1話
過去の人間は誰しもが理想を抱き、願った世界。
太陽が出す余分なエネルギーを採取し、電気に変え、ついでに死にかけの太陽を延命し、この世の全てが電気で動かせるようになった時代。
そんな住みにくい時代に俺らは生きている。
俺が産まれるずっと昔、車や船や飛行機と言った乗り物は全てガソリンで動いていたらしい。この俺らの佇む地上の底から吸い上げた動物の化石が液状化した物らしい。
何百年も昔の話だから本当の事かは知らない。だけど、それを証明する物が残っているのだから本当なのだろう。
ガソリン。今では捨て値同然で売られている物だ。なぜなら、買う人が誰も居ないのだ。
全てが電気で動くと言った。だから、ガソリンは誰にも欲しがられず、売れ残りが販売されているだけである。買う人は物好きぐらいである。
俺はそんな物好きの1人であり、俺は今、それを片手に持っている。いや、少し訂正しよう。過去の遺物とも言える携行缶にガソリンを満タンに入れて持ち歩いている所だ。
理由は簡単、修理が終わったバイクにガソリンを入れる為だ。
親父が持ち帰ったバラバラのバイクのパーツ。単に興味が惹かれたから組み立てた。
こんなクソつまんない時代に楽しみなんて求めても一つも良いものがない。退屈だったんだ。だから、暇潰しに組み立ててたら、無性に乗りたくなった。だから、俺は今、ルンルン気分で携行缶片手に自宅に帰っている所だ。
周囲の人は俺の事を変な人を見る目で見てくるが、そんな事は関係ない。気にしていたら何もできない。何にも、だ。
産まれたばかりの子供は育児施設に入れられ、物心が付くと幼稚園に入れられる。その後、小学、中学、高校と上がり働き始める。
大学は世界に一つしかなく、誰もが入りたがっても入れない夢のまた夢の世界。
ただ、淡々と寿命が尽きるまで人の目を気にして、人の言う事に素直に頷いて生きる。それの何が楽しいのかと問いたいぐらいだ。
こんな時代に産まれた俺は異物なのだろう。好き勝手に、人の目を気にせず生きてる俺を皆は奇人や変人と呼ぶ。
学校でも随一の嫌われ者だ。理由は小学校の頃に虫を捕まえて学校に持って行った時だ。
珍しい虫だったから見せびらかそうと思った。なのに、皆からは気持ち悪がられ、先生からはこっ酷く叱られた。嫌な思い出だ。
ただのゴキブリじゃないか。
昔は沢山居たみたいだが、今では何処行っても見つける事は難しい。街中には清掃ロボが散策しており、虫も一緒に排除されている。有害であれ、無害であれども同じだ。
少しでも人間に危険のある仕事は全て機械が行い、人間はのうのうと危険のない仕事をして、働いているだけ。力仕事などは一切ない。
過去の人間ならば、これを何て言うだろう。怠惰?違うね。幸せそうな生活だと言うだろう。働かなくても生きていけるし、働いたら贅沢が出来る。そんな世界は何処からどう見ても幸せ一色しか無い。
だが、実際はどうだ?
面白くもない生活を送り、無情に無感に生きているだけだ。幸せ?そんな物はただの上辺だけ。つまらない。本当につまらないのだ。
遊ぶ事すらできない。楽しむ事もできない。ストレス発散と言ったらテーマパークに行くしか他は無い。映画、乗り物、遊び、どれも規制、規制で何も出来ない。
危ない。危険だ。真似したらどうする。そんな危険な物を置いとくべきでは無い。
そればかりだ。何が危険だ。何が危ないだ。使い方次第でそうなるだけで、そうしなければ良いだけの話だろう。
そんなんだから娯楽が無くなったんだ。
周囲を見渡せば、全てビルばかり。昔の人ならば、これを見てこう言うだろう。高層ビルだと。
雲を突き抜ける程に高く聳え立つビル。地上だけじゃなく、地下深くまでにも刺さっている。
人が増え過ぎたんだ。その逆に動物、例えば犬や猫などの生き物は減った。今では絶滅危惧種と言われるぐらいに。
殺したのはお前らだろうが!と言いたいぐらいである。
それはさておき、俺の家はその巨大なビルの内の一つ。全て同じように見えるが、エントランスの出入り口に番号が振られていて、それで見分けが付けることができる。
俺の家があるビルの番号は30524番だ。その1024階の25号室。
エントランスに入り、受付のロボットーーーアークスに話しかける。
「ただいま」
『おかえりなさいませ。松原 ラク様。ご両親はまだ帰ってきておりません。ご帰宅時に報告は必要ですか?』
「いや、別にいい」
『分かりました』
