兄妹の末路
ヴァルシネアの栄華の最盛期、皇帝が崩御した。後を継いだ息子も二年ののちに早逝し、幼いアウリスが皇帝となった。
アウリスはまだ六歳。母のヘルヴィが摂政となったが、真に実権を握っていたのはヘルヴィの母にしてアウリスの祖母であるヴェーラだった。
かつてはミルヤミと呼ばれた女は、彼女が夢見た通り、権力をほしいままにした。気の向くまま隣国に戦争を仕掛けては捕虜を嬲り殺し、ある時には謀反の兆しを見せたと貴族を火刑に処した。
ただの悪逆非道の女であったなら、ヴァルシネアに栄華は訪れなかっただろう。戦争をすれば必ず勝利し、私腹を肥やすために重税を課す貴族を罰した。人を使い魅了する術に長けた女傑への支持は圧倒的だった。年を経ても尚、美しさの衰えるところを知らなかったのも一役買っているに違いない。彼女が民衆の面前に姿を現せば、誰もが彼女の威厳ある美しさに目を奪われ、吐き出される言葉に耳を傾けた。
ヴァルシネアの栄華は帝国の栄華となり、女の栄華となった。
後世においても彼女のもたらした影響は計り知れず、その恩恵によって帝国の権威は絶頂を迎えていた。
しかし栄あるものがいつか衰えるのは定めであり、それは女も同じだった。
貴族連中にとって、女であるヴェーラは疎ましいものに他ならなかった。侯爵夫人にして摂政の母と言えど、身分も元は農夫の娘。神のごとき美しさを侯爵家に買われたにすぎない田舎娘だ。
ヴェーラを忌まわしく思っていた貴族連中は結託した。ヴェーラを葬るため、彼女の身辺を徹底的に調べ上げた。
するとどうだろう。農夫の娘ヴェーラは存在しなかった。ヴァルシネアの大土地所有者、故ハハト夫人の妹はヴェーラとは似ても似つかぬふくよかな中年女で、生まれてこの方故郷から出たことはないという。
ヴェーラは魔女だと言い始めたのは誰かもわからない。
しかしそれはヴェーラの美貌と能力を裏付けるものとして、あっという間に帝国中に広まった。皇帝の崩御も女の仕業なのだと真偽のわからない噂と相俟って、ヴェーラの権威は一気に失墜した。実際、皇帝の暗殺説は当時から浮かんでいたが、女は何人か見せしめに殺すことで噂を根絶やしにしていたから、それを不満に思う民衆は貴族に限らず少なからずいた。
戦争の勝利も魔女の魔力によるものだ。捕虜を嬲り殺して生き血を吸って、魔女は美貌を保っているのだ。
不安と不満が爆発し、民衆が宮殿に押し掛けたとき、女は静かに嗤った。
「愚民どもめ」
抵抗することもなく捕らえられた女は水の他一切のものに口をつけず、それ以上の言葉を発しなかった。過激な民衆は拷問にかけようと勇み立ったが、魔女の復讐を恐れた民の制止により、女は斬首ののちに火刑に処されることとなった。
太陽の柔らかな日差しが、傷んだ様子のない女の髪をきらきらと輝かせる。断頭台に上った女はやはり美しかった。命乞いもせず、目隠しも断り、女は民衆の前に跪いた。
処刑人の大鎌が女の首に三度振り下ろされてようやく、女の首は切り離された。
*
「ヴェーラ・ライニオ。或いは、ミルヤミ」
穏やかな声にミルヤミは意識を取り戻した。黒衣を身に纏い、曇天色の髪と夜色の瞳の青年が、そこにいた。どこか見覚えがある気がして、ミルヤミはじっと青年を見る。
「どうして『ミルヤミ』を知っているの。貴方は何者?」
とっくの昔に捨てた忌まわしい名だというのに。懐かしさというにはあまりにも不快な感情だった。青年が少し微笑んで見せたのも、記憶の片隅に引っかかって気持ちが悪かった。
「それが君の名だからさ、ミルヤミ。僕は冥府の渡し守アルリツィシスという。さて、君の肉体は死に、魂だけの存在となった。君の魂は冥府にて、夜と冥府の女神ユンナフィルソシュナに裁かれる」
「私をミルヤミという名で呼ばないで。女神信仰は聞くけれど、渡し守伝説は初耳だわ」
「僕は女神と契約したばかりだから」
照れくさそうに笑った顔にやはり見覚えがあった。遥か遠い昔、似たような笑顔を見た気がした。蓋の開きかけた記憶を押し戻す。忌まわしいものをわざわざ思い出す必要もない。あの夢のような絶大な権力こそが、すべてだったのだから。
「何でもいいわ。私は死んだのでしょう、ならばその裁きとやらも早く終わらせてちょうだい。小さい頃からの夢も叶えたし、十二分に楽しんだ人生だったわ。これ以上何も望むことなんてない。もう疲れたの」
「君は死を恐れないのか」
面白がるように渡し守が問う。ミルヤミは首を竦めた。
「何度も目にしたものを怖がることないわ。女神の下へ連れて行くなら早くして」
「仰せのままに」
おもむろに夜が現れた。ミルヤミは断頭台にのぼったときと同じ、毅然とした態度を最期まで崩さなかった。
「アルリツィシス」
夜と冥府の女神に呼ばれ、精霊は女神の前に傅いた。
「はい」
「彼女をどう思いましたか」
女神は問う。アルリツィシスは顔を上げた。ミルヤミは邪なる魂と裁かれて永遠の無となった。夜を内包した瞳は揺れることもなく女神を見上げる。
「渡し守は魂を冥府へ渡すことが役割ですので。ユンナフィルソシュナ様に裁かれ、罪を罪と思わないまま死んだことは、哀れであり幸運であろうと思います」
「……そうですか。特別な情が湧かなかったというのなら、それが正しいのでしょう」
夜の只中、女神は後ろ暗い気持ちに駆られながら、兄妹の末路を封じ込めた。




