にはすべての片が付いていたのだった。
とはいっても、エーテルの出現がどれほど小規模だったとしても、アラートが鳴り響くと都市のあらゆる機能がストップすることは間違いない。命を守るために人々は地下に用意されたシェルターに身をひそめる。しかし雨が降りやつらが地表に到達しても、すぐにはやつらは行動を開始しない。というのも、核に向かってやつらが寄り集まり、身体を形作るまでにはある程度の時間がかかるのだ。そして雨が止むころやつらはようやく動き出す。それだけでも相当な時間を要する為、人間の経済活動にとってダメージは甚大になるというわけだ。
もちろん、ダメージを受けるのはそれだけではない。もしやつらが活動を開始する時間帯に外にいようものなら、人間は瞬く間にエーテルの餌食になってしまう。雨が降っている途中で外にいると、雨に紛れたエーテルが体内に入り込み気付かぬうちにやつらによって内側から食い破られてしまうのだ。
どっちにしても、この世界の雨は死を表す。経済活動にとっても、人間自身にとってもだ。
しかし、その死の運命を書き換える力を持つ者たちがいる。それが「ロイエ」だ。
雨が上がるころ、魔術による防御シールドをまとった魔術師たちがエーテルの「浄化」作業へと向かう。彼女らの使命は、やつらを殲滅し、この地から根絶やしにするところにある。
エーテルとの戦いは死と隣り合わせだ。実際、私のクラスメイトで任務中に亡くなった子もいた。
いつ命を失うか分からない。それでも、彼女らがやらねばこの世界は途端に死であふれかえってしまう。人々を死から救うには誰かが死に近づかなければならない。
あまりに理不尽だが、この世界で人類が生き残る為にはそれしかないんだ。これこそが、1/5以下に減った人類がこれ以上の犠牲を出さないために生み出した捨て身の戦法なんだ。
力あるものは、人類を救う刃になれ。幼い私たちは今までずっとそう教えられてきた。そして、そんな「洗脳」が功を奏したのか、私たちは幼い時から人々の為にエーテルを殺す「刃」になりたいと思っていた。
私もそれは例外ではなかった。そしてそれは、あの子も同じだった。