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CGD1-②

 11月21日の月曜日、私はその日、いつもと同じように普通に学校に登校し、代わり映えのしない授業を受け、あずさと他愛ない会話を交わすなどして一日を過ごしていた。

 その日の放課後、ロイエの訓練に向かうというあずさを見送った私は、特に用事もなかったので、バイトまでの間の時間をいかにして過ごすかを考えていた。すると、突然私は担任の中林先生の呼び出しを受けたのだ。

 とある空き教室の一角、二つの机を向かい合わせ、私は中林先生と相対する。私の面倒くさそうな表情に、先生は困ったようにひきつった笑いを浮かべている。

 ちなみに中林先生は二十代中盤の若手の教師で、時代外れの金八先生なみの熱血教師である。まあ、逆にそういう人は今の時代希少種なので、重宝されていたりもするのだけれど。


 そんな先生の言いたいことは分かっていた。今まで何度も先生には呼び出しを食らっているのだから、いまさらといったところだろうか。


「小鳥遊、なんで俺がお前を呼び出したか、もちろんわかるよな?」

「それは、まあ。しかし、先生も懲りませんね。ほんの二週間ぽっちで私の意思が変わると思いますか?」

「……思わん。ああ、全然思わない。……だが仕方ないんだ。これはお偉いさん方の命令だからな」


 先生が私を呼び出す理由、それは、私が魔術使用者でありながら、「ロイエ」の活動に参加していないからに他ならない。

 慢性的な人員不足にあえぐこの世界において、一人でも多くの魔術師をエーテルとの戦闘に参加させたいのが「ロイエ」の本音だ。実際、クラスメイトの何人かは対エーテルの戦闘員としてロイエに所属している。


「先生も大変ですね。あ、よかったら肩でも揉みましょうか?」

「いらん。大変だと思うなら、色よい返事をしてくれると助かる」

「いやあ、それとこれとは別問題ですよ」


 私は適当に笑いながらそう言った。


「俺だって、別に強制したい訳じゃない……」


 中林先生は大きなため息をつく。それを見て、私はわざとらしくこう言った。


「ため息つくと幸せが逃げますよ」

「誰のせいだと思ってんだよ……」


 先生が呆れる。でもすぐに切り返してくる。


「ええい! いつもお前にはしてやられているが、今日はもうこれ以上お前の手には乗らんぞ」

「人聞きが悪いですよ。私は普通に会話をしているだけです」

「これのどこが普通か? ってかそろそろ本題を話させろ」


 いい加減不毛な会話に疲れたのか、先生が表情をきつくさせ、突っぱねるようにそう言った。


「まあ、それはまた今度ということで」

「いい加減にしろ小鳥遊。俺は真面目に言ってんだよ。俺だって別に暇じゃねえんだ。あんまり教師舐めんなよ」


 そう言う先生の声には、いつもとは違い脅すような調子を含んでいることに私は少なからず衝撃を受ける。というのも、中林先生は普段はあまり人のことを無下にするような真似はしないからだ。実際、これまでどれだけ私がふざけたことを言っても、先生が本気で怒ることはなかったのだ。


「そろそろ話してくれ。どうしてそこまで頑なに『ロイエ』への入隊を拒むのか」


 中林先生はそう尋ねる。先生の目がここまで真剣なのも初めてのことであった。

 だが、それでも私は平静を装うことにした。心の中は僅かながら動揺していたが、そんな様子は億尾にも出さず、なんとかいつもの調子で返答した。


「どうしてって、ロイエに入るってことは、エーテルと戦うってことですよね? あんな化け物と戦って生きて帰れるとは思いません。私は、死ぬのが怖いだけです」

「嘘だな」


 あまりにはっきり断定される。正直ムッとしたが、私は意地でもムキにはならない。


「嘘じゃありません。どうして先生はそう思うんですか?」

「お前が生に執着しているようには見えないからだ」


 教師のくせにとんでもないことを言ってくるものだ。だが、完全に否定できないあたり、意外と図星をつかれているのかもしれない。まあそうは言っても、生にそこまで執着がないからって、別に今すぐ死にたいなんてことも思ったりはしないが。


「人聞きが悪いですよ。私だって人並みに死ぬのは怖いです」


 さっきから先生なりに私に揺さぶりをかけているのだろう。しかし、それがわかっている以上、私だってそんな簡単に乗るつもりはない。これまでだってそうやってやり過ごしてきたんだ。だから今日も、私はハナから真面目に話をするつもりはなかったんだ。


 中林先生はいい先生だと思う。生徒想いだし、私たちを子供だからといって軽んじたりもしない。それでも、中林先生とは所詮先生と生徒の関係でしかない。他人に対して心の中までつまびらかにする必要はない。

 いくら尋ねようともこれだけのらりくらりと躱されては先生だってじきに諦めるはずだと、私は信じて疑っていなかったんだ。


「分かった。百歩譲って、お前も死ぬのが怖いのだとしても、本当にそれだけが理由なのか? 俺には、他に理由があるように思えてならないんだが」


 だけど、やはり今日に関してはいつもの中林先生とはわけが違っていた。基本的に先生は生徒の意思を尊重してくれる。でも今日はそうではなかった。私の意思を尊重しない結果になるとしても、ある程度までは踏み込まねばならないという覚悟を、今日の先生は持っているように思えてならなかった。

 中林先生は少し躊躇いがちに言う。


「もしかしたら気を悪くするかもしれないんだが、俺はお前と同じ中学出身の生徒に、昔のお前について尋ねてみたんだ。そうしたらその生徒は、かつてお前が、『いつかはロイエに入隊して、人々の為に戦いたい』と言っていたの聞いたことがあると言ったんだ」

「若気の至りですね。年数がたてば、気持ちも変わります」


 16歳の小娘が何を言うと思われても構わない。人は否が応でも成長する。身体も心も。心が変われば発言も変わる。所詮、成長期の人間の発言などその程度でしかない。しかし、やはりと言うべきか、私の発言に対し中林先生はかぶりを振ったのだ。


「そうかもしれんが、俺はやはりそうは思わない」


 若気の至り、という発言を馬鹿にしないあたりは実に中林先生らしい。


 しかし、なぜそうと言い切れるのか? 言っちゃ悪いが、私と先生の関係なんてほんの8ヶ月くらいのものだ。あずさに言われるのなら納得もするけど、先生にこれ以上あれこれ言われるのはさすがに気に障るというものだ。すると、先生は次にこんなことを言ったのだ。


「これも他の生徒に聞いたのだが、お前は、かつて最強の魔術師と謳われていた『羽岡あおい』と仲が良かったそうじゃないか?」


 先生の口から飛び出したのは、私にとって実に予想外の名前であった。

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