アークスは二足歩行型の人間のようなロボットだ。話し方も流暢で本当の人間が話しているみたいに聞こえるけど、声が人間のそれとは違い、機械音だ。
外を歩いているのも半分ぐらいがロボットだ。見分け方は顔と声だけだ。なぜ顔かと言えば、ロボットの殆どは顔が同じだからだ。会社と種類が違うだけで顔は異なるが、それらが沢山居るから分かりやすい。
俺はアークスの最後の言葉を聞く前に歩き出した。エレベーターに乗り、タッチパネルを操作して1024階を指定する。
昔はボタンだったらしいのだが、そんな物、今の時代には一つも存在していない。
エレベーターは物凄い勢いで上がっていっているが、階数は何処にも書いてないし、景色は無く、体感も無いので、そんな気は一切しない。
『1024階に到着しました』
エレベーターの中に機械の声が響き渡る。アークスと同じ声である。それは、このビル全てをアークスが管理しているからだ。
エレベーターのドアが開き、足を踏み出す。
幾つかの家の扉の前を通り過ぎ、曲がり角を曲がったすぐにある扉が俺の家だ。
家のドアノブを握ると、そこで生体認証を済ませ、ドアを開く事ができる。
俺の家にはアークスが言った通り、誰も居ない。両親は何処かに旅行に行ってるらしいから長い間帰ってこないと思う。
だから、今は1人なのだ。
例えリビングにピカピカに磨き上げた完成したバイクが置かれていても誰も俺を怒らない。
それに携行缶を傾けてガソリンを注いでも誰も何も言わない。
『何もしているのですか?』
…言われた。アークスだ。
俺は携行缶を傾けるのを止めてアークスに向かい合う。
『それはガソリンです。危険指定物に当たります。即刻破棄してください』
俺ら人間はロボットに、機械に支配されてると言っても過言では無い。これがその状況だ。ホログラムで廊下の扉の前にアークスが立っている。家の中まで監視されてるなんて最悪過ぎる。
「知ってるよ。けど、これを動かす為に必要な物だ。お前らだって電気がないと動けないだろ?それと同じでコレもガソリンが無いと動けない機械だ。お前達は同族を見捨てる気か?」
『いえ、そうではありません。私は貴方方に危険の無い生活を送って貰うために申しているのです。その為には同族であろうと見捨てる事ができます』
「じゃあ、簡単な話だ。俺はこのガソリンで危険な事はしない。ただ、こいつを生き返らせる為に使うだけだ。それ以外の使用はしない。それに、もし、しようとしてもコイツがさせてくれないだろ?」
俺は頭をコツコツと突いて言う。世界中に存在する人間の頭に入っているマイクロチップ。人間はそれによって犯罪を抑制され、行動を制限されている。俺は周りと少し違うみたいで、行動の幅が広がってるけどな。
『それもそうですね。証言も頂きましたので、失礼します』
一度、深々と礼をしてからホログラムは消えた。
俺の場合、簡単に危険な事を犯す事ができる。俺がやる事なす事は俺自身が危険と思ってない限り何でも出来るからだ。
行動を抑制と言ったが、それは脳が危険と判断した時の事を抑制するのだ。
例えば、1人の人間が爆弾を持っているとする。その人間は爆弾を危険と判断している。そうすると、脳のマイクロチップが警報を鳴らし、爆弾を破棄させる。
そういう仕組みである。だから、俺には全く意味を成さない。俺は物事を割り切っているから。
危険物は危険な扱いをすれば危ないだろう。だが、危険な扱いをしなければ、危険では無い。ならば、しなければいい。
そう割り切っている。だから、俺のマイクロチップは反応しない。
ある意味、裏技的な扱いである。
何故、誰もこの事を考え付かないのか不思議で堪らないのだが、俺も偶然見つけただけの裏技で、この時代に生きてる人々は危険な物には近寄ろうともしないから考え付かないのも頷ける。
ちなみに、犯罪は常に監視されたこの世界で出来ない。しようと思ってもマイクロチップが反応し、即座に警備ロボが飛んできて捕獲される仕組みだ。
周囲と比べて俺は生き易い環境下にいるが、俺にとっては途轍もなく生きにくい。
それでも、俺は生きていたい。そして、人生を楽しみたいのだ。
再度、携行缶を傾けてガソリンをバイクの給油口に注ぎ始める。
続きは期待しないでください。
投稿する気はありませんでした。なんせ、暇潰しで書いたものですから…。友人が読みたいと言ったので投稿しました。なので、続きは余り考えていません。設定も考えていません。




