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マーシー・アサシン  作者: 寺河冬聖
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少女の正体

昔々、本当に昔のこと。この殺傷禁止の世界が産まれたばかりの頃、少女も生まれた。『カミサマの分身』として生まれた少女は見た目は人間でも寿命が人間の何倍もあった。


「…」


少女が産まれたばかりの世界には、人は少女だけ、まだ皆『造られていなかった』。カミサマの被造物第1号、その分身。少女は暇を弄ぶ日々を送っていた。名前もなければ自我を問うものもない。ただ大地を漂うひとつの生物として、少女は確かに存在していた。


「………」


言葉をわかっていても、それを話せる人がいない。そろそろ話し相手が欲しい-少女はそう強く願った。すると、カミサマ-少女の本体とも言えるそれは少女の願望を叶えた。しかし、それらは少女とは違い寿命が長くて100年程しかなかった。カミサマ-少女にとって100年とは瞬きしているあいだに終わるようなもので、あまりにも短い。


「なんで彼らはあたしより早くいなくなるの?」


少女はカミサマに問うた。カミサマは答えた。


「彼らは人間だからだ」


「……あたしは人間じゃない?」


少女の問いにカミサマは頷く。時間というか概念を今まで知らなかった少女は更に問う。


「人間は…早く死ぬ、じゃああたしは?」


「-っ」


カミサマは天上で苦い表情になった。人間には始まりと終わりがある。だが-カミサマにはそんなものなどない。カミサマに寿命はない。願われて初めてその命は完成するし、その存在を忘れられたら亀などの変温動物でいう冬眠期間に入る。


「お前は死ねない。我と同じ存在だからだ」


「あたしは…カミサマ?」


カミサマ-『本体』は頷くだけで、返事はしなかった。頷く様子など青空の下に居る『分身』にはわかるわけもなかった。だから、少女は自分が人間ではないことは知っているが本当は何なのかまではわかっていない。だが、それを知ることになったのはつい数年前に起きたことだった。


「ねぇ、あたしはマナって名前じゃん?じゃあそれを与えてくれたひとはどこにいるの?あたしはまだ小さいから、人間みたいに親ってものはいるよね?」


-確かに親のようなものならいる。それがカミサマだ。カミサマの手によって造られた少女-魔力の別名を名前として授けられたカミサマの分身の疑問は時々カミサマ-親を黙らせてしまうこともあった。


「…はぁ」


そろそろ言ってやるべきだろう。カミサマは真実を語ることにした。


「マナと我は同じ存在だ。カミサマ-我はお前を我の分身としてその地に降ろした」


「…………あたしは、カミサマ?」


カミサマは頷いた。この時だけは、マナもカミサマが頷いたことを察知した。


「そう………誰にも言っちゃダメ?」


「いや、『外界から来た奴』-つまり我の被造物、人間が生んでいない人間『異世界人』になら話しても問題は無い」


そのカミサマの言葉を、マナは守ってきた。人間の誰にもその事を言わず、ひとりの人間として人間(カミサマのひぞうぶつ)の友達になることもあればその最期を看取ることもあった。

最初は人間が死ぬときがわからなかった。動かなくなったら眠っているとそう思っていたら違っていた。そっと亡骸に触れると亡骸は凍りついたような冷たさで-つい数分前まであったはずのぬくもりは消えていた。勿論そのときは驚いたが、それを繰り返すうちにすっかり慣れてしまっていた。


「…」


少女が生まれてから3648年目、初めて異世界人がこの世界に入ってきた。銀髪で紫の瞳、少し蒼い、それでいて透き通った綺麗な白い肌-異世界人はこうも綺麗なのか?マナは人の容姿で初めて驚いた。彼女の名前はルナというらしい。何故かダガーを3本持ち歩いているがそれはいい。この子になら自分のことをすべて話せる。マナはそのことにどこか喜びを感じていた。

