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CGD1-⑬

 雨が再び降り出す気配はない。よって、これ以上のエーテルの出現は恐らくないはずだ。それはつまり、拓馬さんが殺された時のように、足元の隙間に隠れ潜むなんて芸当はもうできないということだ。

 今ここにいるやつらを倒すだけなら、私たちに絶対にできないとは言い切れないだろう。もちろんそれは、今の調子で守さんたちが戦えることが前提にはなるが。

 守さんたちも戦いが長引けば長引くほど体力を消耗していく。魔力石は回復魔術にも使用できるから、戦闘に回す以外の石も指揮官である私が作ってみんなに配る必要がある。

 しかし、正直に言ってしまうと、私の「魔力生成」は既にオーバーペースになってしまっていた。それが指揮官としての本来の役目だとしても、体力も底をつきかけている現状、これ以上の魔力石生成など私にできるのだろうか……?


「弱音なんて、吐いてる場合じゃない……」


 悩んでいる暇なんてない。出来るかどうかではなくやるしかないんだ。根性論だろうと精神論だろうと知ったことか。やるべきことをやる、それだけが今私に課せられた役目なんだから。


 一度に作る魔力石が二十を超える。一般の魔術師が一度に作れる個数は恐らく三つが限度だろう。そう考えれば、このペースがいかに異常な速さであるか分かってもらえるはずだ。

 だから常識的に考えて、こんなペースを維持できるわけがないこともわかるはずだ。それでも、分かっていながら止めることはできなかった。

 無から有は作り出すことはできない。動力源がないのに機械を動かすことはできない。もちろんそれは、「魔力生成」だって同じことだ。そしてついに、恐れていたその時がやってきてしまった。


「ぐ……!?」


 気持ちが切れるよりも早く、身体にガタが来てしまったのだ。

 体力が底をつき、私は無様にも倒れこむ。


「まーちゃん!?」


 それを寸でのところであずさが抱き留める。血液が足りなくなったのか、もはや私は自身の力のみで立ち上がることはほとんど不可能になってしまっていたのだった。


「まーちゃん! ちょっと、大丈夫!? さすがに無理しすぎだよ!」

「これぐらい、なんてことないって……」

「嘘だよ! だって、まーちゃん顔が真っ青だよ! これ以上やったらまーちゃんがもたないよ!」

「でも、ここでやめたら、やつらが……」

「きゃああああ!」


 不意に、向こうのビルで悲鳴が起こった。朦朧としながらも、私は瞬時にそちらに視線を向けた。

 悲鳴を上げたのは守さんだった。敵の攻撃を受けたのか、守さんは槍を取り落とし倒れこんでしまっている。それを見て、瞬時に別の隊員が助けに向かう。

 と、その姿に見覚えがあった。その人は、今日学校でアラートが鳴り響く中私を助けてくれた長く艶やかな髪の人だった。


「あの人も、同じチームだったんだ……」


 ずっと遠方のビルで戦っていたから私は彼女の姿をずっと捉えられないでいたのだ。


「よかった、琥珀こはくさんが近くにいてくれて」


 あずさが胸をなで下ろす。どうやらあの人の名前は「琥珀」というらしい。私は余裕のない精神ながらも、その名はあの人によく合っていると思った。


「でも、いくら琥珀さんでもこの状況はまずい。こうなったら、わたしの分の魔力石も……」


 すると驚くべきことに、あずさは自身の分であったはずの魔力石を琥珀さんに転送してしまったのだ。

 それはあまりにも危険な行動であった。魔力石を失うことは、自身を守る術を失うことと同義だ。戦場でのその行いはすぐさま死に直結する。それを事も無げにあずさはやってしまったのだ。


 そして私が「魔力生成」を中断したことで、今度は各所に歪が生じ始めていた。そして案の定、その隙をつき、エーテルたちは一斉にこちらに照準を合わせ始めていた。

 助けを求めようにも、皆にも既に一切の余裕はなく、とてもではないが私たちを助けに戻ってくることは不可能であるように思われた。そして、


「いつの間に、こ、こんなに沢山……」


 いつしか私たちはすっかりエーテルに取り囲まれてしまっていた。ねちゃねちゃと気色の悪い音をさせながら、汚泥たちが私たちの息の根を止めようとにじり寄ってくる。やつらは様々な形態になり自身のその圧倒的な力を誇示しようとする。化け物の分際で、勝ち誇ったような態度をとってくるやつらに心底むかっ腹が立った。


「く、そ……」


 もう、疲れたなんて言っていられなかった。またいくらあずさに止められようと、私はもう二度とこの戦いで「魔力生成」を止めない。生命維持に必要なエネルギーなど残す必要なんてない。それで死んだらそれはそれだ。限界など作るな。すべてをここでぶちまけてやる。私はそう心に誓い、再び立ち上がった。


「まーちゃ、」

「黙って!!」


 私の一喝に言葉を失うあずさ。そして、この問答にもはや意味がないことを悟り、彼女は再びアーチェリーを構えた。

 もう甘えは捨てる。彼女の表情からは、そんな悲痛な決意が読み取れた。そんな表情をさせてしまったことを申し訳ないと思うと同時に、私の意をくんでくれたことを嬉しくも思った。


「真昼! 魔力石を!」

「はい!」


 あずさが私のことを「真昼」と呼ぶのはいつ以来だろうか? 私はあずさの求めに応じて魔力石を作って渡す。

 それでいいんだ。私の心配などせず、戦いにのみ集中すればいい。私たちを囲むエーテルは約十体。これ以上接近されてはアーチェリーでは対処できなくなる。つまりは、これが最後の攻撃となるわけだ。


「これじゃ足りない! もっと魔力石を!」


 あずさは更に魔力石を要求する。正直言って、あずさ一人でこの状況を打破できるのか、私には分からなかった。それでも、もはや満足に思考を巡らせることも叶わない。だから私はただがむしゃらに彼女に応える為に、意識が吹っ飛びそうになるくらいの「魔力生成」を行い続けた。

 すると、不意に彼女がこう叫んだのだ。


「よし、これならいける! 一気に決めます! 守さん! 佑紀乃さん!」

「オーケー!」「任されたよ!」


 驚くべきことに、今の今まで自身のことで手一杯であったはずの二人があずさの求めに応えたのだ。消えそうな意識の中、あずさが大量の魔力石を二人に転送していくのを、私ははっきり見た。

 この大量の魔力石は、三人で一斉攻撃をする為のものだった。凝り固まっていた私の思考回路と違って、あずさはどこまでも冷静に戦場を見渡していたのだ。これが戦いの年季の差ってやつなのだろうかと、私は消えそうな意識ながらも思った。


 どちらにせよ、これで勝負は決した。意識が閉じていく。世界が闇に包まれるその直前、私は三人の戦士から放たれる光をはっきり見た。その巨大な光は、闇の化身であるエーテルたちを、易々と飲み込んでいってしまったのだった。

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