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CGD1-⑩

「拓馬さんのこと、知ってたんだね……」

「うん……彼が殺される瞬間を、ここで見ていたから。何もできなくて、本当にごめん……」


 泣きそうになる。よりにもよってシェルターにも向かわずこんな所にいて、しかも彼が殺されるところをただ黙って見ていたとあれば呆れられるのも当然だ。

 だが、あずさはそんな様子は微塵も見せずに、私の頭を撫でてこう言った。


「わたしは、まーちゃんの気持ちは分かってるつもりだよ。まーちゃんは何も悪くない。悪いのは、駆け付けるのが遅れて、指揮官である拓馬さんを守れなかったわたしだから」


 あずさの表情が変わる。それは、いつもの優しい幼馴染の表情ではなく、まさにこれから死闘に臨む戦士のそれであった。


 しかし、指揮官が死んだ今、誰が魔力石を生成するというのだろうか? いくら守さんたちが優秀な魔術師でも魔力石なしで戦うことは不可能だ。エンストを起こした車ではもはや走ることができないのと同じように、この状況ではどうすることもできないのが事実だ。


「待って、指揮官もいないのにどうやって戦うつもりなの?」

「大丈夫。ここに来る前に別の隊から魔力石の補充はある程度受けているから」

「だとしたって、魔力石なんてもって三十分よ。ここのエーテルをそれよりも短い時間で全部倒せる保障なんてないじゃない……」


 見えているだけでもまだかなりの数のエーテルがいるんだ。素人目にも、指揮官不在でこの戦況をどうにかできるとは思えなかった。しかし、私の言葉に対しあずさはゆっくりと首を横に振った。そして静かな声でこう言った。


「……それは仕方のないことなんだよ。各隊はそれぞれ持ち場があるし、各々が『浄化』作業を終わらせないことには他の隊を手伝うことはできないの。それに、他の隊の援護を待っている内にこの建物内の人々が全滅してしまうことは絶対に阻止しなければならないもの」


 そうだ、それだけに各隊において「指揮官」という存在は生命線になる。指揮官を失った分隊の魔力の使用量はその時点で限定される。そうなれば、前衛は積極的にエーテルに攻撃を仕掛けられなくなり、作戦の成功率は格段に下がってしまう。もちろん、隊員の生存率も限りなく低くなる。

 だからこそ、基本的に戦闘面に特化していない指揮官は隊の誰かが守らなければならないんだ。拓馬さんも魔術変換は使えたが、それでもエーテルとサシになれば生き残れる確率はほぼゼロだ。故に分隊にとって指揮官を守る「後衛」の存在は必須となる。あずさはその後衛だ。本来であれば、指揮官を除いた分隊員五名が連携し、後衛が指揮官を守りながらエーテルと戦わなければならなかった。

 しかし、今回は非常時であった為、守さんたちはやむなく指揮官他二名の隊員で戦闘を行った。それからあずさ達が駆け付けるまで五分程度しかなかったことを考えれば、この攻撃に落ち度があったとは思えないし、駆け付けたあずさたちが責められる謂れもない。


 誰が悪いわけじゃない。だが結果として指揮官が死んだ。酷な言い方をすれば、ただそれだけのことなんだ。だから、隊員たちはこの結果を甘んじて受け入れるしかないのだ。他の隊が少しでも早く自身の「浄化」作業を完遂させ、こちらの援護に来てくれることを期待するしかないのだ。それほどまでに、この戦いは命がけなんだ。そんな戦いを興味本位で見てみたいなど、本当に呆れた根性をしていると我ながら思う。


「ごめんね、まーちゃん、わたしもう行くね。もし無事に還れたら、その時はまた、わたしのことを……」

「待って」

「え?」


 あずさが驚きの表情を浮かべている。それはそうだ、急いで仲間の援護に行くと言っている相手を呼び止めているんだから、私が血迷ったと思われても致し方がない。だが、私が彼女を今呼び止めたことには大きな意味が当然ある。


 事ここに至って、これまで一年半もの間うじうじ悩んでいたのが馬鹿らしくなるほどに、あっさりと私の心は決していた。

 目の前の幼馴染を、勝機の低い戦場に黙って送り出すような真似はできない。人類を守ろうと命をかけている守さんや佑紀乃さんたちを、このまま見殺しにすることなんてできない。そして何より、この戦況をどうにかできるのは私しかいないという事実から、私自身が目を背けることなんてできやしないんだ。


 私は立ち上がり、私よりも背の高いあずさの瞳をまっすぐ見つめる。そして、こう言った。


「拓馬さんの代わりに、私が魔力生成をやる」

「え!? ま、待ってよ! それはつまり、まーちゃんが戦場に出るってことなんだよ!?」

「ええ、もちろんそのつもりよ」

「で、でも、もしそんなことをしたら、まーちゃんが危険に晒されることに……」

「そんなことは百も承知。私はあずさたちを見殺しにするくらいなら、喜んで戦場に向かってやる」

「で、でも……」


 あずさの過保護は今に始まったことじゃない。私がそう言えば反対することは分かっていた。しかし、今はもう彼女の意見を聞いていられない。


「さんざん悩んだけどもう決めたの。私はやるから。だからあずさ、あなたは私をしっかり守って!」


 幼馴染としてとか、そういった個人的な気持ちを含める気はない。単純に、分隊の後衛として、指揮官代行である私を守る、私が彼女に求めることはそれだけだ。

 私はじっとあずさの目を見据える。すると、ついに私の覚悟が伝わったのか、不服そうながらもあずさは頷いてみせた。


「……分かった。まーちゃんが決めたことなら、従うよ。それに、まーちゃんを守ることはわたしの大切な使命なんだから」


 あずさの私を見る目が変わる。それはもはや、幼馴染を見る目ではない。死地で共に戦う同志を見つめる瞳だった。あずさは私に頭を下げ、こう言った。


「小鳥遊真昼さん、指揮官として、わたしたちと共に戦ってください」


 それに対し、私は明朗な声で応えた。


「了解。今まで待たせた分、しっかり働くからね」

「うん!」


 あずさが笑顔で返答する。こうして、ついに止まっていた私の運命の歯車は回りだしたのだった。

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