花畑の少女
嘘をホンモノに。ホンモノは-永遠に隠された嘘に。
ルナは珍しく歩きながらクラウの家に向かっていた。時間短縮の為というのがルナが走る理由なのだが今日ばかりはそんな時間短縮なんか言っていられない足取りの重さだった。
「…クラウ、いる?」
「…おやおや、ルナちゃんじゃないか」
ノックを2回、その声でクラウは気付いた。ルナに中に入るよう言うとルナは頷き家の中に入った。
「…あのね、ルナ………聞きたいことまだあったの」
「?なんでも言っていいぞ」
「…ルナはいつ頃に元の世界に戻れる?」
そう、それを聞きそびれていたのだ。戻る方法がわかったところでそれがわからなければいくらルナのような天性の才能を持つ『暗殺者』でも不安ぐらいは抱く。
「ふぅむ…恐らく早くて1年半、遅くて4年といったところかの」
「よ……!?」
-嘘だろ。
ルナは驚いた。早くても1年半はかかること、そしてもしかしたら4年も何も殺せなくなるということ。それはルナのような『暗殺者』でも腕が鈍ること間違いない期間だった。長すぎる、あまりにも長すぎる。ルナは軽く絶望した。
「…そ、そう……ならいい、もう…聞くことは、無い」
先程までのハキハキとした口調とはかけ離れた、途切れ途切れ、弱々しい語尾が変に目立つ口調でふらりふらりとクラウの家の扉を開け来た道を戻った。
「…4年……早くて1年半…無理、長い、腕が鈍る…」
ルナは未だふらりふらりとこの現世を彷徨う幽霊のように歩き回っていた。猫背で輝きを失った虚ろな瞳、そして力が入らずぶらんぶらんと歩く振動で不気味に揺れる細く白い手がルナの身長には大きすぎる黒衣からちらりと見える。そんなルナの姿は遠目から見て幽霊に見えないこともないだろう。小さい子供が今のルナを見たら号泣して、トラウマになること間違いなしだ。だがそんなことを気にすることなくルナは太陽の柔らかな光が降り注ぐの道を歩く。
「……?」
しばらく歩いたところで、道に行くときには無かった花弁が点々と続いていた。ルナはそれを不自然に思い、辺りを見渡した。その花弁はどうやら右手にある花畑の方に続いているらしい。どうせ街に戻ったところですることなんてない、とルナは花畑に足を踏み入れた。
「…」
綺麗な花。こんな綺麗な花も、あの世界にはあったのだろうか。灰燼が吹き荒れる空気、どす黒い雲が覆い被さった空。崩壊寸前の世界にも、こんな綺麗な花が-
「ねえ」
そう、考えていたときに声がした。
「…?」
顔を上げると目の前に金髪碧眼、人形のような容姿の少女が立っていた。ルナと目が合うと少女は笑顔になった。
「どうしてここに来たの?」
「え…」
いきなりそんなことを聞かれ、戸惑う。どうして、と聞かれてもルナが答えられることはかなり限られている。
「…気がついたら、ここにいたの」
「へぇ…なんでここに来ちゃったんだろうね」
マナは花を1本取るともう1本とり、花の冠を作り始めた。
-わかるわけがない。
ルナはそう目で訴えた。今は言葉を発する気にもなれなかった。
「…あたしはマナ。あなたは?」
今度は名前を聞かれた。答える義務も、需要もないように思えたが-
「………ルナ。ルナ・アラストス」
気づいた頃には、そう口を開いていた。
「へぇ、名前、似てるね」
-何がしたいのだろうか。
マナの意図が読めない。そもそも読めたところで何になるのかはわからない。
「この世界が殺傷禁止の世界なのはクラウから聞いたでしょ」
ルナは頷く。その頃にはもう立派な花の冠が出来上がっていた。
「あれ、あたしが決めたルール」
マナはくすくす笑いながらそう言った。冗談のつもりだろうか。ルナは疑いの目でマナを見た。
「あ、嘘じゃないよ」
マナはルナの目に気付き笑うのをやめて言った。
「…じゃあ、マナは今何歳なの?」
ルナは聞いていいのかわからなかったが、自分と同年代のような容姿をした彼女の歳がつい気になり聞いた。するとマナは少し上を見て考えてから答えた。
「んと……400からは数えるの面倒くさくなったから『多分』今は3648、かな?」
自分の歳の304倍…!?ルナは目を丸くした。
「マナは…何なの?人間じゃないよね?」
マナは笑顔で頷き、自分の正体を言う。
「あたしは…なんなんだろ?人間だけど人間じゃない何か、かな?」
「………え?」
その予想外の答えにルナは呆然とするしかなかった。マナはルナの反応に笑いながら、ルナの頭にそっと花の冠を乗せた。