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CGD1-③

「……誰から、それを?」


 彼女の名前を聞いた途端、冷静を装っていた感情が熱を帯び始める。

 まずい、気を静めなければとは思いつつも、私の中で彼女に関する記憶が駆け巡り、私は眩暈のようなものを起こしかけてしまう。


「誰から聞いたかは、すまんが言えない。だが、あの羽岡あおいと、そしてその妹である羽岡あずさと仲の良かったお前が、死ぬのが怖くてロイエに入りたくないなどと言うとは思えないんだ。俺は、もしかしたら、羽岡あおいの死がお前の心に何か影響を与えたんじゃないかと思って……」

「先生、いくら先生でも、それ以上変なこと言うようなら怒りますよ」

「な……」


 私の剣幕に中林先生が怖気ずく。先生を睨んで黙らせようとするなんて、今の私はどうかしている。しかし、私にだって踏み込まれたくない領域はある。それすらも超えるというのなら、私は二度と先生と口を利くことはないと言い切れた。

 私の怒りを知ってか、中林先生は「……悪かった」と謝る。私も表情を緩め、「私こそすみません」と言った。


「生徒の自主性を重んじることを俺は信条にしている。だが、お前の魔術の才能はけた外れだ。それだけに、もったいないなんて思っちまったんだよ……」


 恐らくその発言は、先生が本当に心から私には才能があると思ってくれてのものだったんだろう。でも、それは大いなる間違いだと私にははっきり言えた。だって、本当は私には、先生が思っているような才能なんてありはしないのだから。


「私がロイエに入ったって、足手まといになるだけです。守られるだけの魔術師にいったい何の価値があると思いますか?」

「足手まといなわけあるか。お前ほど魔力を素早く生成できる魔術師を俺は見たことがない。実際、ロイエ所属の魔術師の中には戦闘を行わない魔術師もいる。下手に戦ったところでエーテルと互角には戦えないのなら、魔力生成と指揮に集中した方がいいからな」

「それでも、その人だって、自分の身を一度くらいは守れます。でも私はそうじゃない。襲われたらそこで終わりです。そんな人間は、下手に戦いになんて参加しない方がいいんです。私を守るために隊が全滅するくらいなら、私はその場で自分の頭を吹き飛ばします」


 そう言って、私は席を立つ。これ以上の問答は不要だ。このままここにいてはもっと余計なことを言ってしまいかねない。中林先生はまだ何か言いたそうにしているが、私が歩き出したのを見てこれ以上説得することは難しいと思ったのか、ただ一言「悪かったな」とだけ言って、もう私を引き留めることはなかった。


 廊下へと出る。ドアによりかかりながら、私は廊下の窓の外を見つめる。私の心をそのまま表しているのではないかと思えるほどの、見事なまでの曇天だ。太陽が顔を現す気配すらない。

 それを見て私は「はは……」と乾いた笑いを漏らした。面白いことなんて一つもない。それでも、笑わずにはいられない。ささくれ立ち始めていた私の心が平静を取り戻すには、それなりの時間を要するようだ。私は自身を落ち着かせることを諦め、帰路に就くことにした。


 廊下を歩く私の頬を、不愉快で、嫌に湿気を帯びた風が舐める。既に11月の下旬に差し掛かっているというのに、肌にねっとりと張り付くような風が吹くのは、間違いなくやつらの出現を暗示している。

 瞬間、辺り一帯にアラートが響き渡る。それは人々を恐怖に突き落とす、悪魔の襲来を告げる鐘の音だった。


『今から一時間以内にエーテルが襲来するとの予報がロイエより発令されました。学校に残っている生徒並びに教職員はシェルターに避難してください! 繰り返します! 今から一時間以内にエーテルが襲来するとの予報が……』


 あと数十分もすれば、雨に紛れてエーテルがやってくる。人間を殺す為に、人類を滅亡させる為に、やつらが宇宙から地球に降ってくる。

 人類は気象庁所属の魔術師により、天候を一定程度コントロールすることができる。だが、その技術も完全ではない。人類の魔術のすきを縫って、この地球ほしは世界に死の雨をもたらそうとする。まるで、この地球に住まう害虫を駆除するかのように。


 幼いころから、人類を救いたい、一人でも多くの人を助けたいと思ってきた。

 女子高生という身分でありながら、刀を取り輝かしい戦果をあげるあおいを見て、私もあんな風になりたいといつもあこがれていた。

 でも、高校2年生になった私は、人々を救うどころか、恐怖に悲鳴を上げる人に手を差し伸べることすらできず、ただ黙って人々が逃げ惑うのを見ているしかない。それは絶望的なまでの差だった。


「……なんで、私は」

 

 何もできない自分が、悲しいほど惨めだった。

 身を切る痛みが無力な私を襲う。

 思わず私は、苦悶に顔をゆがめながらしゃがみ込みそうになってしまう。


 すると、その時だった。

 不意に身体が温かいものに包まれる。私は驚いて目を見開く。そこにいたのは、私と同じ制服を着た見覚えのない女生徒だった。


「大丈夫?」


 私を抱きかかえたまま、彼女は言葉少なに私に尋ねる。彼女は私よりも頭一つ分以上は背が高く、腰まである長い黒髪がとても艶やかだった。

 瞬間、別の意味で目眩を覚えそうになる。可愛いとか、そんな安っぽい感想ではなく、私が彼女に抱いた感情は、本当に綺麗で尊いものを見たときに抱く畏怖の念に近いものであった。


「……えっと、だ、大丈夫、です」


 見とれて返事をしていなかったことに気付き、私は急いで返答をよこす。


「そう……それなら良かった」


 私の言葉に対し、彼女は言葉少なにそう言った。しかし、言葉は短く素っ気ないように思えるが、私を見つめる彼女の表情が微かにではあるがほころんだように感じられて、私は彼女に親しみのようなものを抱いた。きっと彼女はとても優しい人なのだと、出会って何秒もたたない私ではあるが、彼女に対し非常に好意的な印象を持ったのだった。

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