CGD5-⑥
私としてはどうしてもプランβを曲げるわけにはいかないが、それでも、私を直接守る後衛であるあずさの承諾が得られなければ作戦を継続させることは不可能になってしまう。それだけはどうしても避けなければならない。
私は意を決し、あずさを説得したい一心でこう言った。
「あおいなら……あおいならきっと、この程度の危険は顧みないはずだよ。あおいの為にも、私たちはこの作戦を成功させないといけないのよ」
ここであおいの名を語ることは、本来であればあまり気乗りすることではない。だが、事はそれだけ重大なことなんだ。あおいの想いを持ち出してでもあずさを説得する、私はひとえにそれだけを考えていたんだ。
だが私の予想に反し、私の言葉を聞いたあずさはカッと目を見開き、何も言わずにただ黙って私をじっと見つめていた。
私はあずさの予想外の反応にどうして良いのか分からず、「ど、どうかしたの?」としどろもどろになりながら言葉を紡ぐことしかできない。するとしばらくして、ようやくあずさが口を開いた。
「どうして、お姉ちゃんの名前が出てくるの?」
「え? ど、どうしてって、言われても……」
「ここでお姉ちゃんの名前を出すのは、ずるいよ……」
そしてそれからあずさは力なく項垂れ、布団を掴んだまままた何も言葉を発しなくなってしまったのだ。あずさのこんな反応は、私が覚えている限りではほとんど初めてのことであった。
「あ、あずさ……?」
「…………」
「あ、あの……」
私はぐちゃぐちゃな頭のまま無理やり言葉を引っ張り出そうとする。だが……
「ごめんまーちゃん……」
それはあずさの言葉によって遮られることとなった。
「な、なに?」
「わたし、ちょっと疲れてるから、少しだけ、寝かせてもらってもいいかな……?」
「え……? わ、わかった……」
口調こそ柔らかいものの、そこには明確に拒絶の意思が含まれているような気がして、私はあずさの言葉に従わざるを得なかった。
もはや今のあずさに、私が声をかけることは不可能であった。
呆けたまま医務室を出る。すると、そんな私の元へ守さんが駆け寄ってきた。
「あずさちゃんの具合、どうだった?」
「えっと……」
私は頭がまとまらなかったが、なんとか先ほどの会話を守さんに伝えた。守さんはたどたどしく話す私に苛立ったり急かしたりすることなく、なんども頷きながら話を聞いてくれた。
話を聞き終えた守さんは神妙な面持ちで口を開く。
「なるほど、あずさちゃんがそんなことを」
「はい……。まさか、あんなに拒絶されるとは思わなくて……」
「まあまあ、あずさちゃんだって疲れてただろうし、つい強めに言っちゃっただけだと思うよ。でも、あずさちゃんがその様子だと、やっぱりプランβを採用するのは難しいかもしれないね」
守さんは首を捻る。
プランβはなんとしても遂行したい。だが、現状の完成度では確実性があるとは言えず、あずさを納得させる要素は乏しいと言わざるを得ない。
すると私の心情を察してか、守さんは私にこう言った。
「真昼ちゃんの作戦に対する気持ちはよく分かるよ。でも、今のチームワークでこの作戦を遂行することにはそれなりにリスクがあることも認めざるを得ないと思うよ。まあ、これに関しては真昼ちゃんだけのせいじゃなくて、真昼ちゃんよりも長く同じチームでありながら改善策を講じてこなかった私達にも大いに責任はあるんだけどね……」
「そんなことは……」
私が「そんなことはないです」と言いかけると、守さんは表情を崩して私の頬にその温かな手で触れた。
「守さん?」
「全部背負おうとするのはダメだよ。指揮官は真昼ちゃんだけど、私だって年長者としてチームをまとめたいって思ってるんだから、もう少し私たちを頼ってくれてもいいんだからね?」
守さんの声色はとても優しく、私を包み込んでくれるような温かさがある。
そのおかげで、いつしか私は冷静さを取り戻していたのであった。
「ありがとうございます。少し落ち着きました」
「そう。なら良かった」
「はい。やはり、現状ではプランβは難しそうですね。不本意ではありますが、しばらくは通常の陣形でいこうと思います。せっかく付き合ってくれたみなさんには申し訳ありませんが……」
「それはしょうがないよ。とりあえず試験的に導入しただけだし、今日の結果を踏まえての判断ならそれも致し方ないって」
そう言いながらも、守さんは「もし今度、またプランβをやるなら私はすぐにでも対応するよ」と頼もしい言葉をかけてくれた。私は「その時はお願いします」と言い、守さんに感謝の意を伝えた。
「さて、あずさちゃんはまだ時間かかりそうだけど、真昼ちゃんはこの後どうするの? あずさちゃんを待つの?」
守さんの問いに対し、私はかぶりを振る。
「いえ、一度頭を冷やすためにも一人で帰ることにします」
「そっか。じゃあ、今日の振返りはまた明日にしよう。今日は帰ってゆっくりするといいよ」
守さんはそう言って私にウインクを向けた。私は改めてお礼を言い、お言葉に甘えて家で休むことにしたのだった。
だがその帰り道、私はやはりあることがずっと気になったままであった。プランβのことではない。それも気にはなるが、私が今気になっているのはそれとは別のところであった。
――ここでお姉ちゃんの名前を出すのは、ずるいよ……
あずさはあの時確かにそう言った。
「ずるい、か……」
今から二年前、忘れ得ぬ最愛の人との別れ。あの日、葬儀で泣き崩れていたあの子の姿が脳内にフラッシュバックするように想起される。
私の心がズキリと痛む。それほどまでに、あの時のあずさの悲しみは筆舌に尽くしがたいものであった。
それでも、身を切る痛みに全身を蝕まれながらも、あずさはこの二年間を耐え抜いた。親代わりだった姉のいないこの世界で強く生き続けた。
だが本当は、あれから二年が経った今も、彼女の心は決して癒えてなどいないのではないだろうか?
時折黙って私の胸に抱きしめられに来るあずさ。だが彼女がそれ以外の時間に弱音を吐くことはない。私はそれを彼女が立ち直ったのだと解釈していた。だが、本当は違うんじゃないだろうか?
「いやそもそも、二年そこいらで母親代わりだった人の死を完全に乗り越えられるわけないわよね……」
私ですら、時折あおいを思って無性に泣きたくなることがあるのに、妹であるあずさがそんな簡単に吹っ切れたら苦労はしない。
もしかしたら、ロイエの戦いに身を投じることで悲しみを感じる暇すら与えないようにしている可能性だってある。
「やっぱり、不用意だったかなぁ……」
やはり、想いの強さを伝える為だったとはいえ、あれはあまりに迂闊だったと今は思う。今後はもう少し慎重に言葉を選ぶ必要がありそうだ。
「はあ……寒い……」
独りだと寒さが余計にこたえる。明日学校に行ったらまずあずさに謝ろう。そしてまた一緒に帰れるように今日のことを許してもらうんだ。
私は冷たい手に息を吹きかけながら、独りそう強く思ったのであった。