「ささ、入って入って」


マナの家は花畑を超え、森を超え、その森の奥地-清らかな水が湧き出る川の辺にあった。


「一応人間をもてなすものはあるんだよ〜、あたしには必要ないんだけどね」


そう言いながらルナに渡されたのは美味しそうなバタークッキーと、アーモンドが香ばしそうなフロランタンだった。なんと、両方ともマナの手作りだと言う。店で売られるようなクオリティにルナは目を輝かせた。ルナはよくルナが8歳の時まであった洋菓子店にいつも置いてあったケーキやクッキー、フロランタンにシュークリームを見ていた。その店がある頃、まだ今よりは幾分幼かったルナは任務後時々その店に来ては大好きなフロランタンとガトーショコラ(18号サイズ)を買って帰ることもあった。フロランタンは独り占め、ガトーショコラは『暗殺者』の仲間と食べていた。


「…美味しい、でもフロランタンはとても好きだから元の世界に戻りたい気持ちが強くなる」


どこか寂しそうな笑顔でルナは言った。マナはその笑顔を見てどう声をかけたらいいのか少し黙考してから、またその口を開いた。


「あたし、多分ルナを元の世界に帰せると思うよ」


「………え?」


フロランタンを刺したフォークを持つその右手がぴたりと動きを止めた。


「実はね、この世界はあたしの夢の中なの。本当のあたしは、ずっとずーっと寝ちゃってる。もしかしたらこの世界を優先して、もう現実に戻ることはないと思うんだ」


マナはくすくす笑って、ルナに紅茶を渡しながら言う。


「マナ・アルキオーネ。これがあたしのフルネーム」


原初の人類にしてカミサマ。マナはルナに今まで誰にも教えなかったフルネームを教えた。


「ねぇルナ。あたしさっきこの世界はあたしの夢だって言ったでしょ?ルナならもう気付いてると思うんだけど-」


「マナが世界の創造主…この世界の最高地位の所持者。つまりカミサマ……?」


ルナはクッキーを頬張りながら言う。マナはうんうん、と頷いた。ルナがだからどうしたと聞こうとした矢先、マナはクッキーを持ったルナの手を優しく握った。


「??」


「…お願い、多分あたしはルナと同じ世界にいる。何故だかそんな気がするの。だから、元の世界に、現実に戻ったらあたしを探してくれる?」


ルナは少し迷ったが、マナの眼を見て頷いた。


「マナを夢から解放してみせる」


ルナは力強い口調で言った。

これでルナはどうやってここに来たのかわかった。

この世界はマナの夢の中だということ。

夢の中の住人はカミサマ-つまり現実のマナの被造物で、いつの間にかそれらは夢の中であるにも関わらず自我、感情を持ち本当の広大な夢の世界になってしまったこと。

4歳のときに、10歳ほど上の『暗殺者』から『夢はしご』の話を聞いて、夢の中へ行く方法を知っていたから、やっとわかった。

ルナはいつの間にか夢はしごをしていた。現実から夢の中へ、いつの間にか飛び込んでいた。

きっと戻ってきて、任務を報告したら「死んだと思った」なんて皆に笑われるのだろう。だが、それでもいい。ルナはこの夢の話を誰にも話さないことにした。自分だけが体験した秘密は先に墓に行ってしまった、夢はしごを教えてくれたあの人に、自分が墓に行ってから教えてあげようと思った。

-大通りに戻ってきた。八百屋にいるあの女の人も、その子供も、皆夢の中でしか生きられない。そう思うとほんの少し悲しくも思ったが1番可哀想なのは夢がひとつの世界になって目覚められなくなったマナ本人だと思った。

現実-元の世界で、マナに出会っていたらルナの人生はまたひとつ変わっていただろうか。-そんなこと誰もわかりゃしない。そう自問自答してから、黒衣の内側にダガーを隠しまだ人の多い大通りをそっと目を伏せて歩いた。

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