CGD3-②
お鍋に火をかけしばらく待ち、お鍋がグツグツと食欲を誘う音色を奏ではじめた頃、私たちの空腹度合いもマックスまで高まっていた。佑紀乃さんは待ち切れない様子で「もういけるかな?」と尋ねた。
「もういいですかね。取り分けますね」
「サンキュー、あずさちゃん」
キムチ鍋を取り分けてもらっている佑紀乃さんは喜色満面だ。大変失礼ながら、無邪気に笑うその様子は最早子供にしか見えない。
「はい、これ真昼ちゃんの」
「あ、すいません、ありがとうございます」
私が佑紀乃さんに気を取られている間に、守さんが私の分を取り分けてくれていた。すると、私はあることに気が付いた。というのも、守さんが先ほどまでしていなかったマスクを着けていたのだ。
「あれ、守さんどうしたんですか?」
「あ、これ? ちょっと風邪気味で、さっきから咳が少し出るから移しちゃまずいと思ってね」
そう言えば、先ほどから守さんは時折咳をしていたような気がする。とはいっても、本当に時折といった感じなので気になるほどではなかったのだけれど。
「風邪ですか? 風邪なら無理にお誘いしない方がよかったですかね……」
「ああ気にしないでよ。ホントにちょっと咳が出る程度だから。こんな程度で音を上げてたらロイエの隊員は務まらないって」
守さんはあずさの顔が少し曇ったのを見てすぐさまフォローを入れてくれた。実際体調の方もそれほど悪くはないのだろう。
全員にキムチ鍋が行き渡ると、忙しく動き回っていたあずさがようやく席に着く。そして「それではいただきましょう」と声をかけた。それを合図に一斉に箸を伸ばす私たち。その中でも特に佑紀乃さんのスピードが物凄かった。
「うん! 美味しい! さすが羽岡シェフ!」
「ありがとうございます。と言っても、味はキムチ鍋の元のお陰ですけどね。あと、白菜とねぎを切ってくれたのはまーちゃんですし」
なぜか大きな胸を張ってあずさは私の功績をアピールしてくれる。
「べ、別に大したことはしてないわよ」
「うーむ、ちゃんと旦那の顔を立てるとは……あずさちゃん、君は実に良いお嫁さんだね」
「旦那って……」
「わ、わたしが、お嫁さんですか……?」
こらこら、この人は茶化しているだけなんだから照れるんじゃありません。それにしても、佑紀乃さんはホントこのネタ好きね……。すると、フムフムと頷きながら守さんがこう言った。
「でも確かに、あずさちゃんがお嫁さんだったら面倒見てくれそうでいいかも」
「そ、そんなことないですって! わたしなんかよりも守さんの方が周りの人に気を配るのが上手だと思いますし!」
「うーん、気配りができてるかどうかは分からないけど、私そもそも料理が苦手なのよね。だから、真昼ちゃんの胃袋を満足させてあげることはできないかなあ」
「よくわかりませんがなぜ私が集中的に茶化されているのか、その理由を知りたいですね」
私がキレ気味にそう言うと、他のみんなは大笑いしやがったのだった。実に理不尽である。
それから、私たちは思い思いに鍋をつついていたが、しばらくして、私たちの話題は第三分隊のあの問題児たちへと移っていった。
宮藤琥珀、並びに渡真利哀華の両名が第三分隊に異動してきたのは今年の十月、実にほんのふた月ほど前のことだという。彼女らと顔を合わせてすぐ、他のみんなは二人のあまりの協調性のなさに驚かされたらしい。
「二人の噂は聞いてたし、ある程度の覚悟は持ってたけどあれは驚いたなぁ……」
守さんは苦笑いを浮かべながらそう語る。ちなみに守さんが第三分隊に入隊したのは二人の入隊のほんのひと月前だったのだとか。
「だよねぇ。ってかタイミング的にも、守ちゃんの入隊って絶対に最初から二人の面倒見る為だよね」
「確かにそれは否定できませんね」
圧倒的な攻撃力でロイエ内でも有数のアタッカーとして名高いが、同時にチームプレイに相当の難がある琥珀さんと、中衛として的確な状況判断や高い柔軟性を誇りながらも、過剰に実力主義を唱えるあまり度々上官やチームメイトと衝突し、隊をたらい回しにされて来た哀華さんの二人を同時に同じ分隊に入隊させればチーム内で軋轢が生じることは目に見えている。にも関わらず上層部がその決断を下した背景として、バランス感覚に優れた守さんと、持ち前のおおらかさで皆の緩衝材ともなれる存在であるあずさを事前に入隊させることが前提条件にあったと考えるのも、私としてもあまり不自然ではないように思えた。
「私は渡真利さんは苦手だなぁ。守ちゃんやあずさちゃんへの当たりがキツすぎるしぃ」
「そうなんですか……。哀華さんは佑紀乃さんにもキツく当たってくるんですか?」
「んー、私は何か言われても聞き流してるから分かんないなぁ」
その辺は実に佑紀乃さんらしい。哀華さんも佑紀乃さんがこんな感じだからあまりキツく言ったりはしないのかもしれない。
「まあでも、哀華ちゃんがこっちにキツく言う時は大抵こっちにも落ち度がある時なんだよね。だから、私は彼女の言っていることは決して間違ってはいないと思うよ」
「それはそうだけど、物事には限度があるじゃん」
守さんの言葉に対してむくれてみせる佑紀乃さん。彼女は彼女なりに守さんのことを心配しているのがよくわかる。それでも守さんは頭を振る。
「佑紀乃の言いたいことも分かるけど、彼女も生き残る為に必死なんだと思う。その為に徹底して実力主義を唱えることはおかしくはないんじゃないかな?」
「はぁ、守ちゃんはホント渡真利さんに優しいよねぇ。こういうのって、不良っぽい生徒ばっかり可愛がる熱血教師みたいな感じ?」
佑紀乃さんは顔全体で不満を露わにする。それを見て苦笑いを浮かべる守さん。守さんは佑紀乃さんの頭を撫でながら言う。
「別に哀華ちゃんのことだけ気にしてる訳じゃないから拗ねないの」
「拗ねてないしぃ」
失礼ながら、私的にも今の佑紀乃さんは拗ねているようにしか見えない。
「私は、きっと彼女も何かを抱えているんだと思うの。それが彼女の心を蝕んでいるのなら、それから解き放たれるようにしてあげるのもチームメイトの役割なんじゃないかと、私は思うのよ……」
この世界の人間は大なり小なり心に重いものを抱えている。私やあずさがあおいを失ったように、哀華さんも誰か大切な人を失ったことがあるのかもしれない。この世界の人間は、それほどまでに限界スレスレのところで戦っている。それについては、私も分かっているつもりではあった。




