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マーシー・アサシン  作者: 寺河冬聖
3/5

夜は明けた

「…」


ルナは人気のない夜の街を歩いていた。足音を出さない歩き方はすっかり癖になってしまったようで、聞こえるのは衣服のベルトが歩く度に揺れ動くその金属音だけだった。


「おい」


「?」


声がして後ろを向くと盗賊と思わしき格好の男が3人居た。全員ククリナイフを片手に持っている。


「…ルナに喧嘩売るの?」


ククリナイフを見たルナは静かにダガーを3本抜き取った。右手に2本、左手に1本持つと盗賊たちの方へ真っ直ぐ向かった-


「はっ、そんなまっすぐ進むなんて…っていねぇ!?」


「目、見えてる…?」


と思いきやルナは盗賊の後ろにまわっていた。

そして-


「ルナに…喧嘩売ったこと後悔してね、『あの世で』」


音ひとつ出さずにルナは盗賊たちの体のありとあらゆるところを切り裂いた。


「…!!!」


「声は出させない…喉は掻っ切った」


でも、死なせない。殺せば帰れなくなるから。


「…止血はする。だから、もうこんな真似はしないこと」


そう言うとルナは適当に近くにあったボロ布で自分が作った盗賊の傷跡を締め付けた。直接圧迫止血法-何故か覚えていた止血法…いや、何故かではない。一度任務に失敗して大怪我を負った時に大量出血で死にかけたことがあった。そのときに誰かからこの方法を教わったのだった。


「…さて、適当に場所を見つけて寝ようかな」


月明かりが照らす場所は駄目だ。自分の居場所なんて知られたらおしまいだ。ルナは店と店の間の、誰も通ることなどないであろう場所に入り込むと地べたに座り込みそのまま目を閉じた。



「………」


人の声ひとつ聞こえない静寂。月明かり以外光のない、柔らかな闇。澄んだ空気はどんなに呼吸しても苦しくなることはない。こんな環境だった頃が、元の世界にもかつてはあったのだろうか。そんなことを思いながら、いつの間にかルナはすっかり眠ってしまっていた。



-ルナ


…………。


-気付いて


……………………。


-気付いてよ、ルナ


……………………………………。


-ルナ!


…五月蝿い。


夢の中で、誰かに何度も呼ばれた。それに対して夢の中で反応した。夢を見るなんて珍しい。普段は夢を見る前に目を覚まさなければいけないからだ。


「…」


夢の中は元の世界だった。呼吸が苦しくないことが夢だということを語っている。

灰色に淀んだ空。干からびた川。朽ち果てた木々。痩せこけ、飢餓の衝動に耐えられず兄弟、家族を喰ってしまった貧民。それを見て見ぬフリする権力者。ルナは、この世界に違和感を感じていた。親の顔もどこの生まれかもわからないルナがはっきりとわかっていたのは、『この世界は変』ということ。

やがて人々はお互いに恨み合い、ルナたち『暗殺者』に来る以来の数も莫大な量になった。自分が成功できそうな依頼から、成功できるかどうかわからない依頼までルナは取り敢えず受けてみた。受けた依頼はほぼ全て成功したが、それと共にルナの人間としての心は少しずつ壊れていった。


「-ねえ」


「…?」


見たことのあるような、ないような…だがどこか自分によく似た少女が自分のことを呼んだ。


「どうしてあなたはこの道を選んだの?」


「この道…?ルナは気付いたらこの世界にいて…」


「違う」


少女はにやりと笑う。


「あなたは自分からこの道に進んで、ここに居る。…あなた本当は誰も殺したくないんじゃない?」


「………違う、違うよ。だってルナの帰る場所はあの施設…っ」


ルナは必死に答える。が、少女は被せ気味にどんどんルナの核心を突くような言葉ばかり言っていく。


「あなたの本心はわたし。わたしは誰も殺したくない。でも-あなたには抗おうにも抗えないとっても強い殺戮衝動があるもんねぇ、ルナ・アラストスちゃん?」


ルナを見つめるその眼はすっかり光を失っていた。まるでルナのことなど信用していない。どうせ自分は永遠に取り戻せないんでしょ、と言うようなその絶望しきった瞳はルナに恐怖というものを教えた。


「……………っ」


「…あら?いつもこういう時なら的確に相手の急所を狙ってそのお気に入りのダガーを突き刺すのに…なぁんでずらしたの?」


首を掠るか掠らないかの所で突き刺されたダガーを握るルナの手は震えていた。夢なんでしょ、そうなら早くこんな夢醒めてよ。ルナはそう願った。だが、中々終わらない。


「…殺したくないならあんな施設から抜け出したらいいのに」

-ルナの本心。『誰も殺したくない、死なせたくない』という本心。ずっと、自分の陰に隠れていた心は。


「可哀想にねぇ…殺したくなくても、あなたの帰る場所はあの施設だけ、他に帰る場所なんてあなたにはなかった。運命はあなたを見捨てたのね」


「………」


殺戮衝動も、みんなみんな、みんな要らない…!こんな『武器』(ダガー)も、すべて…!


「……!」


-手からダガーが離せない。すっかり馴染んだ握り方。すっかり馴染んだ切れ味。それを求めるルナのどこか。そう、コレは、『こいつ』は-【相棒】だ。【相棒】は、離せない。


「…そ、か………」


ルナは笑った。1粒の涙が落ちる音と、ルナのかわいた笑い声だけが響く。


「ルナ、は………もう引き返せない、そうでしょ?」


ゆっくりとルナは立ち上がる。そして、左手に握ったどのダガーよりも、どの刃物よりも一番使い慣れたダガーを自分の喉に当てる。-冷たい、刃の感触を感じ思わず笑いがこみ上げる。夢の中とはいえ、自殺しようとしている自分がいることに驚きと、面白さを感じた。


「な、何してる、の………そんなことしたら…!」


「『あなたもルナも死ぬ』。あなたは-自分が死ぬのが怖いんだね」


一瞬、その目から光を消してルナが言うと本心は息を詰まらせた。


「ルナはね、別に死んでもいいの。誰も悲しまないだろうから。けれど-あなたは自分が死ぬのを恐れている。ルナは、ルナの本心はそんなに弱くない…っ!」


-覚悟が決まった。ルナは今からルナの本心を殺す。ダガーを本心の方に向け、急所を見つける。もう、本心を失ったところで何も失うわけじゃない。

だから-


「…ごめんね」


もう、自分に嘘を吐き続けるの。それで、その嘘を『ホンモノ』にするから-

「………!」


目を覚ますと店と店の間から僅かに陽光が差し込んでいた。大通りからは昨日ここに来た時のように人の声が渦を巻いていた。


「…」


-悪い夢。そう、ただの悪い夢を見た。


「あらおはようお嬢ちゃん!」


ルナが大通りに出てからそう言ったのは、昨日の野菜売りの女の人だった。


「おはよう…ございます」


なんとか誰も殺さずに朝を迎えられた。-昨日の盗賊たちはギリギリセーフといったところなのだろう。

-これをあと何回も繰り返さなければならないの?


「…!」


「えっあっちょっとぉ!?」


-クラウなら絶対に何か知っている。ルナにはそんな確信があった。クラウなら、クラウなら…!

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