CGD5-⑤
訓練が終了し、私たちの意識は現実世界に戻ってきていた。
訓練の結果は「ランクB」。A~Eまである中で上から二番目の成績であることを考えれば、この結果はそれなりに優秀であると言えるだろう。
実際、こちらは誰一人として被害を出さなかっただけでなく、タイムに関しても今までよりも格段に早かった。だがその反面、私たちが前線の方に向かったことで敵が集中し、何度か命を落としかねない危機を迎えたことや連携不足が露呈したこと等がマイナスとなり、最優秀である「ランクA」は逃してしまったわけではあるが。
すると、身体をいっぱいに伸ばしながら守さんが口を開いた。
「いやぁ、慣れない陣形で色々と戸惑ったけど、とりあえず結果が出たのは良かったよね」
「当然よ。この程度出来ないで、実際の作戦で生き残れるわけがないわ」
守さんに対し毒づきながらも、哀華さんの表情はいつもよりも柔和な印象を受ける。すると守さんは笑顔のまま哀華さんの背中を軽く叩きながらこう言った。
「そうだね。哀華ちゃんも前に後ろにお疲れ様」
「ふ、ふん……」
「あれ、渡真利さん照れてる?」
するとこれ見よがしにニヤニヤ笑いながら佑紀乃さんが哀華さんをおちょくり始めた。あの哀華さんを弄ろうとするあたりやはり佑紀乃さんは大物だと思う。
「て、照れてるわけないでしょ!? くだらない事を言うのはやめなさいよ!」
そんな佑紀乃さんのいじりに対し、哀華さんはポニーテールを振り乱して抗議する。だが佑紀乃さんはそんな哀華さんの抗議に対してもどこ吹く風であった。これ以上やると喧嘩になりかねないので、私は二人の間に割って入ってこう言った。
「ま、まあとりあえず落ち着いてください。とにかく、今回は初めてのプランβではありましたが、皆さんしっかりやってくださってありがとうございます。課題も沢山出ましたが、ひとまず作戦が無事終了して私自身も少しホッとしてます。今回の演習のおさらいを早速やりたいところではありますが、皆さんも疲れていると思うので、今日に関してはゆっくり休んでください」
私がそう言うと、哀華さんと琥珀さんは「お疲れ」とだけ言葉を残し、早々にその場を離れ帰路に着いた。
守さんと佑紀乃さんは今日の作戦内容について取り急ぎ私に話があるとのことでまだ残っている。私はひとまずあずさにこの後どうするのか確認しようと思い、彼女に声をかけようとした。
「あず……あずさ?」
だが、すぐにあずさの様子がおかしいことに気が付いた。
「あずさちゃんどうしたの? 顔色が悪いけど……」
同様に守さんもあずさの異変を察しあずさに近づこうとする。するとあずさがハッとしてこう言った。
「す、すみません、ちょっと体調が悪いので医務室に行ってきます……。みなさんは、わたしのことは気にしなくていいので先に帰っていてください」
「え? ちょ、ちょっと、大丈夫? 私もついて行こうか?」
私は心配になってそう言う。だがあずさはかぶりを振る。
「……ううん、大丈夫。少し体調が悪いだけだから、まーちゃんも先に戻っててくれて大丈夫だからね」
「あ、ちょっと! あずさ!」
私の呼びかけには答えず、あずさはそそくさとその場を後にしてしまった。そんなあずさの様子に、私たちは思わず顔を見合わせてしまった。
「あずさちゃん、どうしたのかな?」
「うーん、分からんねえ……」
守さんの言葉に首を傾げる佑紀乃さん。体調が悪いと言ってはいたが、作戦中は特に異常は見られなかっただけに、私にもあずさの今の状態は推測できなかった。
結局、それからあずさが戻ってくる気配はなかった。私があずさを心配して上の空気味だったこともあり、守さんは「話は明日でいいよ。今はあずさちゃんについていてあげてよ」と私に言ってくれた。私は言葉に甘え、あずさのいるであろう医務室へと向かうことにしたのだった。
ロイエ本部2Fにある医務室に辿り着くと、私は部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
扉の奥から女性の声が聞こえる。私は「失礼します」と言いながら扉を開いた。
部屋には白衣を着た一人の女性が座っている。女性は「どうされましたか?」と私に尋ねた。
「えっと、友人がここで休んでいるはずなので、会わせていただけないかと思いまして」
私が事情を話すと、女性はカーテンが閉まっている一つのベッドを示してくれた。どうやらあずさはそこで眠っているらしい。
「あずさ?」
「……まーちゃん?」
私が呼びかけると、カーテンの向こうであずさが言葉を発した。
「うん、真昼。心配だから見に来たのよ。入ってもいい?」
「……う、うん、大丈夫」
若干遠慮がちにではあるが私が部屋に入ることをあずさが了承してくれたので、私は静かにカーテンを開いた。
カーテンの奥にはベッドに横になっているあずさの姿がある。やはり心なしか寝ている彼女の顔色はあまり良くないように思われた。
「具合はどう?」
私はベッドの隣の丸椅子に腰掛けながらそう尋ねる。
「大丈夫。少し寝ればもう帰れると思う」
「そっか、それなら良かったわ」
「うん、心配かけてごめんね」
あずさは私に笑いかける。だが、やはりその笑顔はぎこちなく、不安そうな気持ちすら私には感じられた。故に私は思わずこう尋ねた。
「なにか悩み事でもあるの……?」
「え? ど、どうして、そう思うのかな?」
「だって顔に書いてあるもの。長い付き合いだし、それぐらい私にも分かるわよ」
図星だったのか、あずさは苦笑いを浮かべた。
「それで、何に悩んでるのよ? もしかして、今日の演習について……?」
私が尋ねると、あずさは小さく頷いた。そして彼女は消え入りそうな声でこう言った。
「あの時、最後にエーテルの攻撃を受けたとき、まーちゃんが死んじゃうかもしれないと思って……」
「え?」
私は思わずあずさを見つめる。だが、あずさが冗談を言っている気配は微塵もなさそうであった。
「演習ぐらいで何を……」
私は「何を馬鹿なことを言うの?」と言いかけて口を噤む。
あの場面をもう一度思い出せ。エーテルの攻撃の軌道上には確実に私の身体があったはずだ。もしあれが演習ではなく実戦で、しかもあずさが私を助けてくれていなかったら、確かにあずさが言う通り私があそこで負傷していた可能性は高い。場合によっては命を落としていたかもしれない。紙一重で、しかも人に命を助けてもらっておいて馬鹿なもないものだ。
「……まあ、確かにあの場面は危なかったわね。手を抜いたつもりはないけど危機を招いたのは確かだし、そこはちゃんと反省しないといけないと思うわ。でもね、戦闘に参加している以上怪我を過剰に恐れるわけにはいかないのよ。あずさだってそれは分かるでしょ?」
「それは分かるけど、でも、わざわざ自分から余計に危険に晒されに行く必要はないんじゃないかな?」
ハッキリとは言わないが、プランβに対し暗に反対姿勢を示すあずさ。
「確かにリスクは高いわ。でも、あの作戦が上手くいけば確実にスピードアップに繋がる。そうすれば、人類がエーテルに勝利する日は早くなるわ」
「でも、その前にまーちゃんが死んじゃったら、元も子もないよ。そんなの、わたしは耐えられないよ……」
あずさは唇を噛み下を向いてしまう。この状況、私は一体どうしたらいい? 私と今のあずさでは向いている方向が違いすぎる。このままでは議論は平行線を辿ってしまうのではないだろうか……。




