CGD5-②
あずさは守さんに軽く会釈したものの、その表情は相変わらず暗いままであった。無論、私だってあずさにこんな顔をさせることは不本意だ。だがそこまでしても私にはやらなければならないことがある。少しでも戦いの長期化を防ぐ為にも、この作戦を私はどうしても試してみたいと思ったんだ。
「あずさ、あなたの気持ちはわかるけど、私はどうしても明日のVR演習ではプランβを試してみたいの。もし採用してみた結果芳しい成果を得られなかったら、その時はしっかりプランの練り直しをする。だからどうか、明日はこの作戦でいかせて。お願いだから……」
私は何のためらいもなくあずさに頭を下げる。すると、それに驚いたのはほかでもないあずさだった。
「あ、頭を上げてよ! そんなわざわざわたしに頭を下げる必要なんて……」
「でも、無理を言っていることは分かっているから、せめてこれぐらいはやらせて」
「だ、だからいいってば! まーちゃんがそこまで言うのなら、わたしは、まーちゃんの意見に従うよ。わたしは後衛なんだから、どんな状況でも必ず指揮官を守ってみせるよ」
最後は無理にでも笑顔を作り、あずさは私にそう宣言してくれた。その言葉をもって、今回のVR訓練のプランは確定した。あずさの反対を押し切ってまでやるのだ、必ず何かしらの成果を上げなければならないと、私は覚悟を決めたのだった。
今回のVR訓練でプランβを採用した経緯はこんなところだ。引き続きあずさは本作戦に不満があるようだが、今は私のわがままを通させてほしい。文句ならこの作戦の出来次第でいくらでも聞いてあげるのだから。
私とあずさは並んで走り出す。少しでもみんなとの距離を詰める。前に行けば行くほどエーテルの数は増えるだろうが、そんなことは百も承知だ。
「前方にエーテル! 数は二!」
「私のことは気にしないで! 攻撃して!」
「分かった!」
あずさが腰に下げた矢筒から矢を取り出し、瞬時に狙いを定める。狙うはやつらのコア一点。やつらもこちらに気づいているのか、その水銀のような身体を揺らし、私たちに迫ろうとする。だが残念ながら、やつらの動きはそれほど速い訳ではない。この距離なら、あずさの放つ矢じりの方がよっぽど早くやつらに届く。
矢が放たれる。それはエーテルにまっすぐ向かっていき、あっさりと一体のコアを貫いた。
「まず一体」
すかさずあずさは二本目の矢を構える。その動きは俊敏そのもので、普段ののんびりとした彼女からは想像もつかないほどのスピードであった。
二本目の矢が放たれる。しかし今度は、エーテルは自身の身体を硬化させ矢を弾き飛ばしてしまう。
「硬いわ!」
「この程度なら大丈夫」
あずさは新たな矢を取り出すと、いったん目を瞑り、魔力をその矢に込める。
あずさが魔力を込めている隙にエーテルはこちらを攻撃しようと接近を試みる。だがその程度では遅い。今のあずさが易々と接近されるようなことはない。
カッとあずさが目を見開く。その眼光の鋭さは、獲物を狙う鷹のような獰猛さを含んでいるようにすら思えた。
「えいっ!」
再び矢が放たれる。スピードはさっきの倍だ。硬化したエーテルだろうと、その一閃を防ぎきることなどできない。
矢はエーテルのコアどころか、コア付近のやつらの水銀状の肉片ごと抉り取ってしまった。
「あずさナイス!」
「ありがとう」
あずさは落ち着いた様子でそう答えた。この程度なら当たり前と言わんばかりの彼女の様子に、私は誇らしさを覚えた。
後衛というポジションは前衛に比べ、攻撃面で目立つことは少ない。だが、指揮官を守護するという役割を与えられている以上、彼女らは防御だけでなく、エーテルを撃破する攻撃力も兼ね備えていなければならない。それでも今は後衛で攻撃に特化した魔術師はあまり多くはない。攻撃が得意ならそもそも前衛に行ってしまうというのが大きな理由だが、後衛は指揮官の魔力生成のサポートや、回復や補助のバックアップに回るというのが今のトレンドでもあることも理由に挙げられるだろう。
だが、この分隊において補助系の魔術にはあまり意味がない。守さんも琥珀さんも強化なしで十分戦えるし、哀華さんも他人の補助を必要としていない。私に関しては補助をしたところで使えるものがないのだから宝の持ち腐れも大概といったところだ。それに、魔力生成は私一人で十分だ。
それだけに、あずさには通常の後衛と同じようなことをしてもらうつもりは毛頭なかった。
元よりあずさは攻撃特化型の魔術師だ。一般の指揮官にしてみれば扱いづらい面もあるだろう。だが、私が一切自分の身を守れない以上、あずさはエーテルと一定の距離を保ってもらわなければならない。その為に、あずさの攻撃力は絶対に必要だ。そういう意味で、私とあずさの相性は非常に良いと言えるだろう。
手近のエーテルを蹴散らした私たちは再び前線に向かって走り出す。プランβの肝はいかに指揮官と後衛が前衛に近づけるかというところにある。
すると、前方にエーテルと交戦中の哀華さんの姿があった。哀華さんはビル群の廃墟という地の利を生かし、壊れた建物を伝いながら縦横無尽にやつらに攻撃を加えている。跳躍しながら手投げナイフを確実にやつらのコアに狙い撃ちする芸当は、歴戦の勇士でなければなかなかできることではないはずだ。
「エーテル五体排除! 指揮官、魔力石!」
哀華さんと私たちは既に十メートルも距離がなかったので、哀華さんは口頭で私にそう指示する。私はすぐさま魔力石を生成すると、私が頼むまでもなくあずさがそれを受け取り、十メートル先の哀華さんに魔力石の転送を行う。するとすぐさま哀華さんの手の中に魔力石が出現した。
普段の私たちと哀華さんの距離を考えれば、いかに今の転送がスピーディーであるかが分かるはずだ。
すると、魔力石を受け取った哀華さんは通信で「まあまあな早さね」とわざわざ伝えてきてくれた。ありがとうと言わないあたり相変わらずの哀華節だが、早さを実感してもらえたのならひとまず成果は出ていると言えるだろう。




